第十一話:サファイアのジェムエンゲージ
命からがら、しかし五体満足でサイラスとマーガレットたち一行は王都へ帰還した。
クーデター鎮圧の功績と、命懸けで守り抜いた条約書によって、サイラスの名声は不動のものとなった。
しかし、サイラス自身は、帰国するなり契約結婚の書類をマーガレットの目の前で破り捨てた。
「契約破棄だ、マーガレット」
「……ええ。お役に立てて光栄でしたわ、殿下」
マーガレットは寂しげに微笑み、サイラスの執務室から立ち去ろうとした。
だが、サイラスは彼女の前に立ちはだかった。
「勘違いしないでほしい。……私は『契約結婚』としての契約は終わりだと言ったんだ」
驚き目を見張るマーガレットの前にサイラスは片膝を付き、彼女を見上げる。
目を閉じ、小さく呼吸を整えると、彼は、震える手で小箱を取り出した。
蓋を開けると、彼の瞳の色を宿したサファイアの指輪が姿を現した。
「私は知ってしまったんだ。貴女のいない世界が、どれほど寒くて、退屈で、非効率かということを」
サイラスは、真っ直ぐに彼女の深紅の瞳を見つめた。
「貴女は、そのままで、亡き夫を愛したままでいい。貴女が抱える過去の孤独も、喪失の痛みも、全て私が引き受ける。だから、貴女の未来だけは、私に計算させてほしい。……受けてもらえるだろうか?」
その言葉にマーガレットは静かに頷いた。
サイラスは彼女の左手を取り、指輪を薬指にはめた。
「これはサファイアのジェムエンゲージ。私の魔力の一部だ。 ……もう二度と、私の許可なく『損切り』などさせない。君が寿命で死ぬその瞬間まで、私が君の存在を幸福にし続ける」
マーガレットの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは、かつて孤独だった少女が、そして気丈な未亡人が、ようやく見つけた「新しい居場所」への安堵の涙だった。
「……本当に、強情な年下の旦那様ですこと……」
彼女は泣き笑いのような顔で、サイラスの首に腕を回した。
氷の王子は、その温もりを強く抱き締め返した。
もう、冷たい論理が彼を凍えさせることはない。彼の腕の中には、何にも代えがたい「たった一つの真実」があるのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
明日でサイラスとマーガレットの物語が終わります。
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