2話 森の外へ
大切に育てられたアリベルにとって初めての戦闘です。見守ってあげてね
森を抜け、麓へと下っていったアリベル。やがて、木々の隙間から小さな村が見えてきた。
「……! 村だ!」
初めて見る、自分と同じ人間の暮らす場所。どんな人がいるのだろう。どんな食べ物があるのだろう。期待に胸を膨らませながら、アリベルは村へと足を踏み入れた。しかし…そこで待っていたのは想像していたようなものではなかった
「……え?」
そこには、静寂が広がっていた。壊れた家屋。散乱した荷物。人の気配がまるでない。アリベルが思い描いていた光景とは、あまりにも違っていた。
「え…廃村?」
この村で何が起こったのかもわからず、アリベルは村の奥へと進んでいく。
そして、村の中心にたどり着いたとき。
???「……ん?」
そこに、一人の少年が立っていた。
「なんだ、お前は?」
「え……あ、あの……」
その人物はアリベルをじっと見つめる。
「人間……?この村のやつらは全員見つけたと思ったのに…」
「こ、ここに住んでいる人―」
そこで気づいた。その人、だと思っていたもの。角が生え、目の瞳孔は十字架のようだ。そしてその足元にあるもの…それはいくつもの息絶えた老人だった。メリア母様に昔教わった魔族という種族と一致している目の前の人物から一歩後ずさる
「お前が、この村を…?」
「…?あれ?もしかしてこの村の人じゃないのかな?そんなことを知ってどうするの?」
魔族が一歩、近づいた。
アリベルは反射的に後ずさる。
「まあいいや。ちょうどいいところに来たね」
「え……?」
「お前、あの森から来たの?」
「森……? は、はい……」
その言葉を聞いた瞬間、魔族の表情が変わった。
「……なるほど。ようやく見つけた」
「な、何を……?」
「あの森の奥、里があるでしょ」
「えっと……里?」
「…?」
魔族は一瞬だけ黙り込み、やがて薄く笑った。
「……まあいいや。確かめれば済むよね」
次の瞬間。
「っ!?」
魔族の手が、目の前にきてアリベルへと伸びた。アリベルの生存本能があの手には触れてはいけないと訴えかけてくる。アリベルの身体は反射的に翻っていた。無我夢中で地面を蹴り、背を向けて駆け出す。
「あはは、逃げるんだ! まあ、そうだよねえ」
背後から、心臓を直接叩かれるような重い足音が迫る。
アリベルは必死に走った。肺が焼けつくように熱い。戦い方など、何一つ知らない。怪物の力がどれほど絶望的なのかも、わかるはずがなかった。
それでも、捕まれば確実に命を――それだけは、本能が理解していた。
しかし、無情にも行く手を塞ぐように、半壊した巨大な石造りの建物が現れる。
「そんな……」
絶望に息を呑み、振り返る。そこには、すでに目と鼻の先まで迫った魔族の姿があった。
「もうおしまい? つまんないの」
行き止まりの壁に背を打ちつけ、アリベルはなおも後ずさる。
「無駄な抵抗だよ。お兄さんのその若さ、ぜーんぶ僕にちょうだい?」
おねだりをするような、おぞましいほど無垢な宣告。そこでようやく理解した。あの老人の屍。若さを吸い取った…?魔族の影が、完全に視界を覆った。逃げ場は、どこにもない。
「……っ!」
アリベルがぎゅっと目を閉じた、その瞬間――。
――ドォンッ!!!
鼓膜を震わせるほどの凄まじい轟音が、世界を揺るがした。
一閃。大気を切り裂いた何かが、魔族の伸ばしかけた手を正確に捉えた後、次に顔を撃ち抜く。
「――ッ!?」
肉と骨が砕ける嫌な音が響き、魔族の右手と顔の左半分が消し飛んだ。
凄まじい衝撃に、圧倒的な強者であったはずの魔族が大きく体勢を崩す。
「…え?この魔力…」
傷口から黒い血を滴らせ、撃ち抜かれた顔を左手で押さえ、魔族は先ほどアリベルが出てきた森の奥へと視線を向けた。その瞳には、明らかな好奇心が宿っている。
「まさか…初代?生きてたの」
その声は、完全に予想外だったのか、素っ頓狂な声だった。完全に警戒の対象をアリベルから、森の奥の「何か」へと切り替えた魔族。
だが、その一瞬の隙を、生き延びる執念に駆られたアリベルは見逃さなかった。
「…ッ!!」
アリベルはがむしゃらに魔族の懐へと踏み込み、無我夢中で手にした剣を横一文字に振るった。
重い手応え。
次の瞬間、魔族の首が宙を舞い、地面へと転がった。重いゴトン、という音があたり一面に散らばる。その首と体はまたたく間に醜い老人の姿へと変貌を遂げ、消滅。周囲に深い静寂が戻る。
アリベルは、激しく上下する肩を抑えながら、その場に立ち尽くしていた。
何が起きたのか、頭が追いつかない。
さっきまで自分をなぶり殺そうとしていた怪物の身体は、もうどこにもない。
「……たす、かった……のか……?」
震える手で剣をきつく握りしめながら、アリベルは恐る恐る森の奥を振り返った。
耳の奥で、先ほどの轟音がリフレインする。
魔族が最期に言っていた、「初代」という言葉。森の奥から漂ってくる圧倒的な魔力。
今のアリベルには、そのどれ一つとして意味を理解することはできなかった。
この魔族が言っていた里、実在はしますが実際にはアリベルの森にはありません。




