16.変わった旧友の正体
意味ありげな台詞を口にしたアンティゴンは、いったん言葉を切り、ミーティアの一番近くにあった窓を指さした。
「今日はこの時期にしては珍しく空気が澄んでいて、遠くがよく見えますね。そこからは、アレが見えますでしょうか?」
窓は幾分開けられており、少し湿り気を帯びた夜風がそよそよと吹き込んできている。
隙間に広がる暗闇に目を凝らすと、特徴的な黒い山影が僅かに見えることに気付かされた。
真ん中だけが異様に高く突き出し、そこから滑り落ちるように伸びた裾野は不思議なくらい均等に広がっている。まるで一重咲きのアマリリスの花を伏せて置いたかのようだ。
ミーティアはまだ本物を見たことはなかったが、この形と、少し前に聞いた言葉から、それが何か比較的簡単にわかった。
「もしかして……あれは《ウル火山》でしょうか?」
「まあ、よくご存じで。その通りでございます」
(やっぱり!)
言い当てることができて、何だか嬉しくなる。
「お風呂の説明のときに、ここは火山の近くだと教えていただきましたし……それに、何よりあの形ですぐにわかりましたわ」
「そうでしたか。私のそんな言葉の端まで覚えていてくださって、嬉しゅうございます。あの山は祈りの対象になっておりましてね。捧げものをする専用の祭壇が設けられたりと、それはもう賑やかなものです」
このウル火山は、元々小さな湖だった場所が突如噴火を伴って隆起し、一夜にして今のような姿になったと言われている。
急激な成り立ちが、次第に商工業の発展と結びつけて考えられるようになり、今日は特に商いをする者たちの信仰を多く集めている。
つい何日か前にも、この火山を讃える大祭が行われたばかりで、城からも使者が送られたはずだ。
(あの祭りの出し物は、この火山にまつわる言い伝えを元にしていると聞いたわ。たしか……)
ミーティアの思考に伴走するかのように、アンティゴンが言う。
「人々の間では、あの火山の噴火を『地下に住む炎の巨人の咆哮が大地を貫いたものだ』と、言い伝えているそうで。まったく見当違いもいいところでございます。ねえ、そう思いませんか、ミーティア様」
どうして、ただの言い伝えにここまで不快感を示すのだろう。
(もしかして、作り話の類は苦手なのかしら。そういう人って意外と多いものね)
そう思いながら、気を悪くされないように適当に相槌をうつ。
「そうですね……巨人の咆哮だなんて」
「全くでございます。あれは咆哮ではなく、悲鳴でしたのに」
(………………え?)
「アンティゴン!」
エリオスが立ち上がって牽制するように言ったが、額をツンと小突かれ直ぐに椅子に戻された。
「……僕は……それ以上は、あまり感心しないな」
「ええ、ええ、わかっております。でも私、なんだかミーティア様のことが気に入ってしまって。それに……そんなことを言うなら、ご主人様だって同じじゃありませんか。あんなに隠してらっしゃったのに、あっさり名前を教えてしまわれて。気づいてないとでもお思いで? なのに私だけ注意されるのは不公平にございます」
「そ、それは……」
「心配なさらずとも、私が自己紹介するだけなら誓約から外れることはないでしょう? それとも、私に命令なさるおつもりで?」
「っ、そんなわけないだろ!」
エリオスは少しむっとしたような顔をし、再び立ち上がろうとする。だが、アンティゴンに額の前に手をかざされると、大きなため息をついて自ら椅子に腰を沈めた。
不穏な会話を終えたアンティゴンは、にこやかに笑みを作る。
「それで、あまり驚かないでいただきたいのですが、その悲鳴をあげた炎の巨人というのは……じ・つ・は『私』のことなのです!!」
「……」
「……」
「……それは……すごいですね」
あれ? という表情をしたアンティゴンは念押しするように続ける。
「でしょう。でも、巨人だなんて言い方、無粋な感じで嫌ですけどね。此方からすれば、人間が小さすぎるだけですから。ともかく、あの火山は、私のちょっとした悲鳴が原因で出来たのです。その際、色々と力を貸してくださったのがご主人様というわけで————って、ちょっとミーティア様、聞いておられます?」
「は、はあ……」
聞けば聞くほど、どうにも現実味のない話だ。
(なんとなく、普通の人ではない気はしていたけど、まさか自分のことを巨人だと言い出すなんて。きっと、私のことをからかっているんだわ)
「ご主人様……」
アンティゴンがひそひそとエリオスに耳打ちする。
「ミーティア様が、まったく信じておられません」
一応本人は、声をひそめているつもりなのだろうが、部屋は広くもなく、それにそもそも声自体がさほど小さくなっていないために、話す内容は丸聞こえだ。
「ふん。まあ、信じるというほうが難しいだろうね」
「それはそうですけど、でも久々に正体を明かしたのに、信じてもらえないのは寂しゅうございます。……ちょっとだけ証拠をみせても? ほんの少しだけ体を元に戻すだけにしますから」
「ここで……?! いや、どうだろうね……」
エリオスは心配そうにミーティアを見やる。
(!!)
ミーティアはできるだけ感情を読まれないように、顔を作ることに意識を集中した。
……本当は、見たくて見たくてたまらない。
ただ、行き過ぎた好奇心は失敗の元だということも、今までの経験上いたいほどわかっている。
現に、この屋敷についてからも失敗をしてしまった。
(髪を乾かす道具にしても、エリオス様につい前のめりで話をしてしまって、なんだか変な空気にしてしまったわ。どうして私はこうなのかしら……。今度こそ気を付けないと)
そう思いながらも、相反する考えがどうしても頭から消えてくれない。
(証拠って何なのかしら? 体を元に戻すってどういうこと? 今は本当の姿ではないということなのかしら。ああ、すっごく見たい……! でもだめだめ、無表情、平常心、私は淑女……顔に出したらお終いよ)
あえてエリオスから視線を逸らさず、口を引き結び、自然な表情を取り繕う。自分のなかでは、結構上手くできているつもりだった。
だがそれは、あまり意味がない努力だったらしい。
瞬きもせず、ミーティアを見つめていたエリオスは、堪えきれないとばかりに表情を崩して笑いだす。
「やれやれ、君はころころ表情が変わって楽しいな。アンティゴン、この素直なレディは、証拠とやらに興味津々なようだ。応えてあげたくなってしまったよ」
消しきれない笑いと共にエリオスが片手をあげると、それが合図になったように、部屋の窓という窓がひとりでにバタバタと閉まっていく。ついでカーテンが次々に閉まり、外からは中の様子が一切わからないようになった。
「うん、これで大丈夫だろう。だけど加減はしてくれよ。こんな夜中に野宿する羽目になるのは御免だからね」
「ほほほ、承知いたしました。そのあたりは心得ておりますので、ご安心を」
アンティゴンは左手首のボタンを外し、袖をくるくると捲って肩口まで露出させる。
「では、これから私の真の姿を少しだけお見せしましょう。あれこれ説明するより、一度見ていただいた方がお分かりになるはずですから」
と、道化師のごとく大袈裟にお辞儀をしてみせる。
再び顔をあげたアンティゴンが、薄い唇を尖らせ、自身の左腕にふうっと息を吹きかけると、たちまち異変がその体に現れた。
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