安堵と不穏
翌日。
朔丸は、部屋で墨色の地味な木綿の着物をきていた。
「これ、どうしたの?」
朔丸が尋ねると弥吉が
「てなづけている小坊主から借りた」
と事も無げに言う。
「へー、動きやすいね」
と体をひねる朔丸の横で、
千代若は朔丸の布団の中にいた。
「ねー、これでごまかせるかな?
ゴホンゴホン、のどがいだいでず……、ゲホゲホ」
「……無理かもしれない」
弥吉が頭を抱えた。
稚児3人が、朔丸をカイに会わせるために考えた作戦は、
仮病作戦だった。
内容はこうだ。
昨日、千代若は実家の用事で1日実家に帰ると事前に申請をした。
そして実家には帰らず、朔丸に扮した千代若は風邪をひき朔丸の部屋で寝込むふりをする。
これは、万が一、慈円やほかの僧が朔丸の様子を見に来た時にごまかすためだ。
基本的に誰かきたら、布団をかぶって、具合が悪いふりをすることにした。
ただし、接触したらバレる可能性があるので、なるべく前の段階で、弥吉が
部屋に誰かくるのをなるべく阻止するというものだった。
「ごめんね……。
協力してもらっちゃって。
そして、ありがとう」
ほほ笑む朔丸に、千代若は
「大丈夫!
カイと楽しんできてね。
お礼は今度、飴とかでいいから!」
と返す。
そして弥吉は
「楽しんで来い。
でも、あんまり遅くなるなよ。
夕餉の支度が始まる前には帰ってこい!」
それ以上はごまかしきれない」
と釘を刺した。
「本当にありがとう。
じゃ、行ってきます」
そうして、朔丸は部屋を後にした。
あせる気持ちを抑え、大杉のところへ向かう。
大杉がみえるところまで行くと木のところに誰か待っていた。
――カイだった。
朔丸は嬉しくて思わず笑顔になりながら
「カイ!!」
と叫んでいた。
「朔丸!」
カイも笑顔で朔丸を迎える。
「お前、どうしてたんだよ。
ここ3日姿見せないからちょっと心配してた」
カイの言葉に
「うん、色々あって……」
朔丸の顔がくもるのを見て
カイは何かを察したかのように
「とりあえず、どこか座って話そうか」
と、朔丸の手を引いて、池の方に向かった。
池のほとりにつくと、カイは朔丸と座った。
そして、いつものように水の入った竹筒を
朔丸に渡してきた。
「……ありがとう」
そう言って、朔丸は竹筒を受け取るも
水を飲まずに両手で持ったままだ。
カイは竹筒から水を飲むと、
朔丸の方をみた。
「なんかあったか?」
「……どうして?」
「顔色が悪い」
カイはまっすぐ朔丸の目を見つめてきた。
朔丸は、竹筒を持っている手が震えるのを感じながら
「実は……、父上と母上が亡くなったんだ」
と言った。
「そっか……。いつ?」
「うん、4日前に亡くなったという知らせがとどいて……」
朔丸は口ごもる。
枯れたと思われた涙があふれ、頬を次から次へと流れていった。
すると、カイが朔丸の腕をひき抱きしめた。
ふわりと優しく抱きしめられる。
そして、布越しにカイの温かさが肌に伝わる。
「辛かったな……。お前、ずっと泣いてたのか?」
「いや……、最初はちょっと泣いたけど、その後は
慈円様について仕事をしてたから
泣く暇もなくて……」
「そっか、じゃあ、まだ泣き足りないな」
カイは朔丸の背をトントンと優しくたたき始めた。
「泣けよ、朔丸」
カイの声は静かで優しい。
「朔丸、自分の父ちゃんと母ちゃんのこと大好きだったろ」
「……うん」
「前に話してたじゃねぇか。
3人で絵巻物見てたって」
「……うん」
朔丸の頭には、あの楽しかったころ、両親と一緒に過ごした
楽しかった情景が思い起こされた。
「朔丸」
優しく自分の名前を呼ぶ父と母。
そしてそれを聞くことはもうない。
朔丸の中で一気に感情が高ぶった。
「うっ……」
朔丸の喉から嗚咽が漏れ、堰を切ったように泣き始めた。
そしてカイはそれを、ただ優しく受け止めていた。
そして、半刻ほど過ぎた頃、朔丸はようやく落ち着いた。
「ごめん、ありがと……。
ちょっとすっきりした」
「そっか」
カイの返事は短かった。そしてそれが朔丸には心地よかった。
爽やかな風が時折吹き抜けていく。
朔丸は腫れた目でカイをみた。
カイと目が合う。
――そして、
カイは朔丸の目に残っていた雫を指でそっとぬぐった。
「目、腫れちゃったな。
なんか、うさぎみたいだな……」
カイはポツリとこぼした。
「ふふっ……。僕、ウサギなの?」
朔丸が笑う。
その顔を見て、カイは思わず
「かわいいな……」
とつぶやいた。
そして、朔丸の頬に手をあて、
その唇にそっと口づける。
朔丸は一瞬目を見開くも
そのあと静かに目を閉じた。
数呼吸のあと、どちらからともなく
唇を離す。
そして、朔丸もカイもお互いの顔をみると
二人とも赤くなっていた。
「ふふ……、なんか照れるね」
朔丸が笑う。
次の瞬間、カイは
「俺、朔のこと……、好きだ」
と言った。
その目は真剣だった。
「……っ」
朔丸は息をのむ。そして、
一瞬目をそらしたのちに
また、カイの目をみると
「僕も……」
とつぶやくようにいった。
二人とも一瞬黙り込む。
そして、またお互い遠慮がちに視線を合わせると
どちらからともなく、もう一度唇を合わせた。
池の周囲は静かで、ただ5月の段々と勢いを増す日差しのみが二人を包んでいた。
さて、一方その頃、
寺では慈円が朔丸の体調を案じていた。
今朝、寺の下男から、稚児たちが、朔丸が臥せっており
本日の手伝いは免除してほしいと言っていると
話があったのだ。
「朝餉だけでなく昼餉も食べていないとは。
あとで様子を見に行こう」
慈円はさっと仕事を終えると稚児棟へと向かった。
……嫌な予感しかないという。あとは千代若の演技力にかけるしかありません。




