23話 リンドンリンドン
アリベルの身体が、じっと魔鈴の持ち主を見つめる。そして、ふと思い出したかのように、何の脈絡もなく口を開いた。
「で、君は誰かな?」
「…………は?」
魔鈴の持ち主の動きが完全に止まった。つい先ほどまで、まるで何年も会っていなかった昔からの大親友であるかのように親しげに話しかけてきたくせに、今度は誰だか忘れたと事も無げにのたまう。それとも、最初からこちらを徹底的にからかって楽しんでいるのだろうか。底深い困惑と剥き出しの苛立ちがドロドロと入り混じった瞳で、魔鈴の持ち主はアリベルの身体を忌々しげに見つめた。
「……リンドだ」
「リンド?」
アリベルの身体は、顎に手を当てて少し考えるような仕草をした。それから、ひらめいたと言わんばかりにぱっと顔を明るくする。
「ベルがリンドン鳴るからかな?」
「…………」
ピキッ。何かが致命的に切れるような音がした。もちろん、実際にそんな音が周囲に聞こえたわけではない。だが、リンドの痩せ細った額には、怒りのあまり確かに青筋がいくつも浮かび上がっていた。
「お前……」
「あれ? 違うのかい? じゃあ、リンリンのリンド?」
「貴様……! どちらも大して変わらないだろう……!」
リンドの声が地を這うように低くなる。しかしアリベルの身体は、悪びれる様子もなくなおも不思議そうに首を傾げていた。本当に相手を煽るつもりでやっているのか。それとも、ただ頭に思いついたくだらないことを口にしているだけなのか。その恐るべき真意は、中にいる本人にしか分からない。いや、そもそも今、このアリベルの身体を内側から我が物顔で動かしているのは、本当に人間の魂なのだろうか。
「……殺せ」
リンドが憎悪を吐き捨てるように、周囲の石像へ命じた。
「そいつを殺せ!」
冷酷な命令を受けた王国騎士たちが、一斉に牙を剥いて動いた。さっきまでの虚ろだった瞳にドス黒い殺意が宿り、一斉に鋭い剣が引き抜かれる。四方八方から容赦なく迫る冷たい刃。包囲された金髪の少年に、逃げ場などどこにもない。無数の剣先が、アリベルの身体をズタズタに切り裂こうと届きかけた、まさにその瞬間だった。
「アースウォール」
アリベルの身体が、歌うようにぽつりと呟いた。
ゴゴゴゴゴッ!!
突如として地面が爆発したかのように大きく揺れた。次の瞬間、アリベルの小さな身体を四方から完璧に防衛するように土塊が猛烈な勢いでせり上がり、瞬く間に分厚く強固な土の壁を形成した。殺意を孕んだ騎士たちの頑丈な剣が、容赦なくその土壁へと真正面からぶつかる。
ガキンッ!
甲高い金属音が周囲に響き渡り、強烈な衝撃で騎士たちの刃がことごとく弾かれた。どれだけ力を込めようとも、少年の髪の毛一本にすら攻撃は届かない。それどころか、地面から盛り上がった土壁の猛威はそこでは止まらなかった。生き物のように蠢く土が次々と形を変え、波となって騎士たちの足元へと瞬く間に広がっていく。
「なっ――!」
騎士たちが異変に気づいたときには、もうすべてが遅すぎた。隆起した土壁の一部が津波のように崩れるようにして、身動きの取れない騎士たちの上へと容赦なく覆いかぶさり、彼らの肉体ごと動きを完全に封じ込めたのだ。逃げようにも、土に捕らえられた足はびくとも動かない。剣を振るうことさえできない。一瞬にして、あれほどの人数が文字通り手も足も出ずに無力化されたのだ。
騒然としていた放送局の広場に、再び冷ややかな静寂が戻る。アリベルの身体は、まるで散歩でもしていたかのように、何事もなかったかのような涼しい顔で佇んでいた。そして、土の罠の向こう側で一人取り残されているリンドへと、楽しげな視線を向ける。
「それで?」
まるで、他愛のない世間話の続きを促すような、軽い声だった。
「まだやるのかい?」
リンドは、怒りに震える手でベルを強く握りしめた。
チリン。
小さな、だがどこか不気味な音が、静まり返った放送局に冷たく響く。そのリンドの目には、もはや先ほどまでの困惑も苛立ちも綺麗に消え去っていた。残されているのは、目の前に立つ底知れない存在に対する、刺すような明確な敵意だけだった。




