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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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9/30

喪失

その知らせは突然だった。



ある日、朔丸は慈円に呼ばれ、書庫の整理を手伝っていた。



書庫の中は、少しの黴臭さと本の香りで満ちている。



朔丸はこの匂いが嫌いじゃなかった。



嗅いでいるとどこか懐かしいようなほっとした気持ちになる。





朔丸の父も母も、本が好きで、朔丸は幼いころ、絵巻物などを父や母と眺めていた。



まだ、父の本妻とのもめごともそこまで激しくないころ



母の部屋を訪れた父が、朔丸にもってきたと面白い絵巻物を見せてくれたことがあった。




時には天狗になりきり、時には天女の声色で、絵巻物の中の童話を読み聞かせてくれる父、



それを優しい笑みで見守る母。



朔丸の中に、優しく、温かい思い出として胸に残っている。




そんなことを思い出しながら、本のほこりをはたきではたき、本棚に戻していた時だった。



書庫にいた慈円を、下男がよびにくる。



「慈円様、手紙を預かった使いの者と名乗る男がきています。ちょっといいでしょうか?」



慈円はいぶかしげな顔をしつつも


「わかった、会おう」


と部屋を出て行った。



それから四半時が過ぎただろうか。



慈円が、朔丸を呼びに来た。


その表情は心なしか青ざめているようにみえる。


いつでも平静な慈円には珍しい。


朔丸がどうしたんだろうと思っていると



「朔丸、話がある。私の部屋に来なさい」



と言ってきた。



「かしこまりました」



何か変だ、慈円様の様子がおかしいといぶかしがりながら、慈円の部屋に移動する。



そうして、畳の上に座ると慈円が切り出した。



「朔丸、落ち着いてよくききなさい。



都で細川家と山名家がもめているという話は聞いていたな」


そういえばここ数か月、時折、寺を訪れる僧侶や旅人、


慈円もそんな話をしていた気がする。



朔丸は思い出し


「はい」と頷く。


すると、慈円がとんでもないことを言った。



「実は、両家の争いが激化し、都は火の海と化したそうだ。


そして……」


慈円が一瞬の沈黙ののちに口を開いた。


「お前の実家もその戦禍に飲まれ、屋敷は跡形もなく消失したそうだ。


 そして、お前のお父上とお母上ともに亡くなったと、先ほど書状が届いた」



朔丸は目の前が暗くなるのを感じた。


今、慈円様は何を言った?


父上、母上が亡くなった……?



茫然としていると、慈円が痛ましそうな顔をした。



それに朔丸は震える声で尋ねる。



「嘘ですよね?誰からそれを聞かれたのですか?」



「先ほど、お前の父上の乳兄弟だったという萩男という男からの手紙が届いたのだ。



 それを運んできたのは、都に所用があり赴いていた綜竜寺の僧侶だ。


 

 そのため、情報源は確かだと……」



慈円は言いよどむ。



朔丸がその顔から表情をすっとなくしたからだ。



そして、


「それ、多分、間違いだと思います。


 だって、一週間ほど前に母上から便りがとどいたんです。


 それには、争いが激しくなっているとは


 書いてありませんでしたし、それに……」



朔丸の目は慈円でなく、どこかほかのところを見つめていた。



「今度、母上がいらっしゃる離れに父上が訪れる予定だと。


 その時は私も呼び寄せて、一緒に食事でもとろうと書いてありましたし……。


 大体、いくら勢力が強い両家といえども、もめごとが起こって


 そんなにすぐ、京の町全体が戦禍にのまれるなんてことないですよ」



そういいつつも、朔丸の目は不安でゆれている。



慈円は憐れむような表情で行った。



「お前が、信じられない気持ちはわかる。


 しかし、今回、京の都が炎に飲まれていると


 他からも情報がきている。


 そして、火災が起こった地域がお前の実家がある場所と


 かなり近いのだ。


 よって、今回の話は、おそらく――」



そこまで言って、慈円は言葉を呑み込んだ。



朔丸の目に涙が浮かんでいた。



やがて、それは丸い玉になり次から次へと頬を伝い下に落ちていく。



「朔丸……」



慈円がなんと声をかけていいのか迷うようなそぶりをみせた。



朔丸は静かに泣いていた。



やがて、慈円は朔丸の体を優しく抱きしめる。



そして、その背を子供をあやすかのようになでながら



「朔丸、今はただ泣くがよい。



 現実を受け止めるのも、これからのことを考えるのも


 

 今でなくてよい」



と慰める。




朔丸はまるで兄に抱きしめられているかのように感じた。



そしてそう思った瞬間、安心して身を預けていた。




一方で慈円は、震える朔丸の体を抱きしめながら、



「私が、この子を守らねば。



 この子はあまりにも多くを失った。



 そしてもう、頼れるものもいない。




 私が守らずして、一体誰が、


 

 守るというのか」



と朔丸に対する決意を固めていた。


挿絵(By みてみん)




 




























寝落ちしてました。

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