13.可憐な薔薇に忠誠を(2)
こっちこっちと青年に手招きをされて通されたのは、彼の自室のようだった。
部屋の持ち主の綺麗な顔とは逆に、そこは酷く散らかっている。足の踏み場もないとは、まさにこのことだ。
工具のようなもの、部品のようなもの、袋に入った粉のようなもの。何と形容したらいいのか分からないので“ようなもの”尽くしだが、ともかく置かれているものの大半は、初めて目にするものだった。
一つだけミーティアにもわかるとすれば、此処でむやみに動くとドレスの悲劇が再び起きかねないということぐらいだ。
(ともかく慎重に動いたほうがよさそうね)
誤って部屋の中のものに触れないように、祈るように前で手を組む。そして、ソロリソロリと青年の後をついて歩いた。
部屋の中央部分へ進むと、そこは物が除けてあり、部屋に比して大きすぎるのではないかと思われるような机と椅子が置かれていた。
「はい、どうぞ」
青年は机の上にあった金属製の水差しから、コップに水を注いで渡してきてくれる。
「あ……ありがとうございます」
言われて初めて、自分の喉がカラカラに乾いていることに気づいた。差し出された水の、見るからに冷たくて美味しそうな様子にゴクリと喉が鳴る。
受け取ってひとおもいに飲み干すと、風呂で火照った体に冷たい水が隅々まで行き渡り、生き返った心地がした。
「どう、アレは楽しめたかな?」
青年はミーティアの空になったコップを受け取り、にこやかに話しかけてくる。
「ええ、それはもう!」
実は、早くこの興奮を伝えたくてウズウズしていたのだ。
「鏡台においてあった風車、あれは今まで見たものの中で、一番素晴らしいものでした! 手に持った瞬間、温かい風が吹き出てきて、一瞬で髪を乾かすことができて……もう私、感動してしまって……!! あれはどのような仕掛けなのでしょう? やはり魔術を使っているのですか?」
「——なるほど、そっちか」
青年はちょっと面食らったような顔をしている。
(え……なにか変なことを言ってしまったかしら?
はっ! ……きっとお風呂自体のことを先にいうべきだったんだわ。あれだけ熱心にお勧めされたのに、失礼なことをしてしまったのかも……)
ミーティアは、冷や汗をかく。
「あれは僕がつくったんだ。ほら、僕も髪がそこそこ長いだろう? だから簡単に乾かせるものがあったら便利かなと思って」
心配に反して、青年はなんだか嬉しそうだ。
口調が明らかに熱を帯びたものに変わっている。
「魔力をなかに潜ませて風を発生させてるんだけど、他の部分は一から手作りしてね。羽の数と位置は何度も調整して……あれは結構時間がかかったな。
でも——あんなの初めてみたら、何かわからなくて気味が悪いだろう。アンティゴンになにか説明してもらったのかい?」
そういうと一歩、また一歩と近づいてくる。
「いえ、特にそういうことは……。ただ面白そうだったので思わず手に取って……」
「面白そう、だって? はは、そうか。興味をもってくれて嬉しいよ。まだ試作品だから、気になったところがあれば教えてほしいな」
「まあ! あれはまだ完成してはいないのですね。それなら次に作るときは、ぜひ私もお手伝いしたいですわ」
いいながら、あれ? これは今日初めてあった方に言って良い台詞なのかしらとはたと思う。
(次……とか馴れ馴れしく言ってしまったけれど、お気を悪くされないかしら。だけど、あんなに素晴らしいものをつくる様子は絶対に見逃せないと思って……)
「助かるな、それ」
呟いた青年は、視線を下へと外して微笑む。
その目元は、なぜかほんのり色づいているようにも見えた。
暫くの沈黙の後、決心したように青年はミーティアにまっすぐ向き直った。
「………………ここまで名乗ることをしなかった無礼を許してほしい。————悩んでいたんだ。人に名前を知られるのは、僕にとってあまりよい意味をもたないから。今日明日の関係になるなら、嘘の名を語ればいいかと思っていたけれど……君はちょっと違うようだ」
そういうと、右手を自身の胸に押し当てて跪く。そこから向けられる眼差しは、これ以上ないくらいひたむきなものだ。
「————僕の名はエリオス・ローザガルド。
家名のローザガルドが意味するのは、“薔薇の守護者”。
この身を救ってくれた可憐な一輪の薔薇に、真摯なる忠誠と庇護を誓おう」
強い意志を感じる声が、部屋に凛と響いた。




