第六話:東方皇国への到着
1. 領主との会談と、突発的な危機
翌日、船は東方皇国の港に到着した。
活気のある港町には見慣れぬ東方の人々と聞き慣れぬ異国の言葉が飛び交っていた。
いろいろな国からの船が行き交う港湾都市の賑わいはここが交易の要衝であることを示していた。
(ここでの交渉を必ず成功させなくては――!)
サイラスは改めて自らに課せられた使命の重さに気を引き締めた。
「まずはこの地の領主に会わなくては」
サイラスとマーガレットは、港湾都市を治める領主の屋敷へと向かった。 領主は、王族であるサイラスには丁寧に対応するものの、どこか懐疑的で心を開かない。
「さて、殿下。まずは条約締結に向けて、我々の懸念事項からお話しさせていただきたいのですが……」
領主が口を開いたその時、一人の使いの者が血相を変えて飛び込んできた。
「ご報告申し上げます! 領主様! 港のスラム地区で謎の熱病が発生しました! 症状は急激で、感染力が強い模様です!」
領主は顔面蒼白になった。
「な、なんだと……! すぐに医師団を派遣せよ! だが、もしこれが国全体に広がれば、東方皇国の信用は……!」
全てが停滞しかねない危機に、領主は理知的なサイラスに助けを求めた。
「第三王子殿下! 貴国の知恵をお借りしたい! 最も被害を抑えるための最適解を、どうかご提示ください!」
2. サイラスの「功利主義」とマーガレットの反論
サイラスは、一瞬で状況を把握した。この疫病を放置すれば、貿易どころか、両国の関係自体が崩壊する。 彼は顔色一つ変えず、冷徹に判断を下した。
「答えは一つ。スラム街を即座に完全封鎖し、外部との接触を全て断つべきです」
領主は青ざめた。
「それは、つまり……彼らを見捨てるということですか?」
「非情に見えますが、それが最適解です。感染源を切り離し、リソースの投入を停止する。そうすれば、港機能と富裕層、都市機能の9割は守られます。多数を救うために、少数を切り捨てる論理的な判断です」
領主はサイラスの冷徹さに震えながらも、その正しさに頷きかけた。 その瞬間、横にいたマーガレットが、音もなく立ち上がった。
「お待ちください、殿下。それは『計算』であって、『商売』ではありませんわ」
サイラスは苛立ちを露わにした。
「マーガレット、感情論はよせ。今必要なのは迅速な判断だ」
「感情論ではありません! 計算です! 殿下の計算式には、『顧客』という変数が抜けております。スラムの人々も、将来の顧客ですわ。封鎖して見殺しにすれば、彼らの恨みは暴動となり、港は結局使えなくなる。……そして何より、信用を失います」
彼女は領主に優雅に頭を下げた。
「領主様。私はガーネット商会として、資金と物流ルート、全てを提供します。彼らを焼き払うのではなく、治療し、救い出しましょう。それが『温情』ではなく、長期的な視点に立った最高の『投資』ですわ」
サイラスは、その場で彼女を制止することができなかった。 彼女は「王子の契約上の妻」ではなく、「商会の会長」として、全責任を負う覚悟を示していたからだ。
「マーガレット……」
彼女の深紅の瞳には、サイラスの冷徹な論理を凌駕する、強靭な商人の魂が宿っていた。




