第82話
彼女は半身のない長剣を捨てシバの方へ振り向いた。シバはブツブツと何か呟きながら全く変わった様子のない刀を見つめていた。
「実験成功だな、」
刀を見つめながら最後にシバはそう言い残した。
彼女の紫のオーラを纏って変化した大剣によって繰り出された斬撃を正面から受けても何ともない刀、そして彼女の剣を両断した刀、まさに“折れず、曲がらず、よく斬れる”の謳い文句を実現していた。
シバは先程の戦闘の間に自身の生成した日本刀の性能を確かめていたのだ。思えばそれらしき節もあった。
(ステップ1、剣の撃ち合いで曲がらないクリア。ステップ2、あの大剣の斬撃を受けても折れないクリア。ステップ3、相手の剣をきれいに両断するほどのよく斬れるクリア。)
「けどさすがに体はきつかったな、、」
納得のいく日本刀の生成に成功しシバは嬉々とした様子を覗かせるも所々痛む体に顔を引きつらせていた。
「面白いぞ人間、これほど気が昂るのは久しぶりだ、」
そんな中で治癒魔法を自身に付与しているシバに銀髪の彼女はやや興奮気味に言った。そして彼女にシバは目を向けると彼女はフッと口角を上げてさらに続けた。
「殺してしまうのが惜しいくらいだ、」
目の前の男を、シバを殺すことを前提に彼女は言った。
「お前、自分がどんな顔でそれ言ってるか分かってるか?」
シバは彼女の表情を見てやや冷めた視線を送った。うっすらと笑みを浮かべ銀色の瞳は冷酷にシバを見つめていた。
彼女は”惜しい”と言ったが彼女のその表情からは微塵も感じられない。
「この世界は弱肉強食、強者が生きて弱者は死ぬ。生きるために殺す、それは私にとって自分が生きていることを実感できる唯一の方法だった、だからそこに私は喜びを感じるようになった、」
彼女は淡々と語った。その目は昔を懐かしむようだ。
「周りから迫害され人間からも疎まれ虐げられてきた。妹と二人残された私たちは必死に逃げる毎日だった。そんな中で私は理解したのだ。この世界は強者が絶対、争い勝ち残った者が生きると。」
さらに彼女は続けた。
「ある日私は数名の魔族に囲まれてしまった。だがその時の記憶はほとんどない、必死に戦った、気が付いたら数名の魔族が息絶えていたんだ。」
シバは黙って彼女の話に耳を傾けている。
「その時私はこの上ないほどの快感を得たんだ!生きていると初めて実感した、生きるか死ぬかの戦いに勝利して掴んだ生、最高の気分だった、」
彼女は頬を朱に染めながら微笑んだ。
「お前がどんな人生を送って来たかなんてこの際どうでもいいがお前が結構ヤバいってのは理解したわ、」
彼女の過去を少々聞いてみたいという衝動にかられたがそこまでズカズカと聞くのも無粋だと思ったシバはその衝動を抑えた。
だが少なからず”狂っている”、とはまさにこの女にふさわしい言葉だとシバは内心思った。
「ヤバいと言うのがよくわからないのだが、」
シバが呆れるように言ったのに対してキョトンとした表情で彼女は言った。
「いや、だから、、」
シバがやれやれと思いながら何か絞り出すように言葉を返そうとしたが彼女が手を前に出してそれを遮った。
「いや、元から馴れあうつもりはない、中々の強者だったので声をかけてしまった、」
彼女は淡白に言った。
「最後に一つ、、私はエラスティスという名だ。もしよければ名を尋ねても良いだろうか?」
彼女は礼儀正しくシバに尋ねた。
「シバだ、、えっと、、、?」
礼儀正しく自分の名を名乗ってからシバに名を尋ねたのでシバもそれほど悪い気もせず答えた。だが互いに先程まで争っていた仲でこう畏まった対応をしていることに若干戸惑いを感じていた。
「そうか、シバ、感謝する。」
彼女はそう言うと深々とシバに向かって頭を下げた。
「おいおい、どうしたんだよ急に、、」
その態度にシバは慌てふためいた。
「シバを殺して私は生きるのだから感謝するのは当然だと思うのだが、」
彼女は顔を上げシバを真っ直ぐ見つめてそう言った。
「確かに私は相手を殺すということで快感を得ているがそれは生きるための行為であって相手の命を尊重し最大限の敬意を払っているつもりだ。相手の命の代わりに私は生きるのだから、」
さらに続けて彼女は言った。笑みもなければ興奮を抑えている様子は一切ない。いたって真剣だ。弱肉強食の世界で生きてきた彼女にとって生きるとは他者の命を犠牲にすることを意味していた。そうやって今まで彼女は生きてきたのだ。そうしなければ自分は殺されてしまうという環境で彼女は生きてきたのだ。
シバは言葉を失っていた。彼女の真剣な銀色の眼差しが哀しく刺さる。“狂っている”、先ほど彼女に対して思ったことを撤回したい、そう感じた。
確かに他者を殺すことに快感を得るというのは自分には理解しがたいことだった。けれどそれはあくまでシバの価値観でしかない。シバと彼女のこれまで生活してきた環境は全く違う。
別にシバは常に誰かから命を狙われていたわけではない。だが彼女はたった一人の妹と二人でいつも命を狙われて生きてきたのだ。常に死と隣り合わせの毎日を生き抜くために殺してきたのだ。それをとやかく言う資格はシバにはない。シバはそう感じた。だからと言って彼女に同情する気もないしましてや殺される気もない。
「俺も今ここで死ぬわけにはいかないんだ、果たさなきゃならないことがあるからな、」
「そうか、」
「ああ、」
再び彼らは静寂に包まれた。ピンッと空気が張り詰めていった。




