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勇者X  作者: 厚揚げどーふ
一章 旅立ち編
24/48

22話  旧知の仲?

一方、その頃。アリベルの意識が深い精神世界へと囚われている間、現実世界のフォラリス王都では、見る者がいれば誰もが我が目を疑うようなあまりにも奇妙で恐ろしい事象が起きていた。アリベルの身体が、本人の意思や魂とは完全に切り離されたところで、まるで精巧な操り人形のように勝手に動いていたのだ。本人の意思とは一切関係なく、まるでその肉体を別の強大な誰かに乗っ取られ、内側から操られているかのように。その足取りは微塵の躊躇いもなく、激しい戦火に包まれた王都の石畳の街路を確かな足取りで進んでいく。その肉体が目指す目的地は、ただひとつしかなかった。今もなお、王都全域の空気を冷酷に震わせ、響き続けているあの澄んだベルの音。その狂った音の発信源――かつて王国からの通達を告げていた放送局だった。

 

やがて、アリベルの肉体は煙の立ち込める放送局の敷地へとたどり着いた。重々しい建物の前には、本来であれば王都を守るべき大勢の王国騎士たちが不自然なほどすし詰めになって集まっていた。そして、その殺気立つはずの騎士たちに完全に包囲されるようにして、中心に一人の青年がぽつんと立っていた。衣服の隙間から覗く青年の手には、あの新聞の写真で見た通りの風変わりなベルが握られている。

 

チリン。

 

チリン。

 

チリン。

 

絶え間なく、鼓膜を優しく撫でるような澄んだ音が周囲に響き続けている。それなのに、周囲を取り囲む誰一人として、その青年を組み伏せて音を止めようとする者はいなかった。騎士たちは全員が抜身の剣を手にしている。凶行に及ぶ青年を完全に包囲している以上、彼を凶悪な反乱分子として捕らえるために集まったのは明白だろう。しかし、彼らの目は一様にハイライトを失い、ガラス玉のように虚ろだった。まるで頭の中から魂だけを綺麗に抜き落とされてしまったかのように、誰一人として指一本動かそうとしない。目の前に、王都中を混乱に陥れているベルを鳴らし続けている張本人が無防備に立っているというのに、騎士たちはただの動かぬ石像と化していた。

 

アリベルの身体は、その異様な光景を一瞥しながら、まるで他人事のように眺めつつ青年の正面へとゆっくり歩み出た。そして、ベルを持つ青年と真っ直ぐに視線を合わせる。しばらくの間、二人は何も語らず、ただ沈黙を保っていた。まるで互いの顔の輪郭を確かめ合い、その奥にある本質を値踏みするかのように。やがて、その重苦しい静寂を破り、先に不敵な口を開いたのは、誰かに操られたアリベルの身体だった。

 

「久しぶりだね〜。何年ぶりかな? 君が刑務所に行ってからだもんね。元気にしてたかい?」

 

それは、この戦場の惨状にはあまりにも不釣り合いなほど、軽薄で気安い口調だった。まるで、学生時代の昔からの親しい知り合いに街角で偶然出会ったかのように。対する青年は、その脳天気な声にわずかに細い顔を上げた。

 

「……どこかで会ったか」

 

喉が完全に潰れてしまっているかのような、掠れたガラガラの低い声だった。その短い声には、再会の懐かしさも、突如現れた侵入者への驚きも一切なかった。ただ、目の前に立つ金髪の少年の皮を被った相手が、一体誰なのかが根本的に分からないという、深い困惑だけが薄く滲んでいた。

 

「えー?」

 

アリベルの身体が、大袈裟な動作でわざとらしく首を傾げる。そこで改めて、青年の哀れな姿を値踏みするように観察した。衣服に隠されたその身体は生気を失ってひどく痩せ細り、身に纏う衣服も泥と血に汚れてボロボロだった。今この場に立っていること自体が不思議なほど、限界を迎えて弱々しい姿をしている。少なくとも、まともな食事を長い間与えられず、過酷な環境に置かれていたことは一目見れば明らかだった。それでも、青年はベルを鳴らすその手だけは決して止めようとしない。

 

チリン。

 

チリン。

 

その澄んだ音だけが、青年の衰弱ぶりとは裏腹に、変わらず王都の空に響き続けていた。アリベルの身体は、そんな青年の痛々しい姿を冷ややかに眺めてから、呆れたような、あるいは楽しむような声を鼻から出した。

 

「忘れちゃったのかい? ボケたのかな?」

 

まるで、目の前の相手が自分という存在を忘れるはずなど絶対にない、とでも言いたげな絶対的な確信を込めて。青年はそれ以上、何も答えなかった。意思を失った虚ろな騎士たちに隙間なく囲まれた異様な放送局の広場で、二人だけが、互いの瞳の奥を見つめ合っている。一方は、何年も会っていなかった親しい旧知の相手と軽口を叩き合うように。もう一方は、目の前に佇む人物の正体をまったく知らない不審者のように。二人の過去の間には、確かに分かち難い何かが存在していた。けれど、その狂った関係性が何なのかを知る者は、この王都にはまだ誰もいなかった。

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