4話 壊れた牢獄
ちなみに剣とか食べ物の包みは没収されました。小石は服の内側に隠していたそうです。
王都。
重厚な石壁に囲まれた刑務所の一室に、アリベルは閉じ込められていた。格子越しには、何階層にも分かれたこの建物と、それぞれのフロアにあるおびただしい数の牢屋。そのどれもが不穏な気配を醸し出していた。
「……これ、後どれくらいいればいいんだろう…」
冷たい床に座り込み、アリベルは小さくため息をついた。
森を出て、初めて人間の村を訪れた。そこで魔族に襲われ、命からがら生き延びたと思ったら、今度は村を壊した犯人として捕まってしまった。
「僕、どうなっちゃうんだろう……」
帰りたい。
メリア母様やダート父様に会いたい。アクア…姉様にも、もう一度会いたい。けれど、ここがどこなのかさえ分からない。一度脱出しようとはしたが、壁に触れるだけで電流が流れたような痛みを発する。今のアリベルにまた触れる程の勇気はなかった
アリベルは胸元の小石を握りしめた。アクアからもらった、大切な贈り物。
「……アクア…」
小石を見つめていると、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば……なんで、電流?のようなものが流れるんだろう?なんでやここから出られないんだろう?」
牢屋の格子に目を向ける。
よく見ると、壁や床には奇妙な紋様が刻まれていた。格子にも、魔力を帯びたような光が薄く走っている。
アリベルはまだ知らなかった。
この刑務所には、囚人の魔力を制御するための仕組みが施されていることを。壁に触れれば、仕込まれた魔力が身体へ流れ込み、電気に打たれたような衝撃が走る。脱獄を防ぐための仕掛けだった。
「……」
アリベルは小石を持った。特に深い意味はなかった。ただ、牢屋の格子に近づけてみただけ。
「……?」
次の瞬間。
バチッ!!
耳をつんざくような音が響いた。
「うわっ!?」
小石が強く光った――ように見えた。
直後、牢屋を覆っていた魔力の紋様が激しく明滅する。
バチバチッ!!
格子を走る光が乱れ、壁に刻まれた紋様が次々と消えていく。
「えっ、な、何!?」
そして――。
ドガァンッ!!
轟音とともに、アリベルを閉じ込めていた牢屋が壊れた。
静寂。
アリベルは目の前の光景を、ただ呆然と見つめていた。
「…………え?」
手の中には、いつもと変わらない小石。
「……僕、何もしてないんだけど……?」
壊れた牢屋の向こうには、自由へ続く通路が伸びていた。アリベルは小石と、崩れた格子を交互に見つめる。
「……これ、ただの石だよね……?」
当然、答えは返ってこない。けれど一つだけ、確かなことがあった。この小石は、ただの小石ではないのかもしれない。しかしアリベルにはそんなことを考えている暇はなかった。
逃げられる。
そう思った瞬間だった。
バチッ!!
遠くから、何かが弾けるような音が響いた。
「えっ?」
バチバチッ! ドガァンッ!!
今度は別の方向から。
さらに、その向こうからも。
刑務所のあちこちで、次々と轟音が鳴り響き始めた。
看守「な、何事だ!?」
看守「牢屋の魔力制御が停止している! 原因を調べろ!!」
囚人「おい、格子が壊れてるぞ!」
囚人「今のうちだ! 逃げろ!!」
刑務所内が、一瞬にして騒然となった。
「えっ、えっ……!?」
理解が追いつかない。
自分の牢屋が壊れただけではなかった。
別の牢屋でも格子が崩れ、囚人たちが次々と外へ飛び出している。
囚人「邪魔だ、どけ!!」
囚人「外に出られるぞ!」
囚人たちは我先にと通路へ殺到した。
看守「止まれ! 全員、持ち場を守れ!!」
しかし、もはや看守たちの声は届かない。
逃げ出す囚人たち。追いかける看守たち。鳴り響く警報。
刑務所は完全な混乱状態に陥っていた。
「……もしかして、これ……」
アリベルは手の中の小石を見つめ、自らの行いを思った。けれど、考えている暇はなかった。
看守「そこの牢屋も壊れているぞ! 囚人はどこだ!?」
「ひっ!?」
アリベルは慌てて小石を服の中へしまい込んだ。そして、騒ぎに紛れて走り出した。
廊下を駆け抜ける。角を曲がり、階段を下り、出口を探す。
どこへ向かえばいいのかも分からない。
それでも、ここに残っていたら何が起こるか分からなかった。
「はぁっ、はぁっ……! 出口、どこ……!?」
やがて、通路の先に光が見えた。外へ続く扉だ。アリベルは夢中で駆け寄り、扉を押し開けた。眩しい光が視界いっぱいに広がる。
「……っ!」
外の空気。広い空。そして、見知らぬ王都の街並み。
アリベルは一度だけ背後を振り返った。刑務所からは、まだ怒号と警報が響いていた。
「……ごめんなさい!」
誰に向けた謝罪なのか、自分でも分からなかった。ただ、アリベルは走った。こうして王都の刑務所では、前代未聞の大量脱走事件が発生した。
そして、その事件の中心にいた少年は、誰にも知られぬまま街へと姿を消した。
小石、なんなんでしょうね。




