24話 深層意識
一方、その頃。アレフと出会った村にて、アリベルはあの正体不明の銀髪の人物と再び静かに向かい合っていた。
「さて、と。どこから説明しようか」
「最初から最後まで全部説明してくれ」
アリベルは迷うことなく即答した。ついさっき、自分はすでに死んでしまったのだと残酷な宣告を突きつけられたのだ。それが悪質な冗談だったと分かった今でも、心臓に悪いことに変わりはない。全身の血管が逆流するような恐怖を味わわされたのだ、ただで引き下がるわけにはいかなかった。銀髪の人物は、そんなアリベルの怒りと警戒の入り混じった様子を、まるで珍しい玩具でも眺めるかのように面白そうに見つめていた。
「じゃあ、まずひとつ目。ここは深層意識の中だよ」
「……深層意識?」
「そう。簡単に言えば、君自身の精神世界ってところかな」
銀髪の人物はそう言うと、退屈そうに周囲の景色を見渡した。すべての生活の音が消え失せた誰もいない村。かつて確かに歩いたはずの見覚えのある風景。けれど、現実の記憶とはどこか決定的に違う、妙に静まり返ったモノクロームの世界。
「君は現実で、ある音を聞いたはずだ。それが原因で、ここに落ちてきた」
「音……」
アリベルは言われた言葉を頼りに、王都フォラリスへと決死の潜入を果たしたときの記憶を必死に思い返した。破壊された壁の隙間から中へ入った瞬間、突如として不気味に起動したあの街頭放送装置。そこから王都中に染み渡るように聞こえてきた、あの高く澄んだベルのような不吉な音。チリン、と。
「……あれが原因なのか?」
「正解。あの音は魔具――魔鈴によるものだよ」
「魔鈴……」
これまでの人生の中で、一度も耳にしたことのない不気味な名前だった。魔具という概念そのものなら、旅の途中でアレフからある程度の説明を受けた記憶がある。人知を超えた特別な能力を秘めた、神聖かつ危険な道具。使う者によって便利にもなれば、国を脅かす脅威にもなる。だが、まさか自分がその未知の力に真っ先に巻き込まれ、意識の自由を奪われるなどとは夢にも思っていなかった。
「魔鈴の音にはね、それを聞いた者の自我を麻痺させ、意識を強制的に深層意識へと叩き落とす能力があるんだ」
銀髪の人物は、どこか楽しげにすら感じる平坦な声で、淡々と説明を続けた。
「つまり、君が今こうして立っている場所は、君自身の意識の最奥底というわけだ」
「……じゃあ、俺の身体は?」
「もちろん現実世界にあるよ。意識だけが切り離されて、ここに閉じ込められているんだ」
アリベルは息を呑み、思わず自分の両手を見下ろした。握ればちゃんと指が動く。自分の肌に触れれば、確かな感覚もある。まるでリアルな長い夢の中に閉じ込められているような気もするが、ただの幻覚だと言い切るには、あまりにも輪郭がはっきりとしすぎていた。
「それで、深層意識に落とされた人はどうなるんだ?」
「操られる」
「……は?」
「意識がこうして深層に沈んでいる間、抜け殻になった身体は魔鈴の持ち主に都合よく操られるんだよ」
あまりにもあっさりと冷酷に告げられた言葉の内容に、アリベルは完全に絶句した。自分の身体が、自分のあずかり知らぬ場所で勝手に動いている。自分の知らないところで、自分の意思とはまったく関係のない、誰かの手駒として利用されている。そう想像した途端、背筋に凍りつくような恐ろしい戦慄が走った。
「ちょ、ちょっと待て! じゃあ今、俺の身体は何をしてるんだ!?」
「さあ?」
「さあ、じゃないだろ!?」
アリベルが堪りかねて激昂の声を荒らげると、銀髪の人物は待っていましたとばかりに楽しそうに肩を揺らして笑った。
「まあまあ。そんなに目くじらを立てずに落ち着きなよ」
「落ち着けるか!」
「でもね、ひとつだけ安心していいことがある」
「……何だよ」
銀髪の人物は、先ほどまでのふざけた笑みをふっと消し、アリベルの瞳の奥をまっすぐに見つめた。
「どうしたって、ここは君自身の精神世界なんだ」
「それが何だっていうんだ?」
「つまり――」
そこで一度勿体ぶるように言葉を切り、今度はこれ以上ないほどにっこりと、無邪気な笑みを浮かべた。
「頑張って自力で意識を浮上させてね!」
「…………」
アリベルは、しばらく開いた口が塞がらないまま、相手のふざけた顔を見つめた。
「……は?」
「自分の精神世界なんだから、持ち主である君が必死に頑張れば、何とかなるんじゃない?」
「適当すぎるだろ!?」
「そうかな?」
「そうだよ!!」
あまりの理不尽さに、思わず声を大にして叫んでしまった。魔鈴という未知の魔具の恐ろしい能力。深層意識へとまんまと落とされた自分。そして、現実世界では自分の身体が正体不明の存在に操られている。最悪の状況は十分に理解できた。理解はできたが――。
「どうやって意識を浮上させるんだよ!? 方法が分からないから聞いてるんだろ!」
「それを考えるのも、君の役目だね」
「お前、ただ状況を説明しただけじゃねえか!」
「説明は大事だよ? 感謝してほしいくらいさ」
「そういう問題じゃない!」
銀髪の人物は、まるで画面の向こうの他人事のように楽しげに笑っていた。アリベルは深く、長くため息を吐き出し、やりきれなさに頭を抱えた。どうやら、この目の前にいる浮世離れした人物にこれ以上頼るのは完全に無駄らしい。そもそも、こいつは一体何者なのだろう。どうして他人の精神世界の中に我が物顔で居座っているのか。どれほどの知識を持っているのか。聞きたいことや問い詰めたいことはそれこそ山ほどある。
だが、今はそんな疑問に構っている余裕などひとかけらもなかった。現実世界では、自分の身体が誰の意思かも分からない何かに操られている。放っておけば、アレフを傷つけるような、取り返しのつかない大事件をしでかすか分かったものではない。
「……くそっ」
アリベルはグッと拳を握りしめ、顔を上げた。
「分かったよ。自分で何とかすればいいんだろ」
「うん。頑張ってね!」
銀髪の人物は、相変わらず軽い調子でひらひらと手を振り、霧となって消えた。アリベルは、その能天気な姿を鋭い視線で睨みつけた。そして、一刻も早く意識を現実へと引き戻す方法を探し出すため、彼は静寂に包まれた自分自身の精神世界と、孤独に向き合うことになったのだった。




