蜂蜜
カイと山で遊んで帰った日の夜、
朔丸が自室で本を読んでいると、
弥吉と千代若が部屋にやってきた。
「入るぞ」
「今、大丈夫?」
「あ、うん、どうしたの?」
朔丸が本を脇に置き尋ねる。
「今日、お前、昼からどこに行ってたんだ?」
弥吉の言葉にちょっと明後日の方向を見ながら
朔丸は答える。
「あ~、うん、ちょっと散歩かな」
「えー、朔丸、ずっと散歩してたの?
見かけによらず体力あるね」
と千代若が目を丸くする。
「そんなわけないだろ。
お前、村の名主の息子、カイと言ったかな、
そいつに会ってるだろ」
朔丸はギクリとした。
背筋に思わず冷や汗が流れる。
「え、そんなことないよ……。
散歩すると和歌の技術が上がるって聞いたから
鍛錬の為に出歩いてるんだ」
とごまかそうとする。
それに、千代若が
「へ~、すごい。朔丸、和歌読むの上手だもんね。
僕も今度やろうかな」
と返すと、千代若が
「そんなわけないだろ。千代若、お前はちょっと黙っててくれ」
と頭を抱える。そして、朔丸に
「お前が、カイってやつと会っているの見たって下人が言ってたんだ」
と真剣な顔で言う。
朔丸は、それでも、
「気のせいじゃないかな……」
とごまかそうとするも、明らかにその顔は引きつっていた。
「別に、カイってやつと会うなとは言わない」
弥吉は小さくため息をついた。
「でも、絶対に慈円様にバレないようにしろよ」
「……なんで?」
聞き返しながら、朔丸はなんでここで慈円様が出てくるんだろうと
不思議に思っていた。
稚児は日焼けしない方がいいっていうし、
山歩きとか池で遊んだりすると肌が焼けるからかな?
でも、僕、どっちかっていうと、黒くなるより赤くなる方だけど……。
あ、そうか、そんな暇があるなら勉強しろってことかな。
でも、勉強はどっちかっていうと得意だし、夜自習してるし、
慈円様にも頭がいいって褒められるし。
別に外に遊びに行っているの、慈円様に知られてもそこまで怒られないと思うけど……。
朔丸が心の中で悩んでいると、弥吉が
「おい、百面相になってるぞ」
とツッコむ。そして千代若は
「朔丸、表情豊かだね~、いつもより」
と感想を述べた。
「なんか、別に何を考えているか言わなくてもいいけど
絶対、明後日の方向に考えてる気がする……」
弥吉がその後ため息をつくので、
「えー、なんでそんなのわかるの?」
朔丸が不満そうに唇を尖らせる。
「いや、もういい。とりあえず、慈円様にはカイってやつと遊んでいるの
くれぐれもバレるな。お前の為を思っていったからな。
とりあえず、話を聞いた下男には口止めしといたから。
千代若、行くぞ」
そう言って、弥吉は千代若を連れて部屋に戻っていった。
「変なの……。なんかよくわかんないけど、まあ、ばれないよう
気を付けよう」
朔丸は疑問詞が頭の中に飛び交う中、ま、明日もカイと遊ぶの楽しみだなと
明日の逢瀬に気持ちが流れていた。
翌日。
いつもの待ち合わせ場所の大杉のところに朔丸が向かうと、
カイはもう待っていた。
「お待たせ。待った?」
と朔丸が尋ねると、カイは
「いや、今来たところ」
と返してくる。
「今日何したい?」
カイが尋ねると、朔丸は
「あ、その前に、これ、見て!」
と懐から包みを取り出す。
そして、そっとそれを開いた。
そこには、蜂蜜がかかった唐菓子が二つ入っていた。
「おーっ、すげえ。
これ蜂蜜だよな」
カイが歓声をあげる。すると、朔丸がニコニコしながら
「そう、実は慈円様に昨日もらったんだ。
なんか、寺に来た貴人とかに
二つもらったとかで、せっかくなら今日カイと食べようと思って」
と言った。
カイは
「えー、本当にもらっていいの?ありがとな」
というと、一口サイズのそれをひょいと取ってパクっと口に入れた。
それを見て、朔丸も同じように口にする。
そして同時に
「甘っ!!」
と声をだした。
「おいしいね」「おいしいな」
ふたりでしばらくその唐菓子が口の中から消えるまで堪能する。
食べ終わった後、カイが
「ごちそうさん。今日は幸運な日だ!」
と喜ぶのをみて、朔丸があっというような顔をした。
「そうだ、いいこと思いついた。
今日二人で蜂蜜探しに行かない?」
朔丸の提案に、カイは
「えっ、蜂蜜?」
と驚く。
「うん、蜂蜜。
見つからないかもしれないけど、
見つかったら嬉しいし。
探すだけでもわくわくしない?」
目を輝かせる朔丸をみて、カイも
「そうだな。ま、見つかったら運がよかったってことで」
と同意した。
二人で山を散策する。
朔丸はいつものとおりカイからかりた小袖姿だ。
「蜂の巣ってそもそもどういうところにあるんだっけ?」
朔丸が疑問をのべる。
「えーと、なんか、木のうろとか岩の割れ目とかにあるって、村の誰かが言っていた気がする」
「そっか、じゃあ、そういうところを探そう」
二人で歩きながら、木のうろや岩の割れ目を覗くもなかなか見つけられない。
「やっぱ、そんな簡単には見つからないね~」
「そうだな。ま、なかなかそう上手くはいかないよな」
と話しつつ、歩いていた時だった。
「あ、そこにとまっているの、蜂じゃない?」
朔丸が指さす先には、レンゲの花にとまっている蜂がいた。
「あ、本当だな」
「ということは……、近くに蜂の巣があるってことだよね」
朔丸は目を輝かせた。
「そういえば、以前読んだわらしべ長者って話の中に
アブに藁をくくりつけたってくだりがあったけど、蜂にもそうしたら、
巣の場所わかるんじゃない?」
「いや、それ刺されるって。せめて目で追うくらいにしたほうがいい」
「そっか」
そう話している間に、蜂はレンゲの花を離れ、どこかに飛んでいく。
二人は蜂を急いで目で追った。
蜂を目でおいつつカイはふと思った。
朔丸といると知らない話がたくさん聞ける。
村の大人たちも物知りだが、それとは違う。
まるで絵巻物の中の世界を少しずつ教えてもらっているようだった。
すると、蜂は草が生い茂っているところに飛んでいったので
そっとそこに近づいてみると、倒木があり、その木の割れ目に
蜂の巣がみつかった。
二人で「おぉっ」と歓声をあげる。
ハチの巣はそんなには大きくはなかったが
見つかった喜びで朔丸もカイも興奮していた。
「どうやって取るんだっけ?」
朔丸の言葉にカイが
「たしか煙でいぶして動きを弱らせるんじゃなかったかな」
と返す。
「そっか、杉の葉とか使うんだよね?杉の木は見当たらないなぁ」
「もう、落ち葉でいいんじゃね」
そういってカイはちかくにあった、落ち葉を集め、いつも持ち歩いている
火打石で火をつける。
風がちょうど止んでいたので、カイは、近くにあった竹の皮をあおぎ、煙を蜂の巣
の方に向かわせた。
そして、朔丸に向かって
「朔!お前は危ないから少し離れてろ」
と言い、朔を巣から離れたところに避難させる。
しかし、その数秒後ーー。
「痛っ」
朔丸が左手の指を抑えてうずくまる。
「朔っ!」
カイは朔丸のもとに駆け寄った。
「大丈夫か?刺されたのか?見せてみろ」
朔丸が抑えていた左手の人差し指を、カイは確認した。
「うん、針は抜けているみたいだ。あとは消毒。
じっとしてろ」
言うや否や、カイは朔丸の指をパクリと口にくわえた。
「!!!」
朔丸は驚き、顔を真っ赤にする。
言葉もでない。
カイは朔丸の表情に気づきもせず、
口を指から放すと
「よし!じゃ、また、蜂蜜採取再開だ。
朔はもっともっと離れてろ」
と指示し、蜂蜜をとりに巣の近くに向かった。
朔丸は胸の高鳴りがしばらく止まずその場に立ち尽くしていた。
しばらく後、カイは試行錯誤の末、巣板の一部を切り取って持ってきた。
そして、巣板を持っていた小刀で器用に真っ二つにすると、ひとつを朔丸に渡す。
「ありがとう」
朔丸がもらった巣板を両手で持つと、しっとりとしており、切り口から透明な蜜が
1、2滴落ちた。
ふとカイをみると、カイは「うまそ~」と言い、
巣板にかぶりつく。
それを見て、朔丸もえいっと真似をして、巣板にかぶりついた。
すると口の中で蜜蓋がプチっとわれる感触がして、
中から濃い蜂蜜がじゅわっと広がる。
同時に花の香りも口の中に充満した。
「!!」
思わず、二人は目を見開き顔を見合わせる。
そして同時に
「甘~っ」
と口に出した。
そして、夢中になって、食べ進める。
しばらくして、朔丸とカイが蜂蜜を食べ終え
「はーっ、今日は贅沢な一日だったな」
と満足げにカイが言うと
「そうだね、本当いい一日だった」
と朔丸が、そっと左手の人差し指を右手で包み答える。
そして、ぼそっと
「こんな日がずっと続くといいな……」
とつぶやいた。
「ん?なんか言ったか?」
とカイが尋ねるのに
「ううん、なんでもない、そろそろ帰ろうか」
と朔丸がいい、それにカイも
「そうだな」
と山の入り口にむかって歩き始める。
朔丸はカイの横に並ぶと一緒に歩を進めた。
西の空に沈む夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
昨日の朔丸と今日の朔丸のイラストなんか違うなぁと思いますかね…。脳内補正でお願いします。すみません(-_-;)
慈円が朔丸に渡した蜂蜜のかかった唐菓子。
たぶん「朔丸が喜ぶだろう」と取っておいたものなんですよね。
でも朔丸は何の悪気もなく「カイと一緒に食べよう」と持っていくという……。
慈円、不憫。




