会いたい
朔丸が両親を失ったという報が届いてから
慈円は迅速に動いた。
まず、寺の人間に対し、
「今、朔丸は両親や頼れる縁者も失い失意の中にいる。
私が庇護下におくから、余計な手出しをしないように……」
と達しを出した。
これは、朔丸が誰かに余計なことを言われてショックをうけないように
という配慮とこの機をねらい近づこうとする輩の牽制と両方の
目的があった。
寺院のナンバー2の地位にいる慈円に逆らえる者などいない。
慈円のおかげで、朔丸の周囲は静かだった。
それから、朔丸が儚くなりたいなど思いつめないようにと
慈円は朔丸を常に側に置いた。
また、なにかしていた方が気がまぎれるであろうと
「書庫整理を手伝いなさい」
「経典の写しを頼みたい」
「町へ用事があるから付き合いなさい」
など常に用事を言いつけた。
朔丸は黙って頷き、
言われたことをこなしていった。
また、事あるごとに
「このお菓子をいただいたから食べなさい」
「この紫の組み紐は絹糸で編まれ質がいいものだ。
身に着けるとよい」
「この書物は今人気があるらしい。
手に入ったから読むがよい」
など、朔丸になんやかんやと贈り物をする。
朔丸は、贈り物をもらっても反応は鈍かった。
以前なら本の話をすれば目を輝かせ、
珍しい菓子を渡せば嬉しそうに笑った。
しかし今は違う。
礼は言う。
だが笑わない。
そして時折、どこか遠くをみるような寂しそうな眼をする。
慈円はそれを見るたび、
胸の奥が痛んだ。
そしてそれは、まだ両親の死のショックから抜けきれないからだろうと
慈円は解釈していた。
この子を守っていかねば。
また笑顔を取り戻せるように。
――そしてそれができるのは自分しかいない。
慈円は決意を新たにしていた。
一方、朔丸は、そんな慈円の気持ちに気づいているのかいないのか、
毎日を淡々と過ごしながら、
心の中である思いが強くなっていくのを感じていた。
「――カイに会いたい」
夜、稚児三人で夕餉をとっている時に、
朔丸はカイを想う気持ちがつのり、
それがつい口をついて出てしまった。
それを聞いて、弥吉と千代若は顔を見合わせる。
そして、千代若が口を開いた。
「朔丸、カイに会ってないの~?」
「あ、今口に出してた?」
「うん、めっちゃ出してた」
「そっか……」
そして、朔丸が何事もなかったかのように
食事を再開するのをみて、
弥吉が言う。
「いや、今話終わらせようとしただろ。
大事な話だろ、勝手に終わらせるな。
……カイってやつと会えてないのか?」
「うん、最近なにかと慈円様が側にいて
会う時間がとれない」
朔丸の表情は暗い。
それをみて、弥吉と千代若は再度顔を見合わせた。
「そっか、それはストレスだな……」
弥吉が暗い面持ちになる。
「慈円様に言えばいいんじゃない?
もう大丈夫なんで、通常業務に戻してくださいって」
千代若が無邪気にいう横で
弥吉が口をはさんだ。
「いや……、なんというか
今はやめといた方がいいと思うぞ」
「なんで~?」
千代若が尋ねる。
「慈円様はご自分では善意でと思われている。
でも、なんというか……、最近嬉しそうだろ?」
「そうだっけ?朔丸を心配されていると思うけど」
「もちろん、それもある。
でも、それだけではないような……」
弥吉が頭をかかえながら言いよどむ。
そしてふと顔をあげると
朔丸と千代若は二人そろって
「?」
と小首をかしげていた。
「……。
いや、二人そろって鈍すぎだろ。
それでよく稚児やってられるな……」
弥吉が再度頭を抱えた。
「特に朔丸!
千代若はまだガキだから仕様がないところもあるが
お前、もう13歳だろ?
自分に向けられる視線にもう少し敏感になったほうがいいぞ」
「え、僕そんなに鈍いかな?
慈円様には『敏い子だ』って褒められるけど」
と急に褒められたことを思い出したのかにこにこする朔丸に弥吉は半目になった。
「いや……、鈍い。勉強はできるかもしれないけど
世の中に対して疎すぎる。
そのままじゃ、苦労するぞ」
「そうかな?」
「そうだよ。
間違いない。
断言できる」
弥吉はため息をつく。
「大体、お前、本来は危険だったんだぞ。
残酷なこと言うようだけど
お前は後ろ盾をなくした。
だが、お前の周囲は静かだ。
なぜだと思う?」
「ええと、僕の周囲が静かって、
誰も両親がなくなったことに触れてこないってこと?
多分、みんなそっとしておこうって
気を使ってくれているんじゃないかな。
いい人多いよね」
朔丸は呑気に答えた。
「いや、そうじゃなく。
慈円様が周りを牽制したからだよ」
思わず、弥吉がツッコむ。すると朔丸は
「え、慈円様、そんなことしてくれてたんだ。
本当に優しい方だよね」
と、嬉しそうにした。
「お前、本当にそう思っているのか?
確かに立派な方だ。
有能で、仕事もできて、人の上に立っている。
が、しかし、優しいだけでは、人の上には立てない。
おそらく慈円様が優しさをみせるのは、
朔丸、お前だからだ」
弥吉の言葉に朔丸は
「そうなの?誰にでもお優しい方だと思うけど……。
だって、以前通夜の付き添いをしたときに
弥吉と千代若へのお土産代をくれたよ」
ときょとんとする。
弥吉はちょっとイライラしながら続ける。
「うん、とりあえず、一旦、慈円様のやさしさの件はおいておこう。
お前、今回、慈円様が牽制しなかったら
多分あぶなかったぞ。
後ろ盾がなくなったから
お前をどうにかモノにしようとする奴ら、多分いっぱいいた」
「弥吉、何言ってるの?
そんなことないよ。
今まで、からかわれることはあったけど、実際なにかあったことはないし。
それに、弥吉と千代若に声かける人の方が多いし」
「いや、それは今までお前の実家は下級とはいえ貴族だったし。
手を出せるわけないんだよ。
それが今回、その壁が取り除かれた。
きっと狙っているヤツたくさんいた。
だって、お前は、なんというか
人を狂わせるような魔性さがあるというか。
なんていっても、その目。
まるで月を思わせるような美しさがある。
引き込まれそうといっているの聞いたことあるし」
朔丸は笑う。
「いや、何言ってるんだよ、弥吉。
僕、そんな物の怪みたいなの?
大体僕の目、ちょっと茶色がかっているけど
月みたいに白くないし。
久しぶりに笑ったよ」
朔丸の反応に、弥吉はぐったりとした。
「……もういいや、疲れた。
とにかく、お前、カイってやつに会いたいんだよな?
協力してやらなくもないけど」
「えっ、ホント?!」
朔丸の目が輝いた。
「でも、どうしよう。
慈円様、明日も頼むって言っていたけど」
「大丈夫、稚児仲間で協力するんだ」
「どうやって?」
その晩は、三人で頭を寄せ合い、作戦会議をする稚児たちだった。
会いたいのにあえない、せつなくてもどかしいという歌が頭を流れています(どうでもいい情報)。




