14話 新しい出会い
城塞都市ガルガドスへやってきたアリベルとアレフは、馬車を降りると、ここまで運んでくれた御者のおじさんに深く礼を告げた。
「おじさん、ここまで本当にありがとうございました!」
「おう! 達者でな! あんまり面倒事に巻き込まれるんじゃねえぞ、坊主たち!」
「ははは……善処します、気をつけます」
アリベルは苦笑しながら頭を下げた。
「また機会があったら乗せてやるよ! じゃあな!」
おじさんは豪快に笑いながら手綱を握り、再び馬車を賑やかな雑踏の奥へと走らせていった。
二人は小さくなっていくその背中を見送ると、活気に満ちた街の通りへと歩き出した。
「さて、まずは何はともあれ宿探しだな!」
「うん。できれば、僕たちの手持ちでも長居できる、あまり高くないところがいいね」
「だな! これからの旅路、お金は命の次くらいに大事だからな!」
アレフは元気よく頷いた。
二人は大通りを歩きながら、大盾を構えた衛兵たちの視線を避けるようにして、手頃な宿を探した。しばらく歩き、通りから一歩入った静かな路地に、年季の入った落ち着いた雰囲気の宿を見つけた。
料金も予算の範囲内だったため、二人はそこで一部屋を借りることにした。
細い階段を上がり、あてがわれた部屋の鍵を開けて荷物を置くと、ようやく大きな一息がつける。
「ふぅ……。やっと、まともに落ち着けたね」
「いやー、怒涛の長旅だったな!」
アレフは勢いよくベッドに腰を下ろし、背骨を鳴らすように大きく伸びをした。
「それで……アレフ、これからどうする?」
アリベルが尋ねると、アレフは少し顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「まずは、この街での仕事探しだな。当たり前だけど、お金がないと宿にも泊まれないし、美味い食べ物だって買えないだろ?」
「確かに……。アレフの家にずっとお世話になるわけにもいかないもんね」
「そういうこと!」
アレフは人差し指をピンと立てた。
「この街はフォラリス王国の影響があまり及ばないらしいけど、冒険者ギルドの仕組み自体は変わらないみたいだ。だから、俺はさっそくギルドへ行って腕の立つ仕事を探すよ!」
「じゃあ、僕はどうしよう……」
アリベルは窓の外を眺めながら、ぽつりと溢した。
ギルドの仕事は魔物の討伐や荒事の警護が中心だ。先日の戦いで「体が勝手に動く」という奇妙な体験をしたものの、まだ自分の力をよく理解できていないアリベルにとって、すぐにそうした危険な仕事に身を投じるのは少し不安だった。
「アリベルは、街にある普通のお店で働いてみたらどうだ? 接客とか、裏方の荷物運びとかさ!」
「うん。不器用だけど……それがいいかもしれない。そっちの方が目立たないしね」
「決まりだな!」
こうして、アレフは冒険者ギルドで、アリベルは街の商店でそれぞれ働くことになった。
翌日。
朝の澄んだ空気の中、二人は宿を出て別々に仕事を探し始めた。
アレフは大きな武器を背負い直してギルドへ向かい、アリベルは宿の近くにある、朝から繁盛していそうな一軒の飲食店を訪ねた。
扉を開けると、中からはスープの煮込まれる温かい湯気と、お肉の焼ける香ばしいいい匂いがぷんんと漂っていた。
「あの、すみません……!」
アリベルが少し緊張しながら声をかけると、厨房の奥からエプロン姿の体格のいいおばさんが顔を出した。
「あら、いらっしゃい。……って、ご飯を食べるにはまだ少し早いねえ。どうしたんだい、可愛い坊や?」
「実は、この街で働けるところを探していまして……。もしよければ、ここで僕を雇ってもらうことはできませんか?」
おばさんは片手を腰に当て、アリベルを上から下までじっくりと眺めた。それから、アリベルの綺麗な金髪と、少し不安そうに揺れる瞳を見ると、にっこりと優しく笑った。
「働きたいのかい? そりゃあ助かるよ! うちはお昼時になると戦場みたいになるからね、ちょうど動ける人手が欲しかったところなんだ!」
「本当ですか!?」
「ああ、もちろんさ! やる気があるなら大歓迎だよ。うちの飯をたくさん食べて、しっかり働いておくれ!」
「ありがとうございます……!」
思いがけず快く受け入れてもらえたことに、アリベルは張り詰めていた胸をなで下ろした。
手配書の件もあり、拒絶される恐怖が常にあったが、このガルガドスでは本当に王国の指名手配など誰も気にしていないようだった。
「じゃあ、まずは簡単な皿洗いや荷物の整理からお願いするよ。分からないことがあったら、恥ずかしがらずに何でも聞くんだよ!」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、アリベルは飲食店で働くことになった。
店のおばさんに仕事の手順や厨房の案内を受けていると、店の奥の扉がバタンと開き、一人の少女が元気よく現れた。
「あら? おばちゃん、その子はだあれ? もしかして新人さん?」
少女はアリベルの姿を見つけると、パタパタと足音を立てて近づいてきた。
その瞳はらんらんと輝いており、屈託のない笑顔でアリベルに向かって右手を差し出した。
「私はミルケ。この店で給仕をしてるの。よろしくね!」
「あ、僕はアリベル。今日からお世話になります。よろしく!」
アリベルは少し照れながらも、笑顔でその小さな手を握り返した。
「アリベルね! ねえねえ、こういうお店で働くのって初めて?」
「うん。ずっと森で暮らしていたから……こういうお店で働くのは、本当に初めてなんだ」
「そっかぁ! じゃあ、先輩の私が仕事の流れをバッチリ教えてあげる! 分からないことがあったら、なーんでも聞いてね!」
「ありがとう、ミルケ」
ミルケは太陽のように明るく、誰に対しても物怖じしない少女だった。
初めての街、初めての職場。
知らないことばかりで緊張と不安に押しつぶされそうになっていたアリベルだったが、ミルケの屈託のない笑顔を見ていると、不思議と「ここでなら、上手くやっていけそうだな」という温かい気持ちが湧いてきた。
「よーし! それじゃあアリベル、さっそくお仕事を始めちゃおう!」
「うん、頑張るよ!」
ミルケの元気な号令が、美味しそうな匂いの満ちる店内に心地よく響き渡る。
こうして、悪魔の子と呼ばれた少年アリベルの、城塞都市ガルガドスでの新しい、そして穏やかな生活が静かに幕を開けた。




