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感情を不要と切り捨てた王子ですが、妻を愛してから様子がおかしいです  作者: ましろゆきな
第二章:氷が溶ける三つの瞬間 

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第四話:効率の悪い安らぎ

 船が順調に進むにつれ、マーガレットは船員だけでなく、サイラスの管理にも目を光らせるようになった。


 サイラスは、船の上でも王都から送られてくる大量の政務資料と、東方皇国への交渉戦略の構築に没頭し、睡眠時間を削っていた。


「殿下、もう終わりにしましょう。顔色が土気色ですよ」


 その日も夜遅くまでサイラスは資料に目を通していた。


 その様子に、マーガレットは、いつもの冷静な口調だが、彼を見る瞳には非難ではなく、諦めに似た温かい色が宿っていた。


 言うこと聞かないサイラスに、彼女は、ため息を付くと、机の上から無理やり書類を片付け始めた。


「触れるな。私は大丈夫だ。弱みを見せては、いざという時の判断が鈍る」


 サイラスは苛立ちを露わにした。


 彼は、兄たちの前でも、弟の前でも、常に完璧な策士であろうと努めてきた。今更、他人に、ましてや契約上の妻に弱みを見せるなど、あり得ない。


「あら、そんなところで意地を張っても、何の利益も生みませんわよ」


 マーガレットは呆れたように笑うと、彼の手からペンを抜き取った。


「殿下は、どうしてそんなに一人で抱え込もうとなさるのかしら。それは、賢いやり方ではありませんわ」


「……余計なお世話だ」


 彼女は、サイラスの反論を無視し、傍にあった長椅子に彼を座らせると、私室から姿を消した。


「まったく、殿下は、ご兄弟の前以外では、随分と強情な子どもなんですのね」


 しばらくして戻ってきた彼女がサイラスに差し出したのは、湯気の立つ温かい特製の滋養スープだった。


「さあ、口を開けて。商会の人間が倒れたら、会長がケアするのは当たり前です。早く治していただかないと、私が困りますから」


 サイラスは、半ば強引にそれを飲まされた。


 その温かさに、凍りついていた思考回路が緩むのを感じた。


 この温かさ。この遠慮のない優しさ。 それは、彼が幼い頃に母を亡くして以来、兄弟間の「義務」として受け取ることしかなかった温もりと、何か違う。


(これは……契約書にはない役務(サービス)だ。無駄な労力、非効率な優しさ……)


 論理は「間違い」だと示しているのに、彼の胸の奥は安らぎを感じていた。


 その夜、彼が久しぶりに悪夢を見ずに眠りにつけたのは、彼が疲労を回復できたためなのか、それとも、彼女の温かい存在が、悪夢を追いやったためなのか――サイラスには計算できなかった。

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