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勇者X  作者: 厚揚げどーふ
一章 旅立ち編
29/43

27話 蹂躙

一方、その頃。現実世界のフォラリス放送局では、アリベルの身体を冷酷に乗っ取った何者かが、洗脳された王国騎士たちを相手に文字通りの圧倒的で一方的な蹂躙劇を繰り広げていた。冷たい石畳の床には、すでに叩き伏せられた何人もの騎士が苦悶の声を漏らしながら倒れ伏している。それでも、魔鈴の呪縛に囚われて残った騎士たちは一歩も退くことなく、その狂った動きを止めようとはしなかった。

 

ハイライトを失った虚ろな目のまま機械的に剣を構え、一切の無言で侵入者へと怒涛の勢いで襲いかかる。魔鈴の不気味な音色によって自我を完璧に支配されている彼らには、死への恐怖も戦いへの迷いも何一つとして存在しない。ただ、頭に響く主の命令を狂信的に実行する。目の前の不審な金髪の少年を力尽くで排除する。その盲目的な衝動だけが、彼らの肉体を突き動かしていた。

 

「おっと」

 

鋭い鉄の剣が容赦なく脳天へ向けて振り下ろされる。その絶体絶命の瞬間、アリベルの身体を操る人物は、まるで指揮棒を振るうかのように指先を軽やかに持ち上げた。

 

「土壁《アースウォール》」

 

ゴゴゴゴッ!

 

強烈な地鳴りとともに床の石材が爆発するように爆ぜ、分厚い強固な土の盾がせり上がって強烈な剣撃を真正面から受け止めた。騎士が衝撃で体勢を立て直すよりもさらに早く、せり上がった土壁の表面が生き物のように不気味に波打つ。

 

「土牢《アースプリズン》」

 

壁から触手のように急速に伸びた土塊が騎士の両足を瞬く間に包み込み、抵抗を許さぬまま腰元まで一気に覆い尽くした。騎士は狂ったように身じろぎして脱出を試みるものの、鋼鉄並みの硬度に固まった土から抜け出せるはずもない。

 

「はい、一人」

 

アリベルの口から、声が漏れる。指先を軽快に一振りする。すると、形成されていた土牢がそのまま物理法則を無視して床へと深く沈み込み、騎士の身体をこれ以上ないほど安全に床下へと押さえ込んだ。

 

しかし、次の瞬間には死角である左右から同時に二人の騎士が息の合った連携で襲いかかる。

 

「岩槍《ロックランス》」

 

少年の周囲の何もない空間に、突如として無数の鋭利な岩の槍が出現した。凶悪な槍先が一瞬にして二人の騎士の心臓へと向く。解き放たれた岩槍は凄まじい衝撃波を生み出しながら彼らの剣を木切れのように弾き飛ばし、騎士たちの身体を傷つけることなく、その周囲の床へと寸分の狂いもなく突き刺さった。まるで、逃げ道を完璧に塞ぐ檻の格子のように、正確無比な等間隔で。

 

「おっと、そっちは行き止まりだよ」

 

檻に囚われた騎士たちが辛うじて別方向へと動こうとした瞬間、突き刺さっていた岩槍が地面からさらにトゲのように伸びた。騎士の肉体を直接傷つけることなく、身に纏う重厚な鎧や服の僅かな隙間を精密に縫うようにして、その自由を完全に封じる。

 

「二人追加っと」

 

まるで、市場で品物の数を淡々と数えているだけのような、あまりにも無邪気で冷徹な口調だった。身動きの取れない騎士たちは何も答えない。まだ動ける僅かな者たちが、再び殺意を宿して剣を構え直す。

 

前方から三人。左右から二人。今度は、先ほどの二の舞にならぬよう互いの攻撃範囲を邪魔しないように、絶妙な間隔を空けて同時に肉薄してきた。

 

「へえ。操られている割には、ちょっとは頭を使ったんだ?」

 

アリベルの身体を操る人物は、感心したように、それでいて酷く楽しそうにケラケラと笑った。

 

「でも、致命的に遅いよ」

 

「重圧結界《グラビティ・ケージ》」

 

その不可視の言葉が紡がれた瞬間、放送局の部屋全体の空気がピキリと凍りつくように震えた。殺到する騎士たちの周囲の床一面に、淡い土色の巨大な魔法陣が不気味に展開する。次の瞬間、天から巨大な質量が降ってきたかのような、凶悪な見えない圧力が彼らの身体を上から強烈に押さえつけた。

 

ガシャン、ガシャンッ!

 

耐えかねた重厚な剣が次々と手から滑り落ち、悲鳴のような金属音を立てて床に転がる。騎士たちは一斉に激しく膝をつき、必死に床に手を突いて立ち上がろうと全身の筋肉を駆り立ててもがいた。だが、どれだけ力を込めようとも指一本動かすことすら叶わない。

 

「うん。これくらいの出力で、こんなもんかな」

 

彼が満足そうに小さく手を握ると、展開していた魔法陣がさらに収縮した。押し潰されるような重圧に耐えかねた騎士たちの身体が完全に床へとペタンと伏せられ、そのまま完全な抜け殻のようにピクリとも動きを止める。

 

「これで……」

 

少年は返り血一つ浴びていない衣服を軽く整え、周囲の静寂を見回す。

 

「残りは、君だけ?」

 

その冷徹な視線の先には、魔鈴を手にしたリンドが一人取り残されていた。リンドの青白い表情は、今や見たこともないほどに険しく強張っている。魔鈴の呪わしい音色によって意識を完璧に支配し、自分の忠実な手駒としたはずの王国騎士たち。数の上では、たった一人の少年を圧殺するなど容易い圧倒的に有利な戦況だったはずなのだ。それなのに、誰一人として少年の髪の毛一本すら傷つけられず、ただの一撃も届かなかった。見たこともない高度な土魔法によってアリベルの意思に関係なく動きを封じられ、次々と一瞬で戦闘不能の檻に追い込まれていく。しかも恐ろしいことに、目の前の侵入者はまだ本気を出しているようにすら見えないのだ。

 

「……貴様、一体何者だ」

 

リンドは押し殺した地を這うような声で、低く問いかけた。

 

「ん?」

 

アリベルの身体を操る人物は、まるで想定外の質問をされたかのようにきょとんとしたマヌケな顔をした。

 

「何者って唐突に言われてもなあ」

 

少し困ったように首を傾げ、人差し指で自分の頬をチクチクと突く。

 

「ねえ、そもそも君ごときに僕が名乗る必要って、ある?」

 

「……っ」

 

あまりの侮蔑に、リンドの細い指が怒りで魔鈴を壊さんばかりに強く握りしめた。

 

チリン。

 

澄んだ美しい音が静まり返った室内に再び響き渡る。しかし、どれだけ音色を重ねようとも、目の前に佇む金髪の少年の肉体に変化は一切起きなかった。彼はそのリンドの手元にある魔鈴を退屈そうに一瞥すると、意地の悪い笑みを浮かべてにやりと笑った。

 

「あはっ。まだそんな無駄なもの鳴らすんだ?」

 

リンドの顔が、恐怖と屈辱でさらに引きつる。

 

「その音波で聞いた相手の精神の防壁を壊して意識を深層に落とし、残った肉体を便利に支配する。まあ、凡人が使う分にはそれなりに便利な魔具だよねえ」

 

まるで、専門家が拾った玩具の性能を冷ややかに評価するような、そんな口ぶりだった。

 

「でもね、この僕にはそんな小細工は一切効かない。そういうこと」

 

彼はアリベルの肉体の胸を親指で尊大に指さした。

 

「何万回それを鳴らしてあがいたって無駄だよ?」

 

リンドは唇を噛み締め、何も答えられなかった。魔鈴の支配の音波は、確かに室内に満ちている。それでも、どうしてか目の前の存在の意識を奪うことだけがどうしてもできない。その根本的な理由が、彼には全く分からなかった。分からないまま、圧倒的な強者である目の前の相手は余裕たっぷりに唇を歪めて笑っている。

 

「ねえ」

 

不意に、少年の口調から楽しげな響きが消え、冷ややかな声が室内に響いた。

 

「君さ、さっきからずいぶん偉そうに僕を見下ろしてるけどさ」

 

まっすぐにリンドの鼻先を指さす。

 

「君自身は、そんなに強いの?」

 

「……何だと?」

 

「だってさあ、あそこに転がってる騎士たちがいないと、君ってば自分一人じゃ何にもできない無能なのかなって思ってさ」

 

にこっ、とこれ以上ないほど悪意に満ちた満面の笑みを浮かべる。

 

「違う?」

 

リンドの美形な表情が、屈辱で激しく歪んだ。明らかな挑発だ。こちらを意図的に怒らせ、冷静な判断力を失わせようとしている。頭ではそう理解していても、腹の底から湧き上がる激しい立腹を抑えつけることなどできなかった。

 

「貴様……!」

 

「おっ、怒った怒った」

 

彼は手を叩いて楽しそうに笑った。

 

「ごめんごめん。別に、僕は君のことなんてこれっぽっちも知ってるわけじゃないんだよ。ただ、突っつけば面白い反応が返ってくるからさ」

 

その冷酷な言葉に、リンドは一瞬、次の攻撃に移ろうとした肉体を凍りつかせた。知っているわけではない。つまり、先ほど部屋に入ってきたときからの親しげで馴れ馴れしい態度も、意味ありげな旧知の仲間を気取るような言葉も、すべてはただのからかいであり、嘘だったということか。相手は自分の存在など何も知らない。それなのに、まるで何もかも最初から見透かしているかのような不気味な顔で笑っているのだ。

 

「……ふざけるな、人間が」

 

「うん。最初から大真面目にふざけてるよ?」

 

あっさりと、なんの重みもなく言葉が返された。

 

「だってさ、君の慌てる反応、最高に面白いんだもん」

 

リンドのこめかみが怒りで激しく跳ねた。魔鈴を握る白皙の手の甲に、さらに青筋が浮き上がる。けれど、これほどコケにされても、彼には次の一手がどうしても思いつかなかった。頼みの綱だった騎士たちは全滅。魔鈴による精神支配は目の前の化物には一切通用しない。相手の本当の正体も、ここに現れた目的すらも分からない。それでも、このまま目の前の脅威を放置することだけは、プライドが絶対に許さなかった。リンドは狂ったように魔鈴を構え直した。

 

チリン。

 

もう一度、激しい拒絶を込めて音が鳴る。

 

「だから、何回やっても効かないってば」

 

アリベルの身体を操る人物は、底の浅い抵抗に心底呆れたように深いため息をついた。

 

「同じ無駄なことばっかり何度も繰り返してても、世界は何も変わらないよ?」

 

まさにそのときだった。

 

ガチャリ、と重々しい部屋の扉が外側から勢いよく開け放たれた。新たな第三者の乱入に、火花を散らしていた二人の視線が一斉にそちらへと向く。砂埃を纏って扉の向こうに息を切らせて立っていたのは、アリベルがずっと探していた大切な相棒――アレフだった。

 

アレフは部屋に足を踏み入れた瞬間、床に無惨に倒れ伏している無数の騎士たちの姿を見た。土の魔法によって完全に壁と同化して拘束された者たちを見た。そして、その異様な破壊の中心にぽつんと立っている、見慣れた金髪の少年を見た。

 

「…………」

 

張り詰めた部屋の中に、数秒間の痛烈な沈黙が流れる。

 

「……えっと」

 

アレフは目の前のあまりにも現実離れした光景に、困惑したように何度もパチパチと瞬きをした。

 

「何これ? 一体何が起きてるんだ?」

 

あまりにももっともな、困惑に満ちた反応だった。つい先ほどまで、この放送局には王都を揺るがす大勢の正規騎士たちが厳重な警備を敷いていたはずなのだ。それが今では、全員が床に転がり、土の檻に囚われ、誰一人として自力で動けない無惨な状態になっている。しかも、その異常な戦果の中心に堂々と突っ立っているのは、自分がよく知るはずの、魔法など使えないはずの気弱な少年だった。

 

「アリベル……だよな……?」

 

アレフは、ますます訳が分からないと言わんばかりに困惑した顔を浮かべていた。床に転がった騎士たち。土に埋もれた拘束者。そして、その破壊の中心で冷ややかに笑っているアリベル。何が起きたのか。どうしてこんな桁違いの魔法が使えているのか。聞きたいことや問い詰めたいことはそれこそいくらでもあった。

 

けれど、アレフが言葉を発するよりも先に、アリベルの冷徹な視線が真っ直ぐにアレフへと向いた。そこには、仲間が駆けつけたことへの特段の驚きや喜びの感情は一切なかった。ただ、感情の起伏を削ぎ落とした平坦な声で静かに告げた。

 

「君も『能力者』だったんだね、アレフ」

 

アレフはその言葉に、何も答えずただ視線を鋭くした。アリベルは、その沈黙に対してほんの少しだけ不思議そうに首を傾げた。

 

「いや、少し違うか。正確に表現するならば――」

 

その途中で途切れた言葉の真意を、正しく理解できたのは、この場において操られているアリベルの身体と、対峙するアレフの二人だけだったように思えた。取り残されたリンドには、その会話の意味が全く分からない。何を指しているのか。二人が何に気づいたのか。そもそも、どうしてアリベルがそんな脈絡のないことを今この瞬間に口にしたのか、何一つとして理解できなかった。

 

アリベルの身体は、すぐに興味を失ったようにリンドへと冷たい視線を戻した。

 

「さて、と」

 

まるで、やり残した簡単な用事を思い出したかのような、非常に軽い声だった。リンドがその不穏な気配に反応して身構えるよりも早く、アリベルはノーモーションで魔法を発動させた。

 

「土縛《アースバインド》」

 

床の石材が瞬時に触手のように伸び、リンドの両腕を容赦なく絡め取る。

 

「なっ――! 動かん、貴様……!」

 

魔鈴を必死に掲げていた手元が、強固な土によって完璧に固定された。アリベルは抵抗できないその手元へと優雅に歩み寄ると、リンドの細い指をへし折るような力で、その手から魔鈴を事も無げに取り上げた。主の手を離れた鈴が、少年の掌の中で小さく揺れる。

 

チリン。

 

澄んだ音色が、今度こそ哀れに響いた。しかし、魔鈴を直に奪い取ったアリベルの精神には、やはり何の変調も起きない。

 

「はい、これにて没収」

 

あまりにもあっさりとした、子供の泥棒のような言い方だった。次の瞬間、リンドの身体から、緊張の糸が切れたように完全に力が抜けた。過酷な戦いと恐怖の限界を迎えて意識を失った彼の身体が、操り糸を切られたように床へと崩れ落ちる。

 

アリベルの身体を操る者は、足元に倒れた敗者を振り返ることすらなく、手にした不気味な魔鈴をそのまま呆然と立つアレフへと容赦なく差し出した。

 

「これ、君に預けるね」

 

アレフは困惑しながらも、差し出された曰く付きの魔鈴を咄嗟に両手で受け取った。

 

「……あとの面倒な処理は君に任せたよ」

 

まるで、旅先で見つけた厄介なゴミの荷物を他人に押しつけるような、そんな無責任な口調だった。アレフは手の中の魔鈴を見つめ、それから目の前に立つアリベルの皮を被った怪異へと視線を戻した。問いかけたいこと、確認したいことはきっと山ほどある。それでも、アリベルの身体を動かす存在は、これ以上の詳しい事情を説明するつもりは毛頭ないらしかった。

 

「それと」

 

アリベルの身体は、開け放たれた扉の方へと無造作に歩き出しながら、背中越しに言った。

 

「もうすぐ、この身体の本物の持ち主――アリベルの意識が上の世界からここに戻ってくると思うよ」

 

アレフの表情が、その言葉を聞いた瞬間、僅かに驚きへと変わった。けれど、アリベルの身体は二度と振り返らない。

 

「だから、あとの目覚めたあとのフォローはよろしくね」

 

そう言って、彼はそのまま軽い足取りで歩いていく。まるで、一時的に借りていたお気に入りの衣服を、本来の持ち主のクローゼットに返しにいくかのように。その不気味な後ろ姿を、アレフは何も言わずにただ静かに見送っていた。

 

そして。扉の敷居をくぐる、まさにその直前だった。アリベルの足が、ピタリと唐突に止まった。

 

彼は首だけを不自然に、ゆっくりと後ろへ振り返る。

 

「一応、警告として言っとくけどさ」

 

その声からは、先ほどまでリンドを徹底的に小馬鹿にしていた軽薄さが、綺麗さっぱり消え失せていた。地獄の底から響くような、圧倒的な王の威圧がこもった冷徹な声。

 

「もし僕の留守の間に、この未熟な身体に何か妙なことしようとしたら――次は手加減してあげられないよ?」

 

その目は、一切笑っていなかった。冗談めかした軽口の調子でもなかった。ただ、絶対的な事実として、静かに事も無げに告げただけだった。それなのに。その場にいた騎士たちの死体や、生き残ったアレフの肌を刺すような、部屋全体の空気がバリバリと爆ぜるほどに鋭く張り詰めた。

 

アレフは、その圧倒的な重圧を受けながらも、何も言わなかった。手の中には、冷たい魔鈴の質量がある。足元には、完全に従って意識を失ったリンドだった青年が倒れている。周囲には、人知を超えた土魔法によって完全に無力化された無数の騎士たち。そして、目の前にはアリベルの姿をした、絶対にアリベルではない、世界の理から外れた何者かが佇んでいる。アレフは、その少年の皮を被った存在が放った言葉の恐ろしい真意を、正しく理解しているようにも見えた。けれど、その固く結ばれた表情の裏から、彼の本心を正確に読み取ることは誰にもできなかった。

 

「……じゃあね」

 

アリベルの身体は、今度こそ満足したように再び前を向いた。そして今度こそ、煙の立ち込める部屋の外へと完全に去っていった。

 

残されたアレフは、静寂が戻った空間で、しばらくの間誰もいなくなった扉の向こうをじっと見つめていた。やがて、彼は重い息を吐き出し、手元に残された因縁の魔鈴へと視線を落とす。

 

チリン。

 

今は誰も触れていないはずのその不気味な鈴が、現実世界の終わりを告げるように、憐れに小さく鳴り響いた。

今回のお話、書き方が紛らわしいのですが、魔鈴自体に意思があります。そのため、リンドと名乗っている青年も、意識を落とされ、身体を勝手に使われながら喋っている状態となります。なので、青年自体の名前はリンドではありません。

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