12話 旅
服屋を出たアリベルは、新しく新調した地味な旅衣の包みを大切に抱えながら、隣を小走りで歩くアレフに尋ねた。
「なあ、アレフ」
「ん? どうした?」
「さっき、旅に使う服って言ってたよな。……僕たち、ここじゃないどこかに行くの?」
「ああ、そのことか!」
アレフは、夜道にパチンと小気味いい音を響かせて手を打った。
「ここってさ、王都から地味に近いだろ? さっきの騎士たちも、お前がこの辺りの領地に逃げ込んでるって薄々勘づいてるみたいだしさ」
「……そうだね」
「だったらさ、これ以上ここに引きこもるより、もっと遠くの安全な場所に行った方がいいんじゃないかって思ったんだよ」
アレフの言うことは、ぐうの音も出ないほどもっともだった。
この小さな村に隠れ続けるのにも、いつか限界が来る。騎士たちが何度もこうして捜索網を広げているのなら、いずれ見つかってしまう可能性は極めて高かった。
「それで、具体的にどこに行くつもりなの?」
「城塞都市ガルガドス!」
「ガルガドス……?」
聞き慣れない響きに、アリベルは首をかしげた。
「おう! 王都から遥か西へ離れたところにある、めちゃくちゃ大きな独立街だよ!」
アレフは夜風を浴びながら、待ってましたとばかりに得意げに説明を始めた。
「ガルガドスは、魔族の国インフェルニアの国境に近い場所にあるんだ。もともとはフォラリス王国が建てた防衛都市だったんだけど、あとになって国に反逆して独立したらしいぜ!」
「反逆して、独立……?」
「そうそう! だから今じゃ、フォラリス王国の法律も騎士の権力も、あそこにはほとんど及ばないんだってさ!」
アリベルは歩きながら、少し考え込んだ。
フォラリス王国といえば、自分が不当に囚われていた『アズライト刑務所』がある国だ。
そこから完全に離れ、王国の理不尽な手が届きにくい中立の場所へ行けるのなら、指名手配されている今の自分にとってはこれ以上ないほど都合が良い。
「……そこなら、王都の騎士たちも簡単には追ってこられないかもしれないね」
「だろ? それに、城塞都市っていうくらいだから、街をぐるりと囲む立派な大城壁もあるんだぜ! ちょっとやそっとじゃ破られない安心設計さ!」
「アレフは、その街に詳しいんだね」
「まあな!」
アレフは、夜闇の中でも分かるほどフンスと鼻を鳴らして胸を張った。
「……と言いたいところだけど、実は俺も本で読んだだけで、行ったことはないんだ!」
「おい……」
アリベルは思わずガクッと肩を落とした。
「でも、行ってみる価値は大アリだろ? せっかくこうして世界に出たんだから、色んな街を見てみたいしさ!」
相変わらず、アレフの瞳は未来への好奇心で楽しそうに輝いていた。
その屈託のないエネルギーに引っ張られるように、アリベルも小さく笑い、力強く頷いた。
「分かった。そのガルガドスって街を目指そう」
「よし、決まりだな!」
アレフは自分のことのように嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
その様子を見て、アリベルは胸の奥でふと気になっていた疑問をそっと尋ねてみることにした。
「……アレフも、本当に僕と一緒に来るの?」
「当たり前だろ? 今さら相棒を一人で放り出せるかっての」
「いや、でも……アレフの親御さんは大丈夫なの? 急にいなくなったら心配するんじゃ……」
アリベルがそう口にした瞬間。
アレフは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、きょとんとしたように動きを止めた。
夜の静寂が二人の間に一瞬だけ滑り込み、アレフはすぐに何でもないことのように頭の後ろで手を組んだ。
「あー、その辺はマジで気にする必要はないって!」
「そうなの……?」
「そうそう! 細かいことは気にすんなって!」
アレフはそれ以上追及させないような明るさで、アリベルの肩をポンと軽く叩いた。
「それより、明日の朝一番に出発できるように準備をしようぜ! 国境を越えるような大移動なんだから、忘れ物があったらシャレにならないからな!」
「うん……そうだね!」
アレフの言葉に押され、二人は足早にアレフの家へと戻り、旅立ちの準備を始めた。
行き先は、城塞都市ガルガドス。
フォラリス王国から独立し、不気味な魔族の国インフェルニアに隣接する巨大な都市。
王国の理不尽な魔の手が届きにくいその街なら、アリベルも少しは怯えずに、人間らしく安心して過ごせるかもしれない。
もちろん、そこが本当はどんな危険を孕んだ場所なのか、少年二人はまだ何も知らない。
それでも、立ち止まって理不尽に捕まるわけにはいかなかった。
こうして、少年アリベルとアレフの、世界の真実を巡る新たな旅が幕を開けた。




