第59話
レスペシオは今まで受付嬢として何百何千の冒険者を担当してきた。中には自分の力を過信して命を落とした者も少なくはなかった。しかし受付嬢は冒険者を助けることが仕事ではない。規則に則りクエストを発注するのが受付嬢の仕事だ。
だが今回は今までとは訳が違う。異常なまでに低すぎるステータスの少年を冒険者として危険なクエストもあるこの世界に送り出してはいけない。受付嬢としてではなく一人の人間として思った。
「えー、まあ、確かにそうなんですよね、、」
シバは困ったように言った。
「それに16歳なら学院にいるはずです、まだその段階でもないですよ、」
レスペシオは痛いところをついてきた。
「えっとね、ユウは私が別の都市で見つけたの。えーっと、、孤児なんだ、お金もないし、冒険者しか道はないんだよ、多分、うん、」
マーニも頑張って誤魔化した。
「それに私が付いてるからいざという時は大丈夫だよ、」
「だめです。マーニさんがクエストを手伝ってしまったらユウさんが罰せられてしまいます。」
冒険者ギルドクエスト法
クエストを受け取った者が最後まで成し遂げること、他の者に請け負わせることを禁ずる。
ただしギルド内での討伐組を編成するなど緊急の場合を除く。
なおこれに背いた者は冒険者としての資格を剥奪する。
この国リャポニヤにおける冒険者の心構えを説くものだ。冒険者たるもの正直にして勇敢なれ、のもと成り立っている法である。
冒険者は来たる魔族との戦いに向けて貴重な戦力となってもらうため冒険者たちの戦力を向上させるための方針と言うことだ。
「ですからあなたのステータスを見る限りとてもじゃないけれど冒険者としてやっていくには無理がります。」
レスペシオは頑なにシバ、いやユウが冒険者になることに反対する。
「でも、お金がないと何もできませんし、、」
(ベルカさん怖いし、)
「ここはさ、私とレスペシオの仲でどうにかできない?」
マーニはレスペシオに頭を下げた。レスペシオは人に頭を下げるマーニを初めて見た。あのマーニをここまでさせるほどの少年には何があるのか、シバに対する多少の興味もないわけではない。
「もう、マーニさんにそんなことされたら断れないじゃないですか。」
冒険者レベル9のマーニに頭を下げられいつになく真剣な態度にレスペシオはついに折れた。
「ただしユウさんは初のクエストであることに考慮して初回のみ私も同行します。」
「でも受付嬢は基本冒険者には干渉しないんじゃないの?やっぱりユウのこと気になるの?」
マーニはレスペシオに耳打ちした。
「いえ、そのようなことは全くありません。ただ初めてのクエストですし一応一通り説明があったほうがいいでしょう。」
そうは言ったもののレスペシオにとってこれは正直ほとんど賭けだった。魔物に遭遇しないことを願うのみだ。
【クエストレベル1】薬草集め
・報酬 100g/銅貨3枚
レスペシオが今掲示板にあった依頼の中でシバの冒険者レベルに見合ったものを見繕った。冒険者は自身のレベルの一つ上のクエストまでは受けることができる。
ちなみにこの世界には銅貨、銀貨、中銀貨、大銀貨、金貨、中金貨、大金貨の7種類の硬貨が流通している。それぞれの硬貨の価値は以下の通りだ。
銅貨10枚=銀貨1枚
銀貨10枚=中銀貨1枚
中銀貨10枚=大銀貨1枚
大銀貨10枚=金貨1枚
金貨10枚=中金貨1枚
中金貨10枚=大金貨1枚
年代にもよるが平均的に見た年収は全体でおよそ大金貨4~5枚程度だ。だが冒険者の場合は災害級の魔物の討伐など功績を上げたものは国王直々に報酬があるため一回で軽く平均年収を超えることもある。だから一攫千金目的で冒険者になる腕っぷしも多いのだ。そもそも災害級の魔物の出現など早々にないのだが。
つまりシバの受けるクエストレベル1の報酬はかなり低いことがわかる。
「では、門の外まで行きましょうか。」
そう言うとレスペシオを筆頭にシバたちは都市を囲う城壁の外側にある森を目指した。門の関所には魔法兵がいるがレスペシオの説明により身元を確認されるということもなく簡単に出ることができた。
(冒険者登録の時のステータスなんですけどマーニさんは完全に魔族だからどうやって誤魔化したんですか?)
森へ向かう道中シバが念話でマーニに尋ねた。シバは元々人間で正の魔力を有しているため上手くいったが魔族であるマーニはどのようにして切り抜けたのだろうかと疑問に思ったのだ。
(人間として演じていく中でたまたま国のことに精通してる人間がいて彼に手伝ってもらったの、)
(ってことは政治家か何かですかね、だったら結構うまく偽装できますね、)
(まあ、そんなとこかなー、)
そうこうしている内にも三人は森の奥にどんどん進んでいった。森を進んでいくと開けた野原が目の前に広がっているところへ出た。日の光がさんさんと降り注いでいる。
一面に広がる野原にはいたるところに赤い斑点がある。
「この赤い斑点のように見えるのが今回のクエストの薬草の実です。」
レスペシオが説明した。
「じゃあこの実の葉を集めればいいんですね?」
シバの問いにレスペシオは笑顔で頷いた。そうと分かれば早速シバはクエストに取り掛かった。
マーニは木陰で横になりシバが終わるのを待った。レスペシオもマーニの横に腰掛けシバの様子を眺める。
「おー!これかー、案外結構取れるもんだな、まあ、こんなに実があるんだ葉もあるだろ、にしてもこの実めちゃくちゃ硬いな、」
そこら中にある赤い実を目印にシバはどんどん薬草を摘んでいった。
「これなら大量にゲットできそうだな、」
シバは早々にあらかじめ持ってきておいた籠いっぱいに薬草を入れた。薬草でいっぱいになった背中掛けの籠をマーニの寝そべっている木陰に持っていきもう一つの籠を背負い再び薬草を集めに行った。
「ねえ、レスペシオ、どうしてこの場所を選んだの?」
遠巻きにシバを見つめるレスペシオにマーニが尋ねた。
「どうしてと言われましても依頼の受けた薬草はこの野原に群生していますから、」
レスペシオは答えた。だがその面持ちは何かを隠しているようだった。
「ここが魔物の出現率が低いエリアだから、かな?」
マーニにそう言われレスペシオはしょうがないと観念したように口を開いた。
「マーニさんの言う通りです。ユウさんには申し訳ないですがユウさんの実力に配慮して比較的安全にお金を稼ぐにはここしかありません。」
「それってさ受付嬢の仕事なの?このクエストも本来冒険者がクエストを決めるのにあなたが決めて持って来たよね、」
マーニの言う通り本来は自分に見合うクエストを冒険者が自分で選びそれを受付嬢が確認し発注する。しかしレスペシオは彼女が勝手に“安全な”このクエストをシバに発注したのだ。
シバはクエストのシステムをよく知らないのでごく自然な形でここまで来たのだ。だが当然マーニは気づいていたようだ。
「ま、別に私には関係ないけど。でもねあなたが思ってるよりあの子はちゃんと戦えるから大丈夫だよ、」
気づいてはいたが敢えて言わなかったという口ぶりでマーニは言った。
「しかし、、」
マーニに大丈夫と言われてもシバのいや、ユウのステータスを見て強いと思う方が無理がある。
レスペシオがそう思っていた矢先のことだった。シバの背後からシバに接近する影が見えた。
「!、あれは、、」
四足で頭に一本の角の生えた狼の様な獣の魔物が10体、集団をなして現れた。
「マーニさん大変です!魔物が10体も現れました!」
レスペシオは緊急事態であることをマーニ緊迫した様子で伝えた。
レスペシオに言われマーニは気だるげに体を起こした。
「んー、何だ雑魚じゃん、」
レスペシオの緊迫した様子とは対照的に緊張感なくそう言うと再びゴロンと横になった。
「あなたにとってはそうかもしれませんがユウさんでは手に負えませんよ!」
冒険者レベル1であれば普通に集団であっても倒せるレベルの魔物なのだ。しかし、10体となれば話はやや違ってくる。
現れた魔物は通常4~5体ほどの群れを成すが今回は10体だ。冒険者レベル2の冒険者でやっと倒せる。受付嬢の経験からそう判断した。シバは、ユウのステータスからレスペシオが察するにユウにとっては魔物というだけで超強敵なのだ。
これがレスペシオの危険視していた非常事態だ。魔物の出現率が低くてもその統計を裏切る事態。
(正直私ならこんな魔物難なく倒せる。だてに受付嬢をやってない。でもここで私が手を出したら、、)
受付嬢は冒険者を相手にする仕事だ。それなりに強くなくてはギルド支部内での秩序は保てない。中でもレスペシオは受付嬢の中でもかなり強い。
ここでレスペシオが手を出してしまったら冒険者ギルドクエスト法に抵触してしまう。緊急事態なら他の冒険者に助けてもらうことは問題ない。だがレスペシオは別だ。本来受付嬢が一人の冒険者に肩入れするなどあり得ない。それこそクエストに同行するなんてあり得ないのだ。
(でもっ!私は、目の前で人が、ユウさんが死ぬのは見たくない!)
今まで命を落としてきた冒険者は送り出してから死ぬ瞬間に遭遇したことはなかった。だから気の毒には思ってもそれだけだった。だが今回は違う。目の前で少年が、自分よりも弱い人間が死ぬかもしれないという状況なのだ。
レスペシオも一人の人間なのだ。目の前で殺されそうになる人を放ってはおけなかった。
レスペシオは魔物に向けて手を伸ばした。
「大丈夫だから、ただの弱い男を私が連れてるわけないから、」
魔法陣を展開させようとした時にマーニが言った。レスペシオはマーニの方に目を向けた。
「受付嬢は干渉しないんでしょ?」
マーニにそう言われたがレスペシオは魔法を放とうと再びシバと魔物の方に視線を戻した。
「えっ?」
視線の先、異常に低い魔力量の少年を見て、少年が手にしている黒いそれを見て、レスペシオは驚きの声を漏らした。
ユウの手中には黒いハンドガンが収められていた。そしてシバは不敵に笑みを浮かべ迫りくる魔物の群れを見据えていた。




