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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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12/29

露見

「慈円様、朔丸はどうやら流行り病かもしれなくて……」



稚児棟の入り口の前で弥吉が慈円にそう説明をする。



慈円は弥吉を見下ろした。



「構わぬ。そう長い時間滞在はしない」



慈円はきっぱりと告げる。



すると弥吉は



「あ、でも朔丸はさっき寝付いたばかりなのです。



 今行くと起こしてしまうやも……」



と気まずそうに言った。



慈円は、弥吉をじっと観察した。



おかしい。朔丸の為というよりも、



何か私が朔丸のところに行くこと自体を



阻もうとしているかのようだ。



慈円の視線に弥吉は身じろぐ。



慈円は疑惑を一層強固なものにした。



慈円はやや、低い声で告げた。



「起こさぬよう気を付ける。



 しかし、なぜそこまで行くのを阻もうとする。



 何か後ろめたいことでもあるのか」



「いえ、そうではなく……。


 私はただ、慈円様の御身と朔丸を


 案じていただけで」



「それなら気遣い無用だ。


 どきなさい」



慈円は弥吉の横を通り過ぎ


稚児棟へ入って行った。



弥吉は慈円の後を心配そうについてくる。



「朔丸、入るぞ」



慈円は静かにそう告げると朔丸の部屋に入った。



朔丸は布団をかぶって寝ているようだった。



だが、自身が入った時にわずかに布団が不自然に揺れたのを



慈円は見逃さず、違和感を覚えた。



「朔丸、起きているのか?」



すると布団の中から、か細く、しゃがれた声で



「大丈夫でず……」



と声がした。



明らかに朔丸の声ではなかった。



慈円は布団をはぐ。



するとそこにいたのは、あせった顔をした千代若だった。



「……何をしている。朔丸はどこだ?」



慈円は静かに、でも有無を言わせぬ口調で問う。



千代若は恐怖で声も出せない様子だった。



すると、後ろから、



「っ……。朔丸は、ちょっと気分転換にでかけました!」



と弥吉の必死な声がした。



「ほう……。じゃあ、病気だと嘘を言って、出掛けたというのだな」



慈円が弥吉を振り返りそういうと、



弥吉は蛇に睨まれた蛙のような様子で



もはや何も言葉にすることはできない。



気まずい沈黙が辺りを包む。



「わかった……。お前たちの処遇は後程伝える」



慈円はそれだけ言うと部屋を去って行った。




部屋を出た後、慈円は寺の門へと向かう。



今はもう夕刻だ。



出掛けたにしろ、そろそろ帰ってくる頃だろう。



そうしたら、なぜ、このような真似をしたのか問わねば。



慈円がそう思案していた時だった。



寺の門のところに、朔丸が見えた。



朔丸はいつもの水干姿ではなく、質素な墨色の木綿の着物を着ていた。




「……朔丸」



そう呼びかけようとした時だった。



朔丸の側から、一人の少年が出てきた。



年のころ合いは13、14歳頃だろうか。



日焼けした肌に木綿の着物を着ている。



身長は朔丸より頭二つ分は高い。



慈円は、様子を伺おうと物陰に身を潜ませた。



そして耳を澄ますと、朔丸ともう一人の少年の会話が聞こえてきた。



「カイ、もう大丈夫だよ。ここで。


 心配して送ってくれてありがと」



朔が笑顔で礼をいうと、カイと呼ばれた少年が


爽やかな笑みをうかべる。そして



「うん。


 朔が元気になったようでよかった」



と返す。



その時の朔丸の表情は、慈円がみたことがない


年相応の少年らしい無邪気さが浮かんでいた。



そして、次の瞬間、朔丸がほんのりと顔を赤らめ



「なんか、夢みたいだ。


 カイと両想いなんて」


と言った。



慈円は、自分の聞いた言葉が信じられなかった。


いや、頭では理解していた、が、しかし


心の方が理解するのを拒絶していた。



まさか、朔丸はあの少年のことが好きなのか。


そして、あの少年も朔丸のことを……。



慈円は胸に重しがのったかのように、息苦しさを感じた。



その一方で、朔丸とカイから目を離せない。



なぜ、いつから、私の知らないところで――。



頭の中にいくつもの疑問符が浮かぶ。


だが明確な答えは浮かばなかった。



すると次の瞬間、カイという少年が朔丸の唇に


口づけを落とした。



そしてあろうことか朔丸は嬉しそうに眼を閉じ


それを受け入れている。



唇はすぐに離されたが慈円は息をするのも忘れていた。



自分が今目にしたものが信じられなかった。



「朔、好きだよ」


カイという少年は短い告白を朔にした。




そしてそれに朔丸は恥じらいながら


「うん、僕も。


 僕もカイのことが…好き…だよ」


と返していた。



慈円は衝撃でただその場に立ち尽くしていた。



挿絵(By みてみん)




「なんか離れがたいけど、また明日会えるから」



朔丸が照れたようにそう言うと



カイは



「そうだな。じゃ、また明日な」



そう言って、軽く朔丸を抱きしめると、後は後ろを振り返らず走って行った。



そして朔丸はというと、そんなカイの後ろ姿が見えなくなるまで



じっと見守っていた。






「……朔丸」



冷えた声が背後からした。



朔丸はその声の冷たさにビクッと体を震わせると



後ろを振り返る。



そこに居たのは慈円だった。



「――慈円様」



朔丸が思わず名前を呼ぶと、



慈円は



「話がある。来なさい」



そう短く言うと、背を向け歩き始める。



おそらく慈円の部屋に行くのだろう。



朔丸は言われた通り慈円のあとをついていく。



しかし、違和感がぬぐえない。



先ほど見た慈円の顔は無表情だったが



どこか目の奥に冷たい炎が燃えているかのようだった。




仮病を使って出かけたのがバレたんだ……。



朔丸は察していた。それと同時に、弥吉と千代若の顔が浮かぶ。



二人とも大丈夫かな?



こっぴどく怒られたりしなかったかな。



でも、僕を心配してくれたが為に、こんなことになっちゃって



慈円様にきちんと説明しなきゃ……。



僕が悪いんだって、弥吉と千代若は僕を心配してくれただけだって。



――慈円様なら、話せばきっとわかってくれる。



朔丸はそう思いつつも、胸の中で自身の鼓動が嫌な音を立てるのを



暗い気持ちで見つめていた。





慈円の部屋についた。



慈円と朔丸は真向かいになる形で座っていた。



慈円は無言のまま朔丸とは目を合わせず、目線を下にしている。



そしてその口は引き結ばれていた。



朔丸は慈円が話し出すのをしばらく待っていたが



慈円が一向に口を開かないため



朔丸は、沈黙の時間に耐えきれず、おずおずと話はじめた。



「……あの、慈円様。



 申し訳ありませんでした。



 嘘をついて外出していて……」



ちらりと慈円をみるが、慈円はこちらを見ず、


視線の先も変わらなかった。



朔丸は威圧感に押しつぶされないよう、


気持ちを奮い立たせて、言葉を絞り出す。




「あの、弥吉と千代若は悪くないんです……。



 僕のことを心配してくれただけで。


 

 なので、罰は僕だけにしてもらえませんか……?」




朔丸がそう慈円に問いかけるも



慈円は無言のままだった。



しばらく沈黙が周囲を支配する。



そして、慈円はようやく口を開いた。



「……先ほどの、カイという少年は誰だ?」



「え……」



朔丸は心臓が飛び上がりそうになった。



もしかして、さっき門のところで一緒にいたのを見られていた?



もしかして、口づけの後、抱きしめられたのも。



そして、お互い好きだと言い合ったのも……、聞かれて、いた?



朔丸は、混乱する。



そして自然と頬は赤らんでいた。



それを慈円は苦虫をかみつぶしたような顔で見る。



「見たところ、村の少年のようだが。


 

 深瀬村の人間か?」



慈円の問いに朔丸は



「はい。そうです」



と答える。



「いつから、知り合いなのだ?」



「3年くらい前です」



「3年前……」



慈円は絶句した。



3年も前から会っていたのか、



そして自身は何も知らなかった。



「どうやって知り合ったのだ?」



「村の用事で寺に来ていた時に、偶然会って……。



 そして、遊びに誘ってくれたんです」



「……そうか」



そして、自分の知らない間に仲を深め、



恋仲になっていたというのか。



私が、朔丸の出自を理由に、自身の気持ちが育たないよう



自制していたのに、一方で朔丸はカイという奴と気持ちを育んでいたとは……。



慈円は自分の中にふつふつとした怒りがわくのを感じた。




それと同時に、慈円の頭の中に、朔丸がまだ幼かったころのことが思い出される。



あれは、朔丸がまだ寺に来て間もないころだった。



5歳の時に寺に預けられ、まだ父や母が恋しい年齢なのに



朔丸はしっかりしていると評判だった。



5歳にして、いくつか漢詩をそらんじたり、



色々なきまりごとを砂が水を吸収するように覚えていった。



また、我儘をいったり、癇癪を起すこともなく



さすが高貴な血筋の子だと周囲の評価は高かった。



そんな時だ。



慈円は夜遅く、ふと喉が渇き目を覚ました。



部屋の水差しをみるも空だったためやむなく、



台所に水を汲みに行った。



ふと、稚児棟入り口の階段のところに、



誰かいたような気がして目を走らせると



暗闇に白いものがぼうっと浮かんでいる。



慈円は一瞬ぎょっとするも



目を凝らすとそれは白い小袖姿の朔丸だった。



「……何をしている?」



慈円は朔丸のところに行き声をかけると



朔丸は、はっとした顔をした。



「……慈円しゃま。



 眠れなくて、それで虫の音をきいていました」



朔丸は、普段よどみなくしゃべるが



様だけ「しゃま」ということがあった。



周囲はそれがかわいいと微笑ましく見守っていたが



慈円は早く直ればいいなくらいに考えていた。



だが、自分の名前を呼ばれたとき、そのかわいらしさがわかる気がした。



「……眠れないのか。


 だが、もう夜遅い。


 天狗にでも攫われたらどうする。

 

 早く、部屋に戻りなさい」



慈円がたしなめるようにいうと、



朔丸は急に眼を輝かせ



「天狗ですか?


 いいな……。


 僕、天狗に空を飛ぶ方法を教えてもらったり



 羽団扇をかりて風を巻き起こしたり


 

 したかったんです」



と言った。



慈円は目が点になった。



ふつう、幼い子供は天狗を怖がったりするものではないか。



だが、この子は怖がるどころか喜んでいる。



ふいに、この朔丸という子に興味がわいた。



「……天狗が怖くないのか?」



「怖くないです。



 むしろ、母上をいじめる人の方が怖いです」



朔丸の言葉に慈円は哀れだと感じた。



この子がうちに預けられた事情は耳にしている。



家の勢力争いで妾の子だった朔丸が寺に預けられることになったと。



この子も色々とつらい思いをしてきたのだろう。



「そうか。それはそうともう遅い。部屋に戻りなさい」



慈円がいうと朔丸は



「……一人で寝るのが心細くて」



とつぶやくように言った。



慈円はふと朔丸を憐れむ気持ちが強くなり



「では、今日だけは私と一緒にねるか?」



と尋ねた。



当然断るものと思っていると



「いいんですか?じゃあ、一緒に寝てください」



そう朔丸はキラキラした瞳で返してくる。



その晩、慈円の部屋で朔丸は一緒に寝た。



寝ているうちに寝ぼけて、慈円の布団にもぐりこみ、



慈円にしがみついて眠る朔丸を慈円は愛しい思いでみつめていた。


挿絵(By みてみん)



この子を守ってやりたい。



その思いはその時からはぐくまれていたように思う。



それから、慈円は朔丸を見かけるとたまに声をかけるようになった。



話しかけると朔丸は柔らかな笑顔を見せる。



その笑顔を向けられると胸があたたかなもので満たされる思いがした。




それから時が流れ、朔丸が成長すると、周囲から



「あの子は綺麗だ。あの目で見つめられるとつい見とれてしまう」


「綺麗だけでなく賢い。漢詩もすらすら暗唱し、和歌も雅なものを


 難なく詠むという」


「貴族の家から預かっているから手は出せないが、そうでなかったら


 一度手をだしてみたい」



などの声が聞こえるようになった。


慈円はそれを耳にするたびに、それを口にした者たちに


冷徹な視線を向け牽制していたが、


確かに朔丸をみると、そう思うものが出てくるのも無理はないという感想を抱いた。



朔丸には、なんというか、透明な色気がある。



美しい容姿はもちろんあるが、それだけでなく儚い雰囲気をその身にまとわせている。



これでは噂するものがでてくるのも無理はない。



だが、不埒な輩からは守らねばならない。



そう決意し、慈円は、朔丸をより側に置くようになった。



ある日、いつものように、朔丸を自室に呼び、文章の清書を手伝わせていると、



おもむろに朔丸が尋ねてきた。



「慈円様、ちょっとお尋ねしていいですか?」



「なんだ?」



「最近、源氏物語を読んでいるのですが、



 光源氏に愛されて、幸せになった女性っているんですか?」



思わず朔丸をみると、大きな瞳を真摯に自分に向けてくる。



「……そうだな、まぁ、明石の君とかは幸せになったのではないか。


 

 国母となっているし、その知性で光源氏に一目置かれているからな」



「でも、3歳で娘を手放していますよね」



「そうだな」



「3歳はかわいい盛りです。きっと悲しかったにちがいありません。


 私が母のもとを離れこの寺にお世話になっているのは5歳のときですが


 その時、私の母も泣いていましたから」



「……そうかもしれんな」



「だから、光源氏は女性たちを不幸にしている気がするんです。



 本当に好きなら相手を幸せにしたいって思うはずなのに。


 

 光源氏は相手を幸せにしたいより自分が幸せになりたいの人ですよね。



 もしくは自分が好きになったら、相手も幸せで止まっているのかもしれません」



「……」



慈円は絶句した。12歳の子がここまで考えるのか。



そして、人の気持ちを考える視点をこの子は持っている。



とても優しく心が綺麗な子なんだな。



――そして頭もいい。



感心する思いで慈円は朔丸を見た。



12歳の子とここまで高度な話ができるとは。



やはりこの子は、他にはいない稀有な存在だ。



慈円が色々思考していると、朔丸は慈円の沈黙を特段気に留める様子もなく



「結局、源氏物語のテーマは『思いやりが大事』ってことですね」



そう言って、にこっと笑うと納得したのか、また清書を再開する。



なんて、マイペースで自由な子だ。



慈円は朔丸から目が離せなかった。そして思った。



この子が成長した先を見てみたいと。



朔丸を教え導き、育てようとそれからますます朔丸を側におくようになったのは


それからだ。




周囲からは「慈円様は朔丸にご執心だ」などと



噂されたりしたが、気にも留めなかった。



言いたい奴には言わせておけばいい。



いずれ寺から巣立っていく子だ。



だが、側にいる間は、目をかけ慈しんでもいいではないか。



それが朔丸にとっても成長になる上、朔丸自身も喜んでいる。



そう思って、朔丸への気持ちが育ちすぎないよう



自身を抑制しつつ今まで接してきた。




だが、目を離したすきに、変な虫がついていた。



目を離したつもりはなかったが、害虫は戸の隙間もすり抜けてくるものだ。



どうしようもなかったとはいえ、朔丸の変化に気づかなかったのは



悔やまれる。



慈円はほぞを噛むおもいにかられた。



だが、次の瞬間、




いや、でも、まだあきらめるのは早いのではないか。



あの様子だと気持ちを確かめ合ったのは今日のはずだ。



朔丸の両親が亡くなってから、偶然だが、私が朔丸を側に置いていたために



あのカイという少年と会う時間はなかったはずだ。




現実と道理をとけば、朔丸は賢い子だ。



きっとわかってくれるに違いない。



それに、あの、村の粗野な少年より、



私の方が、朔丸をわかってあげられるはずだ。



朔丸の持っている才能、気品、明晰さ……それら全てを



理解し、より洗練させ導けるのは、あの少年ではない



……私だ。



カイという少年とはできない高尚な話を、私とだったら


することができる。



今は、今まで周りにいないタイプだったのだから


一時的にあの少年に惹かれているのだろう。



自分にないものを持っている人間に、人は魅かれがちだ。



だが、しかし、ともに人生を歩めるのは、自分と違うタイプでなく



同じタイプの人間だ。



朔丸は、今、流行り病にかかっているようなもので



直に目が覚めるはずだ。



そうだ、きっとそうに違いない。



そして、今の私にできるのは、目を覚まさせることだ。



「朔丸、話がある」



慈円は、静かな声で朔丸に話しかけた。






 










































千代若の演技失敗しました。

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