02.故郷
懐かしい山の頂が見える。雲に覆われたその頂は晴れると村に幸せを呼ぶとされる信仰の山だ。眼下に目をやれば険しい山々の合間にひっそりと佇む小さな集落。細く流れる川は、澄んで冷たい。子どもの頃、川で遊んだ記憶を引っ張り出して懐かしさに思わず笑う。
いつも無茶ばかりして怒られたな。
幼き日の記憶。
三人で野山を駆け回っていた。
俺たち二人の後を一生懸命ついて回る姿が可愛くて。
心が温かくなったことを覚えていた。
空から、村の広場にたくさんの人が集まっているのが見えた。
今日はエルムとデイジーの結婚式。村人総出で準備をしていたのだろう。
結婚式は村の中心にある教会で行われる。花嫁の家から教会までその季節の花や緑で飾られたその中を花嫁とその家族が祝福を受けながら歩く。途中村人達と合流しつつ教会で待つ花婿とその家族の元に向かうのがこの辺りの一般的な結婚式だ。田舎故、数少ない村人達の娯楽にもなるため、みんなでおしゃべりしながら、昔ばなしに花を咲かせながらの準備が皆の楽しみでもあった。
広場で準備していたため遠くに見える竜の影に皆がさらに声を掛け合って集まってくれたのだろう。竜が翼を畳み村の広場に降り立ち竜化を解くとは歓喜の声が上がった。
その中を一組の男女が前に進み出てきた。
「ユーキっ!おかえり!!会いたかった。元気そうだね、変わらないね、もうすっごくかっこよくなったね、ほんとに竜の騎士なんだ、すごいね」
矢継ぎ早のデイジーのセリフに、相変わらずだなぁとユーキは顔を綻ばせた。
「デイジー、そんなに勢いよく話すな。ユーキが困ったって顔してるよ」
「いや大丈夫。デイジーは全く変わってないなと思って」
そう言いながらユーキはエルムの肩をつかみ、そのままがっしりと抱き合った。
「ただいま。元気そうで何よりだ」
「たくましくなったな」
エルムがユーキの肩をポンポンと叩き、がっしりとした体躯を確かめる。
「エルムも変わらないな。デイジーの尻にしかれっぱなしだろう」
そんな二人の様子を見ながらデイジーは頬を膨らませて拗ねたように言う。
「ひどい、そんなことないよ。これでも私従順なんだからっ」
「そんな顔するなよ。今日の主役が台無しだろ」
「こんな顔にさせたのは、一体誰よ。見てなさい。花嫁姿の私が美し過ぎて倒れたって知らないんだから」
そう言ってデイジーは家へと帰って行った、にこにこ笑いながら大きく手を振って。
「間に合ってよかったよ。もしかしてきてくれないかもと思った」
「そりゃ親友と幼なじみの結婚式だ。間に合わせるに決まっているだろう。駆けつけないわけがないさ」
「だってお前、出てったきり帰って来ないじゃないか」
「っ、忙しいんだよっ」
二人は肩を組んだまま歩きユーキの家へと向かった。道すがら村の人たちがユーキに声をかける。
「お帰り」
「かなり活躍してるんだってな」
「若手じゃあ筆頭だと国中の噂だぞ」
「結婚はエルムに先越されたな」
「ユーキはどうなんだ」
「良い人でもできたのか」
「ユーキは竜化するから、番だろう」
「番と言えば竜王のお妃様だよ」
「魔導師様の美しさは実際どうなんだ」
「かわいい双子達もこの世のものとは思えない美しさだと聞いた」
「王都に出来た巨大樹と浄化の泉は空気だけじゃなく、心まで浄化するらしいってほんとか」
「そこに住む精霊達は人懐っこいって」
「いやいや、かなりのいたずら好きらしい」
質問がいつのまにか村人たちの噂話に変わり耳を傾けながら楽しく歩いていくと、家まではあっという間に着いた。家の前には騒ぎを聞きつけたのだろう懐かしい父と母が立って待っていた。
母は前にかけたエプロンで手を拭い伸ばしその手を前へとユーキへと差し出してきた。きっと結婚式でご馳走する料理を作っていたのだろう。ほのかに甘い香りと懐かしい脂の混ざった、鼻をくすぐるおいしそうな匂いが風に乗ってやってきた。
「ただいま、父さん母さん」
伸ばした母親の手はそのまま伸びてユーキをしっかりと抱き止める。
「お帰りなさいユーキ。すっかりたくましくなったわね」
父親は口元に笑みを浮かべるだけで声は発さない。寡黙な父に優しくておしゃべりな母。これがユーキの大好きな家族だった。
「忙しい中ありがとな。じゃあまたあとで。楽しみにしてるからな」
振り返りエルムに声をかける。
変わらないユーキの家の様子にエルムは胸がいっぱいになって何も言わずただ頷いた。
******
デイジーは小さい頃からユーキのことが好きだった。
エルムは小さい頃からデイジーのことが好きだった。
そして、ユーキもデイジーのことが好きだった。
いつも三人で遊んでいた。
ユーキの魔力の大きさが見込まれ王都に向かうまでは。
ユーキが村を出る日。
デイジーは思いを伝えた。
「待っててもいい?」かと。
だけどユーキは好きだとは言わなかった。
気持ちには答えられない、と言った。
そうして村にはその後、帰っていない。
結婚式が無事終わり、今は宴の最中だ。
夜風にあたろうとユーキは外に出て星空を眺める。王都とは違い辺りは外灯もほとんどない暗闇で、星の瞬きが一段と輝いて見える。
しばらくそうしていると、エルムがユーキの傍にやってきた。
「主役が抜けてきていいのかよ。……おめでと。幸せになれよ」
「ああ、ありがとう。……お前の、おかげで、俺は、デイジーと」
「ばーか、俺は関係ないだろ」
ユーキがいなくなり、エルムがデイジーを支えた。デイジーがエルムに心を寄せるようになるのは自然の流れだろう。
「俺はそんないい奴じゃない。俺は自分勝手な奴だから。自分の夢のためだけに生きていたし、これからだってきっとそうだ。俺は他人を思いやれないやつなんだよ」
そう言って悲しそうに笑う幼なじみを友達は温かい目で見つめた。
ユーキは騎士になりたくて王都に向かった。デイジーのことは好きだったが、騎士になりたい気持ちの方が強かった。デイジーに待っていられるのは負担になると思ったのだ。
「他人を思いやれないだなんて、お前は十分竜王様のことを思っているじゃないか。この若さで竜王様の護衛騎士に選ばれたなんてお前だけだろう。
こんな辺境の地に竜化できるものが生まれた、ただそれだけでとても誉だったのに、今じゃエリート騎士様だ」
エルムは真っ直ぐな眼差しでユーキをみつめた。
「デイジーのことは俺が守るさ。お前は国を守る。それだけのことだ」
「……エルム、お前かっこいいな。デイジーが惚れるのもわかる」
そういって二人は笑い合った。星空の下、変わらない二人の姿があった。




