第73話
「俺も初めてこの光景を見たときはお前みたいに真っ先に飛び出そうとしたよ、でもマーニさんに止められた。落ち着けって、」
シバは今にも飛び出していきそうなエイミーに落ち着いた口調で言った。
「もし彼ら全員が人質に取られたら?あの首輪にどんな機能があるんだ?下手に動く方がかえって逆効果なんだ、」
パシッ!
地下の奴隷地区への扉から漏れる叫び声と怒号に紛れて乾いた音が響いた。
「なんでそんなに平気でいられるの、、」
目に涙をためたエイミーが俯きながら震える声でつぶやいた。
エイミーの平手を受けその頬はやや赤く腫れている。シバは何も言わず悲鳴と怒号だけがその場に響く。
何も言い返してこないシバにエイミーは視線を移した。
「、、!」
扉の隙間から漏れる悲鳴と怒号にシバは静かに怒りを募らせていた。力強く握られた拳が小刻みに揺れている。
扉の見つめる、いやその先の、中で怒鳴り散らかすエルゴドーティスに向けられた鋭い視線は横から見えたエイミーですら恐怖を覚えるほどのものだった。
「シ、シバ、、?」
「俺も、お前と同じさ、」
怒りをあらわにしていたシバが穏やかな表情でエイミーに向き直った。
「今すぐにでも助けてやりたい、でもさっきも言ったが今はまだ彼らが危険なんだ、、」
エイミーを諭すようにシバはしっかりと言った。
「今は、まだ、」
「えっ?」
「何もしてないわけじゃないんだ、」
それからシバはエイミーにマーニがここに頻繁に来ていることを話した。回復薬や食料といった物資をばれずに彼らに渡しているということを。
「でも、それじゃあ、彼らが救われているわけじゃない、自由になったわけじゃない、」
そう、いくら回復薬や食料を渡していてもその場しのぎにしかならない。奴隷たちが解放されるわけではないのだ。
「そうだ、今彼らは日々苦しみと戦っている、死と隣り合わせの生活だ。でも俺は思うんだ、彼らはマーニさんが、俺たちがいつかきっと助けてくれるって信じてるんだって。」
シバは以前ここでマーニと亜人や魔族が話している様子を見ていた。皆マーニを信頼しているようだった。そんなマーニだからこそ彼女が連れてきた自分を彼女同様信用し助けてくれると信じてくれたのだ。少なくともシバはそう思っていた。
「だから俺たちは必ず彼らを救い出す、それは今じゃないけど近いうちに必ず、必ず助ける、だから、今は、耐えてくれ、、」
シバは強い意志のこもった眼差しをエイミーに向け言った。
「ほんとは、分かってるの、よく考えたらシバやマーニさんがこんな状況を見過ごすわけないって、でも、どうしても抑えられなくて、それで、シバに八つ当たりしちゃって、」
エイミーはぽつりぽつりと自分の胸の内を明かした。
「何も知らない自分が、綺麗事ばかり並べている自分が許せない、その気持ちをシバにぶつけた自分が許せない。」
涙をぬぐいながらエイミーは言った。
「エイミー、何も知らなかった自分を許せないのは分かる、でも今は知っている、今からは何ができるのか一緒に考えよう、自分を責めるのはもう終わりだ。」
シバは嗚咽を漏らすエイミーに励ますように優しく言った。シバの言葉にエイミーは何も言わずうなずいた。
それから二人は辛いがその場を離れ先へと進んだ。
それまで地下の奴隷のことを気にかけてか頬を叩いてしまったシバに対して申し訳ないのか気まずい空気の中二人は無言で通路を進んでいた。
「ねえ、引っ叩いちゃってごめん、、」
無言で歩く中唐突にエイミーは申し訳なさそうにシバに言った。
「あー?気にしてないよ、それにエイミーにはいつも殴られてるからな、問題ないぞ、」
全く気にした素振りも見せずシバは笑みを浮かべながら軽い口調で受け流した。
「ちょっと!私を暴力女みたいな言い方しないでよ!」
あまりにも軽く言うシバにエイミーはいつもの感じで食って掛かるように言った。
「おー、それそれー、やっといつものエイミーに戻ったな、」
「えっ?」
エイミーはシバの言葉にキョトンとした表情になった。
「お前にはいつもみたいに元気でいてほしいからな、」
キョトンと思考が一瞬停止した表情から一転した。
「そ、それは励ましてくれてるってこと、でいいのよね、?」
頬を赤く染めながらエイミーはシバに尋ねた。
「励ましでも何でもないぞ?単純におまえが元気でいてくれないと困るからな、」
エイミーの質問を否定はしたものの嘘偽りなくしれっとシバは言った。
「私が元気だと、その、う、嬉しいの?」
頬を赤く染めたまま何か期待するようにエイミーは尋ねた。
「ああ、嬉しいな、」
「、、それってシバが?」
エイミーはシバの返答を聞いて一瞬さらに頬が熱くなるのを感じたが冷静になり確認するようにシバに尋ねた。
(このシバのしれっとした感じ、いつものパターンな気がするのよね、)
エイミーはいつもシバの言動に期待しては外れ期待しては外れと期待しても損ばかりだったのだ。さらにその時に限ってシバはしれっとした感じなのだ。エイミーもいい加減期待するのもうんざりしていた。
「俺が嬉しいんだぞ?何言ってんだ、当たり前だろ?」
その言葉にエイミーは再燃したように頬が熱くなるのを感じた。
「エイミーが元気だと俺が嬉しいに決まってるだろ、だって、、」
「だって、、?」
心臓の鼓動が速くなるのを感じる。これはもしや、とさらにエイミーの顔は赤く染まっていた。一度確認もしたからこれはもう確定なのではないかと。自然とニヤけてしまう口を押さえてエイミーはシバの言葉を期待して待った。
「だって、そうしないとアデルフィーが不安になるだろ、」
「どうせそんなとこだと思ったわよっ!」
エイミーの拳がシバの腹部に思いきり炸裂した。サーっと波が引いていくようにエイミーの頬の火照りが消えていった。
(なによ!もう!知らないっ!)
エイミーは頬を膨らませてズカズカ一人シバを置いて通路を進んでいった。
「俺なんかしたのか、、?」
腹部を押さえながら先に進むエイミーを追いかけるシバだった。




