06.闇の精霊
孤独だった。いや違う。
孤独になったのだ。
私に祈りをささげる者はもとより少ない。
そしていつからか光は私の元へ、以前の様にはやってこなくなった。
加護するものが多くなったから、という。
では、わたしは?
私の闇はどうしたらいい?
光が照らすことで生まれるこの強い暗闇を、私は自身の手で作り出せない。
なのに人の<負>はどんどん生まれる。尽きることがない。
ときおりやってきて照らす光では、覆ってやることが出来ない。
まわりに負の被害を及ぼさないように人を避け、緑を避けているうちに自分は海上の岩だらけの孤島へと辿り着いた。そこは洞窟も狭いながらあって、自分にとっては過ごしやす場所だった。寂しい気持ちを除けば。
だが、離島に来たことで光はさらに足が遠のいた。
守る為にしたことがさらなる脅威を生んだ。
溢れかえった感情はやがて瘴気となって、ひとびとへと向けられた。闇の力では、覆い留め置くこともできない。西の大陸へと飛び立つ群れを成す術もなく見送った。
ここは掃きだめだと嘲笑った。
自分はこの世界の仕組みに組み込まれていないではないか。
力?
何の意味がある?
照らす光もない。憂いを受け入れる影すら自分で作ることもできない。
ただひたすらに怠惰な日々を送った。
だけど、ある時、心に共鳴する灯火の存在に気付いた。
「…光?……竜?」
気が付いたら、その存在の元へ駆けつけていた……。
その子たちは、光に包まれていた。
生まれたての赤子は、細く柔らかな髪を皮膚にまとわりつかせ、すやすやと眠っていた。
私が近寄ると寝息のリズムが乱れたような気がした。
ふわりと触れた。といっても霧状の私では触れたと言えるのかどうか。
だけど赤子は、途端に泣き出した。
私は怖くなって、後ずさった。
それ以来、触れることはしていない。
泣かせたくはないのだ、愛しい子を。
惰性で過ごしてきた自分だったが、その日からは時間の限りを尽くして子に会いに行った。
会うと不思議と力が漲る。
よもや自分はこの子の力を吸い取っているのではないだろうな?
だけど、この子の様子からはそう言った気配は感じられず、精霊は自分の幸福感と充足感が満たされる日々に満足していた。
周りは自分を精霊様と崇めるだけの烏合の衆。
だけど幼い兄妹はちがった。
自分をそのままの自分を受け止め評価してくれる。
精霊王を評価し、受け止める?
なんだそれは。人間ごときが俺を評価する?
いや、自分に、素の私にこんな風に接してくれたものがいたであろうか。
光ですら、人間達に振り回されて俺のことにまで手が回らなくなったというのに。
見守り見つめ合うだけの関係が、赤子が言葉を覚え、走り回る様になり、思考を巡らせ、と子どもの成長に合わせ段階を追って変化していった。
そんなある日。
不用意に、ソーイにふれてしまった。
だけど、以前とは違う様子で、彼女は泣きはしなかった。
それどころか、嬉しそうで。
トーイに聞こえないようにと、内緒よといったふうに
人差し指を立てて唇にあてていった。
「キリはわたしに触れることが出来るのね。嬉しい」
……ああ、触れてもいいのか?
触れたら泣かれるとずっと思っていた。
この数年間、見守るだけで指一本触れていない。
触れたい思いをずっと堪えて、我慢して。
傍にいるだけで幸せだと思っていた。
なのに。
「……触れる…嬉しい?」
人差し指を立てた彼女の意思を尊重した。
トーイに気付かれないように、ソーイに触れた。
彼女の髪に、彼女の指に、彼女の肩に、そして。
彼女の頬に……。
ソーイは言った。
「私、いますっごく幸せ!」
幼い彼女を守りたい。
守るって、何だろう?
だけど私はもうソーイなしでは生きていけない。
「竜………の……姫…か」
この充足感も幸福感も、ソーイに与えられた。
高揚も虚脱すらソーイが教えてくれたものだった。
ソーイを手に入れる為ならなんだってしよう。
そうずっと思っていた。
******
その日、竜族の国は大騒ぎだった。
血気盛んな竜族は、姫がいなくなったということで大騒ぎどころか怒りがたぎっていた。
姫をさらった奴を探し出し殺してしまえと戦士達は息巻いていた。
竜族は戦士として最強クラスだったが、その中でも王族はやはり群を抜いて力がある。
竜族の姫はまだ十三歳の少女だと言うのに上に兄が三人いるせいか、はたまた竜族の血なのか、戦闘能力が国内でもずば抜けて高く血気盛んな戦う戦士だった。
なのにその姫が誰にも知られることもなく忽然と姿を消してしまった。
竜族は自分の翼で飛行することができるが転移魔法は使えない。だから大きな体を人知れず移動するという事は難しい。翼を羽ばたかせる美しいお姿は誰かの目に留まりやすいし、夜であっても大きな影となる。仮にそれらをうまく隠れてやったとしても、鼻の利く竜族は移動経路を匂いでたどっていけるはずだ。突き止められないわけがない。
それなのに姫の居場所がわからない。匂いが姫様の部屋で終わっているのだ。そこから出た形跡など全くないのに、だ。
かといって匂いは日々薄まっているのだから、当たり前だがその部屋に姫はいないということは明らかだ。
そうなると探しようもなくどうすることもできず、竜族の者たちは嘆き悲しんだ。
そこに竜の国からの使者だというものが現れた。
謁見の間に通されたその姿を見て、竜族の王は口元を綻ばせた。
「懐かしい。別れてから久しいな。元気であったかイフー殿」
「ありがたきお言葉。至極光栄に存じます」
「して、今日はどのような用向きかな」
「貴国が現在置かれている状況を危惧いたしまして。竜王陛下は助力は惜しまないと」
「これはわが国の問題。貴国に迷惑はかけぬ」
「竜王陛下は、このことが一国だけの事件で終わるとは考えておりません。全てとは申しません。お話しいただける範囲で結構です。ぜひ信頼をこの手と翼にお寄せいただきたく」
「陛下っ、沢山の協力者があればもしかすればっ」
竜族の王太子殿下が横から王に向かって声を荒げた。
王は表情を変えることなく黙していたが、やがて諦めたような、それでいて縋るような揺れる瞳で頷いた。そして、イフーは密談に使用されるという防音の結界が張られた応接の間に案内された。




