9話 魔物、魔族、魔獣
説明回です
結局、ギルドでも魔物の正体は分からなかった。
職員たちは何度も依頼書と死体を見比べ、体内まで調べたが、明確な答えは出なかった。
魔物であることは間違いない。
しかし、通常の魔物とは外見も強さも異なり、何より核が存在しない。
代わりに内臓があるという異常な特徴についても、説明できる者は一人としていなかった。
「……本当に、何だったんだろうな」
ギルドを出たアレフが、西日に照らされた街道を歩きながら、ぽつりと呟いた。
「うん……」
アリベルもまた、どこか釈然としない気持ちのまま並んで歩いていた。
自分が倒した魔物なのに、その正体が分からない。
それどころか、魔物とは何なのかという、当たり前だと思っていたことまで分からなくなった気がした。
「まあ、ギルドの偉い人たちが調べてくれるだろ。俺たちがここでウンウン考えても、今は仕方ないって!」
アレフはそう言って、いつもの明るい調子でアリベルの肩をポンと軽く叩いた。
「帰ろうぜ! 腹も減ったし!」
「うん!」
二人は歩調を速め、アレフの家へと戻った。
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家に着くと、アレフは慣れた様子で木製の扉を開けた。
「ただいまー!」
家の中に返事はない。
もともとこの家には二人しかいないため、特に気にする様子もなく、アレフは薄暗くなり始めた居間へと向かった。
窓から差し込む夕闇の光が、部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
「さて、と。さっきの魔物の話だけどさ」
木製の椅子を引いて腰かけたアレフが、急に真剣な顔になって切り出した。
「魔物について、ちゃんと説明しておこうと思ってな」
「魔物について?」
アリベルも向かいの椅子に座り、首をかしげた。
「ああ。アリベル、魔物と魔族、魔獣の違いってちゃんと知ってるか?」
アリベルは少しバツが悪そうに、首を横に振った。
「実は、よく分からないんだ」
「だと思った!」
アレフはすべてお見通しといった様子でニカッと頷くと、人差し指を一本立てた。
「まず、魔物っていうのは、普通の動物や家畜に似た姿をしているんだ。ただ、体の色が黒や紫っぽくて、頭に禍々しい角が生えているのが特徴だな」
「普通の動物とは、やっぱり違うの?」
「もちろん。魔物は人間を襲う。それに――実は魔族のことも襲うんだ」
「魔族も?」
「ああ。魔物と魔族は全く別の存在だからな。魔物は知性が低いから、人間だけじゃなく、魔族に対しても見境なく敵対的なんだよ」
アリベルは少し考え込み、かつて精霊の森で読んだ古い絵本の記述を思い出しながら言った。
「でも、昔の魔王は魔物を操っていたんだよね?」
「お、よく覚えてたな。そう、昔の魔王には魔物を従える絶対的な能力があったらしい。だから魔王が生きていた頃は、魔物たちを軍勢として統率することができたんだ」
「今はもう、できないの?」
「少なくとも、魔王が勇者に倒された今は、そんなことができる奴はいないはずだ。だから今の魔物は基本的に、人間も魔族も関係なく襲う野良のバケモノなんだよ」
アレフは続けて、二本目の指を立てた。
「それで、次に魔族。こっちは、かなり人間に近い姿をしているんだ。頭に角が生えていて、瞳の形が不気味な十字になっている。それ以外は、ぶっちゃけ人間とあまり変わらない」
「見た目だけなら、遠くからだと人間と間違えちゃいそうだね」
「遠目なら、確かにそうかもしれないな。でも、魔族は人間を執拗に憎んで狙ってくる。人間にとっては、魔物以上に狡猾で危険な相手だよ」
「魔物とは、狙う目的が違うんだね」
「ああ。魔物は魔族も襲うけど、魔族が組織的に狙うのは主に人間だ。そこが決定的な違いだな」
アリベルは納得して頷いた。
姿形だけでなく、その行動の裏にある意思にもはっきりとした違いがあるらしい。
「じゃあ……魔獣っていうのは?」
「魔獣か……」
アリベルの問いに、アレフは少し言葉を詰まらせ、難しい顔で腕を組んだ。
「一般的には、魔物がさらに進化を遂げた存在だって言われてる」
「進化した?」
「そう。ただ、本当にそうなのかは、実は偉い学者たちも分かってないんだ」
「分からないの?」
「そもそも、魔獣そのものが歴史上、ほとんど確認されていないからな。今までに世界で確認されたのは、たったの三体だけなんだ」
「三体……」
アリベルは思わずその少なさに聞き返した。
「たった三体しかいないの?」
「公式に確認されているのは、な。世界のどこかにほかの魔獣が隠れている可能性もあるけど、確かなことは何も分かってない」
アレフは椅子の背もたれに大きく体を預け、天井を見上げた。
「そして、魔獣が出現する時には、異様なことが起こるらしい。だから一説には、魔獣は魔物から進化するときに、天変地異を起こすような特別な能力を手に入れるんじゃないかって言われてる。でも、それも全部仮説の段階だ」
「つまり、魔獣については謎だらけなんだね」
「そういうこと。そもそもサンプルが少なすぎて、調べようにも調べられないんだろうな」
アリベルは、今日自分が戦ったあの素早い魔物の姿を脳裏に思い返した。
魔物であることは間違いないのに、普通の魔物とは明らかに違っていた。
核がなく、代わりに生々しい内臓があった。
あれは一体、アレフの言った分類のどこに当てはまるのだろうか。
「……ねえ、アレフ」
「ん?」
「もし、魔物でも、魔族でも、魔獣でも説明できない存在が……もしいたら、どうなるの?」
アレフは動きを止め、少しの間だけ沈黙した。部屋の隅の影が、じわりと濃くなったような気がした。
「さあな。誰も知らない新しい種類なのかもしれないし、何かとんでもない別の理由があるのかもしれない。実際にギルドが調べてみないと、何とも言えないだろ」
「そっか……」
「まあ、今回の不気味な件はギルドの専門家に任せようぜ! 俺たちが知らないことなんて、この世界にはまだまだ山ほどあるんだからさ」
アレフは勢いよく立ち上がって両腕を上に伸ばした。
「それより、飯にしよう! 難しい話をしてたら、余計に腹が減ってきた!」
「ふふ、さっきギルドを出たときも腹が減ったって言ってなかった?」
「細かいことは気にするなって! ほら、手伝って!」
アレフは照れ隠しのように笑いながら、足早に台所へと向かった。
アリベルも、その背中を追いながら小さく笑った。
魔物、魔族、魔獣。
名前は知っていても、そのすべてを世界が理解しているわけではない。
この世界には、まだ誰も知らないことがたくさんある。
そして、その中には――人間も魔族も気づいていない、恐ろしい「何か」も含まれているのかもしれなかった。




