16話 フォラリスでの反乱
仕事を終え、宿の部屋へと帰ると、中からアレフが一目散に駆け寄ってきた。
「アリベル! お前、もう聞いたか!?」
血相を変えて勢いよく迫ってくるアレフに、アリベルは圧倒されて思わず一歩後ずさった。
「フォラリス王国のことだよ!」
「ああ……それなら僕も、さっきまで働いていた店のお客さんから聞いたよ。フォラリスがこのガルガドスに調査の協力を要請したんだよね? 人が大勢いなくなってる件で……」
「そうそう! でもな、ギルドの最新情報だと、話はそれだけじゃないんだ!」
アレフは興奮を抑えきれない様子で、さらに身を乗り出した。
「一般人の行方不明ってのは本当だが、それよりも王国がなりふり構わず協力を要請してきた主な理由は――あの刑務所から少し離れた街で、大規模な『反乱』が起こったからんだよ!」
「反乱……!?」
アリベルの表情が、一瞬で引きつるように強張った。
刑務所。その不吉な単語を聞いただけで、あの嵐の夜の忌まわしい出来事が鮮明に脳裏をよぎる。
アズライト刑務所から脱獄したのは、他でもないアリベル自身だ。あの騒動のあと、自分と一緒に逃げ出した他の囚人たちは、一体どうなったのだろう。
まさか、その囚人たちがこの大規模な反乱に関係しているのだろうか。
「しかもな、その反乱が広がるスピードが尋常じゃないらしいんだ。噂じゃ、国が慌てて鎮圧に向かわせた正規の騎士たちまで、次の日にはなぜか丸ごと反乱軍に寝返っちまうんだと!」
「騎士まで……寝返るの?」
「そう! 戦う前に味方が敵になっちまうんだから、王国の連中もパニック状態さ。いったい現場で何が起きてるんだろうな?」
アレフは不可解そうに首を傾げた。
アリベルも、ただ唇を噛み締めて沈黙するしかなかった。
通常の反乱であれば、高い忠誠心を持つ王国の騎士たちが容赦なく鎮圧に動くはずだ。それなのに、その騎士たちまでもが自ら進んで反乱軍の軍門に下してしまう。
いったい、その反乱軍はどんな恐ろしい手段を使っているのだろうか。
「それでな、助けを要請されたこの城塞都市ガルガドス側も、ただで助けるってわけにもいかなくてな、」
「どういうこと?」
「助けてほしけりゃ、相応の見返りをよこせって、フォラリスにかなりエグい条件を突きつけたんだよ」
アレフはそこで一度言葉を切り、ごくりと唾を呑み込んだ。
「――王国の『内部』をすべて見せろ、ってな」
「……内部?」
「正確には、王国のすべてが詰まった『国庫』を開示しろって話らしい」
アリベルは、新調した旅衣の袖を握りながら眉をひそめた。
国庫を見せる。それが具体的に何を意味するのか、世間知らずな今の彼にはすぐには理解できなかった。
「国庫を見せるのって……そんなに重大なことなの?」
「そりゃあ大問題どころの騒ぎじゃないだろ!」
アレフは当然だと言わんばかりに、熱を込めて語った。
「国庫ってのは、ただの金蔵じゃない。そこには国の全財産に関する極秘情報はもちろん、フォラリス王国のすべての防衛設備や、高度な軍事魔具の配置にいたるまで全部記録されてるんだ。そんなトップシークレットが外に漏れたらどうなると思う?」
「つまり……」
「ガルガドス側からすれば、フォラリス王国をいつでも簡単に『攻め落とせる』ようになるってことだ」
その冷徹な事実に、アリベルは息を呑んだ。
ガルガドスがフォラリスの内部を完全に把握すれば、王国のあらゆる弱点が白日の下に晒される。
それは表向きの「協力」という言葉とは裏腹に、フォラリス王国という国家の息の根を物理的にいつでも止められるようにする、あまりにも容赦のない臣従への条件だった。
「フォラリスは……その恐ろしい条件を、受け入れたの?」
「いや。プライドの高い国だからな、まだ正式な返事はしてないらしい」
アレフは腕を組み、重苦しい表情で首を振った。
「でも、たぶん条件を飲むのは時間の問題だろうな」
「どうしてそこまで言い切れるの?」
「反乱軍の先鋒が、もう王都の城のすぐ近くまで迫ってるんだとさ」
アリベルは完全に言葉を失った。
王国の心臓部のすぐ近くにまで一瞬で接近している、謎の反乱軍。
鎮圧に向かった騎士たちの、不自然な連続寝返り。
(あの日、アズライト刑務所から消えたっていう『魔具』の力が、もしこれに関係しているとしたら……)
そして、同盟の条件として喉元に刃を突きつけるような、ガルガドスの厳しい要求。
フォラリス王国は今、歴史上かつてないほど完全に追い詰められていた。
このままでは、あの強大だった王国が数日のうちに崩壊してしまうかもしれない。
「……いったい、何が起きてるんだろう」
アリベルは部屋の床を見つめながら、小さく、震える声で呟いた。
フォラリス王国で起きている未知の異変。
それは、遠く離れたこの安息の地ガルガドスにまで、世界を揺るがす巨大な激震として影響を及ぼし始めていた。




