17話 反乱調査
翌日。
フォラリス王国の異変について、さらなる驚くべき新たな通達が城塞都市ガルガドスに届いた。
なんとフォラリス王国が、ガルガドスの提示したあのあまりにも容赦のない厳しい条件を、全面ターゲットとして丸ごと呑んだというのだ。
王国の心臓部とも言える防衛設備や国家財源、さらには軍事魔具の配置にいたるまで、すべての極秘情報を外部へ開示することを正式に認めた。
これを受け、ガルガドスが誇る正規の騎士団が、治安維持と調査という名目でフォラリスへ大量に派遣されることになった。
さらに、冒険者ギルドに所属する腕利きの者たちにも、希望者は騎士団に同行してフォラリスへ向かうことが特別に認められた。
宿の近くの喧騒でその話を聞いたアリベルは、胸の奥がざわつくような複雑な気持ちに陥っていた。
フォラリス王国には、今も無実の自分を「悪魔の子」として執念深く追う騎士たちが大勢いる。
できることなら、二度と近づきたくはない忌まわしい場所だった。
しかし、同時にどうしても気になってしまう謎もあった。
あの騎士たちまで容易く寝返らせる不気味な反乱は、いったい何なのだろうか。
そして、自分にかけられた理不尽な手配書は、これからどうすれば取り下げてもらえるのだろうか。
*
その日の夜。
薄暗い宿の部屋の丸テーブルで、アリベルとアレフは静かに向かい合っていた。
「なあ、アリベル。国が動き出して状況が一気に変わったけどさ……お前、これからどうするつもりなんだ?」
アレフが、いつもより少し真面目なトーンで尋ねてきた。
「僕は……このままガルガドスのあのお店で、仕事を続けようと思ってるよ。せっかくおばさんやミルケに良くしてもらって、雇ってもらえたんだしね」
「そっか」
アレフは短く頷いたあと、腕を組んで少しの間だけ深く考え込んだ。
「でも、やっぱりフォラリスの現状はめちゃくちゃ気になるよな」
「うん。反乱軍がどうしてあんなに恐ろしい早さで勢力を広げているのかも分からないし、本当に不思議で……」
「国を守るはずの騎士たちまであっさり寝返ってるんだもんな。どう考えても普通じゃない、絶対に何か裏があるよ」
二人は深刻な顔で見つめ合った。
フォラリス王国で何が起きているのか、遠く離れたこの街に流れてくる噂話だけでは、肝心な真実が何も見えてこない。
「……それに、僕にとってはやっぱり、あの手配書のこともあるんだ」
アリベルは、やるせない気持ちのまま少し俯いた。
「できることなら、一刻も早くあの手配書を取り下げてもらいたいんだけど……今の僕じゃ、どうすればいいのかすら分からなくて」
「なるほどな……」
アレフはさらに深く腕を組み、うーん、と天井を見上げた。
ロウソクの火が小さく揺れる中、しばらくじっと考えていたアレフは、ふっと何かが吹っ切れたような顔で勢いよく顔を上げた。
「よし! 決めた! 俺がフォラリスへ行ってみるよ!」
「えっ……!? アレフが?」
アリベルは思わず椅子から身を乗り出して驚いた。
「おう! ギルドの調査団に混じって現地の様子をこの目で確かめて、反乱の正体についても調べてみる。それに――お前のその不名誉な手配書を取り下げるための具体的な方法も、絶対に探してきてやるよ!」
アリベルは、相棒のあまりにも唐突で大胆な提案に目を見開いた。
「でも、だって……今のアリベルが行くなんて、すっごく危ないんじゃないの?」
「もちろん、危険は大アリだと思う。でもさ、このまま何も知らないまま怯えて過ごすんじゃ、いつまで経ってもどうしようもないだろ?」
アレフはいつもの調子を取り戻し、ニカッと白い歯を見せて不敵に笑った。
「それにさ、俺が現地に行って動けば、お前はここで誰の目も気にせず安心して仕事を続けられる。お前自身がわざわざ危険を冒してフォラリスに戻る必要は一切ないんだからさ!」
「アレフ……」
「よし、決まりだな! 俺、フォラリスの調査団に参加してくるよ!」
アレフの真っ直ぐな瞳の決意は、もう誰にも動かせそうにないほど固かった。
アリベルは相棒の身に何かが起きるのではないかと激しく心配したが、同時に、自分のためを思ってここまで命懸けで動いてくれようとするアレフの優しさが、涙が出そうなほど嬉しかった。
「……ありがとう、アレフ。でも、約束して。絶対に無理はしないで、危なくなったらすぐに逃げてね」
「分かってるって! 俺のすばしっこさをナメんなよ、任せとけ!」
こうしてアレフは、フォラリス王国の異常な現状を確かめること、そしてアリベルの手配書を無効化するための手がかりを探すという大きな目的を胸に、因縁のフォラリスへ向かうことを固く決意したのだった。
*
そして、ついにやってきた出発の日。
ガルガドスの巨大な城門の近くには、フォラリス王国へと出発する大型の馬車が何台も一列に並んでいた。
重厚な鎧をまとったガルガドスの騎士たちが物々しい装備を整え、冒険者ギルドから参加する血気盛んな者たちも、それぞれの武器や荷物を抱えて慌ただしく集まっている。
その騒がしい人混みの中に、見慣れた相棒――アレフの姿があった。
「じゃあ、ちょっと行ってくるな!」
アレフは大きな荷物を背負い直し、振り返って言った。
「うん。本当に、本当に気をつけてね、アレフ」
「ああ! お前もお店での仕事、しっかり頑張れよ!」
アレフは出発間際の馬車の荷台へと軽々と乗り込み、アリベルに向けて大きくちぎれるほどに手を振った。
「また、生きて会おうぜ!」
「うん! またね!」
やがて出発を告げる野太い号令の鐘の音が街に響き渡り、重い車輪の音を立てて、馬車の一団がゆっくりと動き始めた。
アリベルは、喧騒の中に一人ぽつんと立ったまま、砂煙の向こうへと遠ざかっていく馬車の列をいつまでも見送っていた。
親友を乗せた馬車の姿が次第に小さくなり、やがて巨大な鉄の城門の向こう側へと完全に見えなくなる。
「……ちょっと、思った以上にさみしいな」
アリベルの口から、抑えきれなかった本音がぽつりと夜風に溢れ出た。
森を出てアズライト刑務所を脱獄し、このガルガドスに来てからというもの、ずっと四六時中一緒に行動してきたアレフ。
いざ本当に一人きりになってみると、押し寄せてくる孤独感は想像していた以上に心細く、胸の奥がキュッと締め付けられるようだった。
それでも、アレフは今、自分の未来のために危険な戦地へと向かってくれているのだ。ならば、自分もここで弱音を吐いて立ち止まっているわけにはいかない。
「……よしっ!」
アリベルは両手で自分の両頬をパンッと叩き、小さく気合いを入れた。それから、賑やかなガルガドスの街の中へと、確かな足取りで歩き出した。
アレフは不穏な影が渦巻くフォラリスへ。
アリベルはここ、活気あふれるガルガドスの日常へ。
それぞれの強い目的を胸の奥に灯しながら、少年二人は、ついに別々の運命の道を歩み始めたのだった。




