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勇者X  作者: 厚揚げどーふ
2章 魔獣編
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38話 星導の魔術師3

その夜。

 アリベルは、奇妙な夢を見ていた。


 見覚えのない、荒れた舗装路をたった一人で歩いている。

 足元には乾いた小石が転がり、ひび割れたアスファルトの隙間からところどころに見たこともない草が生えていた。周囲には直方体の無機質な建物らしきものも見えるが、どれも異様に古びており、生命の気配は微塵も感じられない。

 自分が一体どこへ向かっているのか、自分でも全く分からなかった。

 それでも、なぜか自らの意志とは無関係に、前へと進む足を止めることはどうしてもできなかった。


 しばらく進むと、荒涼とした道の先に一際大きな建物が見えてきた。

 どこか医療施設か研究所のようだった。外観は白く冷たいが、ひどく古びており、外壁にはところどころ大きな傷みや亀裂が見られる。

 アリベルは導かれるように、その不気味な建物へ近づいていった。


 ――気が付くと、そこは建物の中だった。


 正面玄関をくぐった記憶も、長い廊下を歩いた記憶もない。瞬間移動でもしたかのように、いつの間にか、一つの小さな個室の真ん中に立ち尽くしていた。

 部屋の中には精密な機械や、金属製の机、椅子が整然と置かれている。不自然に大きな窓から差し込む光はとても弱く、白い室内はどこか薄暗く冷徹だった。


 そして、アリベルの目の前には、白い衣を纏った一人の老人が静かに佇んでいた。


 なぜか、その老人の顔がよく見えない。モザイクでもかかっているかのように輪郭がぼんやりとしていて、どのような表情を浮かべているのかを読み取ることも全くできなかった。

 老人は、直立するアリベルに向かって、冷淡な口調で何かを宣告するように話しかけていた。


「……残念ですが、あなたの余命は……」


 余命。

 その血の気の引くような不吉な言葉だけが、なぜか現実の音声のようにハッキリと耳に残った。

 どうやら自分は、現代の医療では絶対に治療する方法がない、不治の病にかかっているらしい。残された時間もあと僅かであると、老人の口から淡々とした冷酷な説明が続いていた。


 けれど、アリベルはその恐ろしい話を、他人事のようにどこか遠くから聞いている奇妙な感覚だった。

 自分が確かにその場にいるはずなのに、まるで別の誰かの悲劇的な出来事を、上空から客観的に眺めているかのような酷い乖離感。


 やがて、水面に石を投じたかのように景色がぐにゃりと揺らいだ。


 次の瞬間、そこはどこかの暖かみのある家の一室だった。


 先ほどの冷徹な施設とは全く違う。木製の家具が置かれた落ち着いた雰囲気の部屋で、大きな窓からは柔らかな午後の光が差し込んでいる。

 アリベルは、一台のベッドのすぐそばに立っていた。


 ベッドには、痩せ細った誰かが静かに横になっている。


 やはり顔に霧がかかったように見えない。けれど、先ほど余命を告げてきた老人とは、明らかに異なる別の若い人物のように感じられた。

 しばらく静寂が続いたあと、そのベッドの人物が、酷く寂しそうに小さく呟いた。


「あぁ……誰でもいいから、話し相手がいないかな」


 何気ない、本当にただの孤独な独り言のような弱々しい声だった。


 その寂しげな言葉を聞いた瞬間、アリベルの意識は強引に引き剥がされるように、ふっと唐突に途切れた。


「……ん、あ……?」


 勢いよく目を開けると、視界に飛び込んできたのは、いつもの見慣れた宿屋の木製の天井だった。

 どうやら、ひどく現実味のある夢を見ていたらしい。

 アリベルは寝汗を拭いながらゆっくりと上半身を起こし、まだ寝ぼけてぼんやりとする頭で夜の部屋を見回した。窓の外は、静まり返った漆黒の闇に包まれていてまだ深い夜だ。隣のベッドでは、相棒のアレフが何も知らずにスースーと静かに気持ちよさそうな寝息を立てている。


「……今のは、なんだったんだ?」


 暗闇に向かってぽつりと呟いてみても、当然だが返ってくる答えなどどこにもない。


 見たこともない荒れた道。奇妙な白い施設。自分の余命を告げる不気味な老人。そして、ベッドの上でただ一人、寂しそうに話し相手を求めていた謎の誰か。

 全ての光景が、まるで昨日起きた現実の出来事であるかのように妙に鮮明だった。


 アリベルは暗闇の中でしばらく膝を抱えて考えていたが、やがて小さく諦めたように息を吐き、再び冷えた布団の中へと身体を横たえた。


 ただの疲れが見せた、意味のない一時の悪夢だったのだろうか。


 そう自分に言い聞かせながらも、最後に聞いたあの誰かの寂しげな声だけが、いつまでも、いつまでも頭の芯から離れてくれなかった。


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