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勇者X  作者: 厚揚げどーふ
一章 旅立ち編
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13話 城塞都市ガルガドス

荷造りを終えたアリベルたちは、城塞都市ガルガドスへ向けて旅立った。

フォラリス王国の端にあるこの村からガルガドスまでは、子供の足で歩いていくには少々遠すぎる。しかし幸いなことに、国境付近の交易を担う貿易馬車が、定期的に街道を行き来しているらしい。

二人は砂埃の舞う街道で運よくその馬車を見つけると、手持ちの運賃を払って荷台に乗せてもらうことにした。

「いやあ、助かったな! 歩いて行くとなると、途中で行き倒れて干からびるところだったぜ!」

アレフはゴトゴトと揺れる荷台の端に腰を下ろし、額の汗を拭いながらほっと息をついた。

「うん。快く乗せてもらえて本当によかったよ」

「はっはっは! こっちだってタダで乗せてるわけじゃねえ、しっかり運賃をもらえるんだ。お互い様ってもんよ!」

前方の御者台に座る大柄な御者のおじさんは、豪快に笑いながら器用に手綱を握った。

パカパカと小気味いい蹄の音が響き、馬車が走り始めてしばらくした頃。アリベルは、荷台の木製側面に無造作に糊付けされた数枚の紙に目を留めた。

「……あっ」

そこには、この近隣一帯に配られている指名手配書が何枚も貼られていた。

そして、その中には――先ほど見たばかりの、見覚えのある自分の顔が描かれたものもあった。

『悪魔の子、アリベル』。

羊皮紙に刷られた自分の顔と名前を目にした瞬間、アリベルの全身の血が引いたように表情が強張った。

やっぱり、王国は本気で自分を奈落の底まで追いかけようとしている。ここまで手配書が出回っているのなら、いつ、どこで、誰に通報されてもおかしくない。

「おっ、どうしたボウズ。そんなに驚いた顔をして」

手綱を握り直しながら、御者のおじさんが不意に振り返った。

「もしかして、そこに貼ってある自分の手配書でも見つけたか?」

「……っ!」

アリベルは喉の奥がヒュッと鳴るのを感じ、息を呑んだ。

身を隠す間もなかった。まさか、一瞬で気づかれていたのだろうか。

「おめえさん、アズライト刑務所からド派手に逃げ出した金髪のガキだろ?」

「ど、どうしてそれを……」

「はっはっは! こんだけ国中で大騒ぎになってりゃ、街道を往復してる俺たちの耳に嫌でも入るさ!」

おじさんは手綱を引いたまま、ガハハと豪快に笑った。

アリベルはいつでも荷台から飛び降りられるよう、無意識に全身の筋肉を強張らせて身構えた。せっかくあの理不尽な牢屋から逃げ出したのに、ここで騎士団に引き渡されてしまったら、すべてが水の泡だ。

「……僕たちを、騎士団に突き出さないんですか?」

「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならねえんだ?」

「え……?」

「王様が出した手配書だからって、そいつが本当に悪人だとは限らねえだろ。俺ぁな、自分の目で見てもいねえお上の戯言を、簡単に信じるほど落ちぶれちゃいねえんでね」

おじさんは前を向き直り、ピシッと手綱を鳴らした。

「それに、俺はフォラリスの王国にそこまで義理立てする気もねえ。安心しな。ガルガドスまではきっちり乗せてってやるよ」

「……ありがとうございます!」

アリベルは、折れそうなほど張り詰めていた肩の力を、少しだけ抜いた。

助かった。少なくとも、この豪快な御者は自分を捕まえるつもりはないらしい。

しかし、安堵したのも束の間だった。おじさんは煙草に火をつけながら、さらに言葉を続けた。

「そういや、今回の脱走事件じゃ、刑務所の最深部に保管されてた貴重な『魔具』までドサクサに紛れてなくなったらしいぜ」

「……っ?」

アリベルの肩が、ぴくりと跳ねた。

魔具。その言葉自体には聞き覚えがなかったが、自分が命からがら逃げ出したあの刑務所で起きた出来事なら、気にならないはずがない。

「ねえ、アレフ。魔具って、何?」

アリベルが小声で尋ねると、物知りなアレフが声を潜めて説明を始めた。

「魔具っていうのはね、特別な魔力や呪いが込められた道具のことだよ。普通の剣や道具とは違って、それ自体が不思議な能力を発動できるものがあるんだ」

「道具なのに、魔法みたいな能力が使えるの?」

「そうそう! 便利なものもあるけど、中には都市を一つ消し飛ばすような危険な代物もあるんだぜ。だから、国が管理しきれなくなった問題のある魔具なんかは、アズライト刑務所の奥深くに厳重に封印されてたはずなんだけど……」

「へえ……」

アリベルは頷きながらも、頭の中では別の思考がぐるぐると渦巻いていた。

自分が逃げ出した、あの冷たい鉄格子の刑務所。そこから、囚人である自分だけでなく、そんな危険な魔具までが同時に消え去っている。

一体、あの夜の刑務所で何が起きていたのだろうか。

「逃げた囚人の大物どもも、消えた魔具も、未だに一つも見つかってねえらしい。王都の騎士団の連中も、今頃メンツが丸潰れでてんてこ舞いだろうよ!」

おじさんは他人事のように愉快そうに笑った。

「……その逃げた囚人たちは、一体どこへ消えたんだろうな」

アレフが荷台の柵に顎を乗せ、何気なく遠い空を見つめて呟いた。

アリベルは思わず視線を自分の膝へと落とした。

少なくとも、逃亡犯の一人である自分は、今こうして馬車に揺られている。そして、もし他にも同じように理不尽な理由で逃げ出した囚人がいるのなら、その人たちも世界のどこかで息を潜めて身を隠しているのかもしれない。

もし、騎士団が血眼になって捜索網を広げているのなら、これから先は一歩たりとも油断はできない。

「まったく、王様も自分の国の不祥事くらい、民を巻き込まずにちゃんと管理してもらいてえもんだな!」

おじさんの盛大な愚痴に、アレフが苦笑する。

アリベルもそれに合わせて曖昧に笑ってみせたが、胸の奥底には冷たい不安の澱(おり)が残っていた。

手配書が街道のあちこちに貼られている以上、どこへ行っても気を抜くことはできない。早くガルガドスに着いて、ほんの少しでも落ち着ける場所を見つけたい。

そんなことを考えているうちに、馬車の車輪の回転が、徐々にゆっくりと速度を落とし始めた。

「おっ、見えてきたぜ、ボウズたち! 前を見な、あれが城塞都市ガルガドスだ!」

おじさんの太い声に弾かれるようにして、アリベルとアレフは身を乗り出し、前方へ目を向けた。

地平線の先にそびえ立っていたのは、見上げるほどの巨大な漆黒の石造りの大城壁だった。

中央には何十人もの大人が並んでやっと動かせるような重厚な鉄の赤門が構えられ、城壁の遥か上部には、魔族の侵攻を阻むための巨大な大砲が何門も不気味に銃口を並べている。

その姿は、都市というよりは、まさに冷徹な戦い破れぬ「要塞」そのものだった。

「すごい……!」

アリベルは遮るもののない圧倒的な建造物の威圧感に、思わず息を呑んだ。

凶暴な魔族の国インフェルニアと隣り合って生きるため、これほどまでに過剰で強固な防衛設備を備えているのだろう。

やがて馬車は巨大な門の前へと到着し、フォラリス王国側からの流入を調べるための簡単な検問を受けた。手続きを終えた馬車は、ゴゴゴと地響きを立てて開く重々しい鉄の門をくぐっていく。

その、薄暗い門を通り抜けた先に広がっていた光景に、アリベルは再び目を見張った。

壁の外から受けた冷たく堅牢な印象とは180度裏腹に、街の内側は驚くほど眩しく、活気に満ちあふれていた。

石畳の広い通りには、人間だけでなく、見たことのない奇抜な衣装を纏った多くの人々が行き交い、商人たちの威勢のいい呼び声が空に響き渡っている。店先には色鮮やかなスパイスや見たこともない異国の果物が並び、あちこちの酒場や宿屋から楽しげな笑い声が風に乗って聞こえてきた。

堅牢な城壁に守られた閉鎖的な街でありながら、その内側には、フォラリス王国の王都よりもずっと自由で、エネルギーに満ちた人々の暮らしが息づいていた。

「へえー! すっげえ! 思ってたより何倍も賑やかじゃん!」

アレフが目をキラキラと輝かせ、楽しそうに身を乗り出して周囲を見回す。

「うん……。フォラリスの王都とは、空気も、街の雰囲気も全然違うね」

アリベルも荷台から、流れていく見慣れない活気ある街並みを眺めた。

ここなら、あの息の詰まる王都よりもずっと安心して、自分らしく過ごせるかもしれない。

けれど、世界中に手配書が出回っている以上、決して油断していいわけではない。

アリベルは新調したフードを少しだけ深く被り直し、その小さな不安を胸の奥にそっとしまい込みながら、新しい街の眩しい景色を見つめていた。

こうして少年二人は、数々の謎を孕んだ運命の街、城塞都市ガルガドスへと一歩を踏み出した。

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