14.卵を孵したのは、誰?
(救った?……忠誠? いったい何のことなの??)
エリオスと名乗った青年の思いがけない宣言に、気が動転したミーティアは視線を彷徨わせた。
「そんな! きっと何か勘違いをされているんですわ。“救った” だなんて。だ、だって変じゃないですか。むしろ助けてもらったのは、私の方だし……」
混乱のあまり言葉が乱れるミーティアに、エリオスは立ち上がってあくまで穏やかに語り掛ける。
「——うん、ごめんね。突然こんなこと言って。驚かせるつもりはなかったんだ。忠誠とか庇護は、僕がそうしたいと思っただけだから、そんなに深刻に受け止めないで」
話しながら腰をかがめたエリオスは、下から覗き込むように目線を合わせてきた。
「ただ、あれから出られたのは、君のおかげだと確信はしているよ。僕はアレのことをよく知っているから。
でも、それが “なぜか” は、今のところ見当がついていないんだ。実は、これは結構重要でね。だから知っていることを教えてくれないかな」
優しい目遣いで懇願するように言われると、断ることなんてとてもできそうになかった。
同意を示すためにゆっくりと瞬きを返すと、エリオスが小さく頷く。
「ありがとう、レディ——ミーティア・シルフ・モディスゲート。たしか君の正式な名前はこれだったね、僭越ながら先ほどアンティゴンに聞かせてもらったよ。
君は僕が閉じ込められていた、あの——白い大きな……えっと……」
「——卵?」
ミーティアは小さく呟いたあと、唐突で幼稚な発言だったかもとすぐに後悔して赤くなった。
(でも、あれを見た人はみんなそう思うはずよ)
「あ―……はは、そういえばたしかに似ているな。では、そう呼ぶことにしよう。
それで、君はその卵に何かをした覚えはあるかい? 例えば……そうだな、近くで魔術を使ったとか」
「いえ、私はその……魔術には全く縁がなくて……実際見たのも今日が初めてなのです。ですから、おっしゃられるようなことは何も……」
そういいながら、あの庭での出来事を反芻してみる。
(たしか、ラインハルト様が剣を構えて近づいてきて……だから私も後ずさりして、それで……)
「あ!」
もし自分が関係しているとしたら、これしかもう思いつかない。
「触りました」
「触った?」
エリオスが片方の眉を僅かにあげる。
「はい。こういう感じで手を後ろにして……」
卵にふれたときの状況を再現するミーティアの周囲を、エリオスは探るようにゆっくりと一周する。
そして、もとの位置に戻ってくるなり「失礼」と医者のような口ぶりでつぶやき、許可もそこそこにミーティアの両手をとってまじまじと観察してきた。
手のひらから甲、そして指先まで隈なく凝視され、されている側は落ち着かなくて仕方がない。
「あ、あの、エリオス——様?」
たまらず声をかけるミーティアを片手で制して、今度はその両手を手のひらで包みこんでくる。
(!?)
人の体温とはまた別種の温かさが手から全身へと伝わってきた。
(………この温かさ、あの卵に触ったときと同じだわ)
体全体が羽毛で包まれたようにポカポカと温かくなり——でも一方で、体の内側から思考まで探られているような不思議な感覚だ。
「——うん、やはり変わったところは感じられないな」
エリオスはすぐに手を放してそう言うと、今度はミーティアに顔を寄せ、鼻をすんと鳴らした。
「“魔術の香り” もしない」
意味はわからなかったが、なんとなくその否定的な響きに『期待に応えられなかった』感がして、ミーティアは少し気落ちした。
(何か……ほかに思い出せることがあればいいんだけど……。あっ、これはどうかしら!)
「あの場には、ラインハルト様もいらっしゃいましたわ。この国の王太子であられますから、私なんかよりも、何かそういう……魔術に近い力があるのではないでしょうか?」
「ラインハルト? ああ、あの短気な彼のことか。あれが王太子なのかい? というか、この国——いや、話が逸れてしまうか。でも、違うと思うな。彼は、すでに何回も卵の近くに来ていたはずだ。あの声には聞き覚えがあったからね。もし彼にそういう力があれば、仕組み上とっくに僕は外に出られているはずさ」
「そうなんですね……。じゃあ、私でお力になれることはもう……」
瞬く間に声が暗くなったミーティアの様子に気づき、エリオスは励ますように手を軽くポンポンとしてくる。
「きっとまだ気づけていない何かがあるんだ。でも君が【鍵】なのは間違いないよ。でなければ、僕がアレから出られるわけがないからね。
——ねえ、僕は君に恩義を感じているけど、それとは別にもっと話してみたい気がしてるんだ。今日はここで夕食をとって、ゆっくり休んでいってよ。明日になれば、君が望む場所に送り届けるから、ね?」
「エリオス様——」
灰青色の瞳が、まるで春の日の陽射しのように柔らかに見つめてくる。
(この方は、私のおかげであの卵から出られたと考えてらっしゃるようだけど……でも私は魔術も何も使えないし……もし全然違う理由だったとしたら、今みたいに優しくしてくれるかしら。もし違ったら私は——)
そんなことを思った瞬間ーー
バアアアン!!
部屋の扉が大きな音をたてて開け放たれた。
衝撃で天井からパラパラと木片が落ちてくるなか、意気揚々とした声が二人に告げる。
「お食事の準備が整いました!!!」
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