15.楽しき晩餐
「……おいしいっ!」
アンティゴンが用意してくれた夕食を食べながら、ミーティアの口からは何度も賛辞が零れ出た。
供されたのは、川魚のフライと、押し麦が入ったボリュームたっぷりのスープだ。
「ご準備できたのが二品だけとは、お恥ずかしいかぎり」と、アンティゴンはしきりに恐縮していたが——なかなかどうして、どちらもとびきりの味わいに仕立てられている。
黄金色に輝くフライは、サクッとした軽い歯触りのあとに、絶妙な加減で火入れされた身が口の中でほろりと解ける。
口から鼻に抜ける、甘みの中にどこか木の実のような芳ばしさをまとったその香味に、食べ進める手がどうにも止まらない。
「ほほほ。多めに用意してございますので、どんどん召し上がってくださいませ。
今回フライにいたしましたのは、この近くの川でとれる《トゲマス》という魚にございます。春先のこの時期は身に脂が少ないので、揚げ物にすることで食味を補ってみました。お口にあったようで、何よりでございます」
(なるほど……トゲマス……え!? いま、トゲマスって言った?!)
ミーティアは、一瞬自分の耳を疑った。
トゲマスはその名の通り背中に大きなトゲを持つ、川にすむ大魚だ。その味は、この世のものとは思えないほど美味だと言われているが、大変用心深い性格をしているため、めったに釣り上げられることはない。
釣り好きな貴族のする会話のなかで耳にするたび、一度は食してみたいとは思ってはいたが、まさか、ここでその機会に恵まれるなんて。
「それでしたら、手に入れるのはさぞかし大変だったのでしょうね」
「————————いえ? ちっとも」
そんなことは思いもよらなかった、とでも言うような言葉つきに、思わずミーティアは口ごもる。
(私、なにか勘違いをしているのかしら……。流石にそんなことはないと思うのだけど……)
そんな聞き手の困惑をよそに、料理の説明はよどみなく続けられた。
「スープには、トゲマスの骨——これはフライ用の身を外した残りでございますけども——それを一度炭火で焼いて加えることで香りを足しております。
具材は押し麦と……あとは山でとれたものですね。マルタキノコとユリアネの根っこ、あと仕上げにヤマワギの新芽も加えてみました」
こういった穀物やキノコが入ったスープは、父とともに暮らしていた頃にはよく作って食べていた。だがこれは、それと見た目は多少似ているものの、味はまったくの別物。
山の食材の力強い味と食感が複雑に絡み合った、一口すすれば必ずもう一口欲しくなる魔力的な味わいに、意識が何処か遠くにもっていかれる心地さえする。
この二品だけでも十分わかる。
アンティゴンは、料理人として恐ろしいほど優秀だ。
「あらミーティア様、お皿がもう空っぽですね。いかがですか、もう一杯」
アンティゴンは、台所から持ち込んだと思われる大鍋からお玉でスープを漉くって見せた。
食事用のテーブルの脇に配された配膳台に、でんと置かれた大鍋は、保温性がとても高いとみえる。
ここに置かれてから、もうかなりの時間が経っているはずなのに、なかのスープは熱々のままだ。
(でもさすがに……)
もっと食べたいという気持ちと、恥ずかしいからやめておこうという気持ちがないまぜになり、すぐに答えられない。
一人もごもごしていると、アンティゴンが誘惑するように囁く。
「遠慮は無用でございますよ。ご覧ください、うちのご主人様を。フライが23切、スープが15杯。主がこれなのですから、あなた様は何も気になさる必要はございません。
——ああ、失礼。ご主人様の召し上がられたスープの数は、今1杯追加されました」
エリオスから無言で差し出された皿に、アンティゴンは素早くスープを注いで返した。
たしかに、エリオスの食欲はすさまじい。
食事が始まってから、一言も言葉を発することなく、がつがつと料理を口に運んでいる。
「まあまあ! さすがにそれはみっともないですよ!」
アンティゴンが少し怒ったような声をだした。
見るとエリオスは16杯目のスープを、スプーンでは間に合わないとばかりに、皿から直に喉に流し込んでいる。
あっという間に平らげ、皿をタンッと勢いよくテーブルに置くと、さきほど話していた時とは別人かのように、動物的な仕草で口元を拭う。
そのお世辞にも行儀がよいとはいえない振る舞いを見られたことに気づき、エリオスは恥ずかしそうに笑った。
「これは、お見苦しいものを見せてしまったね」
「いいえ、そんな! でも、エリオス様がそんなにお腹が減ってらっしゃったなんて、全然気が付きませんでしたわ」
「はは、そりゃ僕だって格好つけたいからね。——でも結局食べ始めたら、抑えが効かなくなってしまったな」
「全くでございますよ! 何事も限度というものがございます。いくらお腹が減っていたとはいえ、ご令嬢の前でその食べ方はやめてくださいませ!」
「そうだね、気を付けるよ。しかしアンティゴン、しばらく留守にした間にかなり腕をあげたじゃないか」
「ええっ? まあ……そう、ですか? もう! 誤魔化すのがお上手ですこと」
息のあった二人の掛け合いは、聞いてるだけで面白い。
「このお屋敷には、お二人以外にもどなたかいらっしゃるのですか?」
和やかな雰囲気になったついでに、気になっていたことを聞いてみることにした。
全てをみたわけではないが、この屋敷はかなり広いように思える。それなのに、どこも塵一つなくピカピカに磨き立てられていて、誰かが他にいてもおかしくないと思ったのだ。
「いや、僕たち二人だけだよ。屋敷の管理は、彼女が一手に引き受けてくれていてね。とても助かっているんだ」
エリオスの言葉に、アンティゴンが軽く頭をさげる。
「僕が4、5歳の頃からの付き合いになるか。彼女は僕のことを『ご主人様』なんて呼んでるけど、本当は主人でもなんでもなくてね。気心がしれている友人みたいなものさ」
「そうでございますね。お屋敷の手入れや、お料理は完全に私の趣味でやっておりますから」
古くからの付き合いだという二人は、会話にしても目配せにしても、そこに信頼が根付いているのが伝わってくる。
その様子をみていて、一つの考えが閃いた。
「あの……もちろん、お二人がよろしければなのですが、アンティゴン……も一緒にお食事されませんか? 今お聞きしましたら、ここには私たち三人しかいないそうですし、エリオス様とはご友人のような関係とおっしゃられていたので、そちらの方が楽しいかな……と……思いまし……て……」
心底驚いたような表情をした二人にじっと見られて、だんだん声が先細っていく。
(そ、そんなおかしなことを提案したわけではないと思うのだけれど……)
「——まあ、まあ、まあ、まあ! お聞きになりました? ご主人様!!」
アンティゴンが興奮気味に大きな声をあげる。
バシバシと音を立てて肩を叩かれたエリオスは、ウッと低い呻き声をもらし顔を歪めた。
「僕も……聞いてたよ。……当然」
「もう、なんてお優しいのでしょうか! お風呂のところでは、本当にごめんなさいね。私、こんなふうに気にかけてもらったことは初めて……あ、もちろんご主人様は除いて、でございますけども。
はあああ、今日はご主人様も戻ってきて、こんな素敵なご客人までお迎えできるなんて、なんて良い日なんでしょう!」
気持ちが高ぶったらしく、アンティゴンは黒いワンピースの裾をひるがえし、その場でくるりと回って見せる。
「でも、お気持ちは嬉しいのですが、私はこういう風にお世話をやくのが好きなのでございます。それに、食事もとる必要はございません」
そういうとピタッと動きを止め、妙にはっきりとした口調でいう。
「私は、ちょっと人とは違いますのでね」
「えっ?」思わず聞き返したミーティアに、赤銅色の瞳は怪しくひかめく。
「申し上げた通りでございます。——人とは違うのですよ、私は」
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次話からは、アンティゴンの正体が少しずつ明かされます。




