過去の夢
「朔――!今日は絶対負けないからな」
自分に微笑みかける少年が手製の釣り竿を自分に渡してくる。
そして、自分は、もう1本の釣り竿に餌のみみずをつけ、池へ釣り竿を振った。
「?」
朔はぼんやりとしながら、なんだ?と戸惑った。
ここはどこ?
この少年は一体・・・。
戸惑いつつも、自分の口は
「ははっ、僕も絶対にまけないよ、カイ!」
といいながら、手は、手早くみみずをつけ竿をふりかぶっていた。
この少年の名前はカイというらしい。
しかし、なんだ、これ?夢か・・・?
と戸惑うも、場面は展開していく。
「今日こそは大物がかかりそうな気がするんだよな」
「ふーん、僕もたくさんつれそうな気がするよ」
二人の自信とは裏腹に釣り竿は反応しない。
じっと無言の時間が過ぎていく。
「朔は昨日も夜更かししたのか?クマができてるけど……」
カイという少年が、心配そうにこちらをみてくる。
「あー、うん、母上から送られてきた書物がおもしろくて。
読み終わったら貸すね」
自身の口がそういう。
「俺は、朔ほど早く字は読めないし、返すの遅くなるから」
とカイという少年が遠慮する。
「遠慮しないで。内容について一緒に話したいし」
「そうか、わかった。いつもありがとな」
カイが日焼けした顔で白い歯をみせながら、にっこり笑いかけてくる。
すると朔の胸が高鳴った。
「あんまり、睡眠削ったりするなよ。お前、体弱いから心配だよ。
色もなまっちろいし」
カイが目をそらしながら告げた。
「肌が白いのは生まれつき。でも、これでもずいぶん健康的になったんだよ。
カイが外に連れ出してくれるから」
そういって、朔は小首をかたむけて、カイの顔を覗き込むようにしにっこりした。
サラサラの髪が白い滑らかな頬にサラリとおちる。
カイは頬を赤らめ、朔から目をそらす。
「……魚、全然かからないな」
カイがぶっきらぼうな口調で言うと、朔も残念そうに
「そうだね」
とうなずいた。
「魚も、今日はおうちで家族でゆっくりしてるのかもね…」
「……魚のうちってどこだよ」
朔につっこみながらも、カイは横目で朔を盗み見る。
朔はどこか寂しそうな顔をしていた。
「朔は……、やっぱり寂しいのか?両親とはなれてて」
「……うん。だいぶ慣れたけど。父上もだけど、母上に会いたい」
「あまり、便りはこないのか?」
「そうだね。なかなか……。お忙しいのかもしれない」
「そっか……。そうだよな」
そういいながら、カイは寂しそうな朔の頭をぐしゃぐしゃにかきまわした。
「なっ、なにすんの」
驚く朔にカイはニカっと笑いながら
「おい、あんまり寂しがんなよ。俺がお前の兄貴かわりになってやるからさ」
と励ましてくる。
「うん、でも……、カイは兄というより」
朔は、少し顔が赤らむのを感じながら、上目遣いでカイをみる。
日焼けした肌。
快活そうに笑う目元。
いつも自分を気遣ってくれる優しさ。
胸がきゅっと締め付けられる。
「……なんだよ」
カイがむすっとした表情で返してくる。
あぁ、この想いはまだ告げられないな。
この関係性を壊したくないから……。
朔はそう思いながら、想いを秘める。
そして、振り切るように
「なんか、兄というより、やんちゃな弟かも」
と返した。
「なんだ、生意気だな」
カイは朔のほっぺたを両手でつかみぐいーとひっぱる。
「ちょっ、痛いって」
朔はいいながらも、そうやって構ってもらうのにどこか嬉しさを感じていた。
そこで、ほっこりしながらも、目の端に、何かが動いているのに気づく。
「あっ、糸引いてるかも」
「えっ、ほんとか?!」
朔の声にカイは朔丸のほっぺたから手を放し
釣り糸に飛びつく。
そして、思いっきり竿をひくと、
釣り糸の先には、小ぶりのフナが2匹もかかっていた。
おぉ~っと二人で歓声を上げる。
「今日の昼めしはこれでいいか」
カイはそう言いながら、もってきた小刀でフナを
器用に捌き串刺しにした。そして塩をパラパラ振りかける。
一方で、朔はあらかじめ河原で集めてあった
石を円形に並べ、その中央に枯れ枝や杉の葉を置く。
火打石で火をつけると、ぱちぱちと音を立てて炎が上がった。
「だいぶ、上手になったな」
串刺しにしたフナを焚火台に立てかけながらカイが
笑顔で朔をほめる。
焚火台の作り方を朔に教えたのはカイだったが、
朔はまたたくまにやり方を覚え、
カイ以上に手早く焚火台を作れるようになっていた。
すると、それに対し
朔は笑顔で
「うん、でしょう?ふふっ」
と笑う。
「だめだ……、かわいい」
ぼそりと呟くカイの声は朔の耳に届かず
「なんか、言った?」
と朔は聞き返す。
「……いや、なんでもない」
顔をそむけるカイに、朔は
「ふーん、あ、フナ、ひっくり返さないと」
と気にすることなく、フナを焼いていた。
それから、しばらくすると、
フナの皮がやける香ばしい匂いが辺りに漂い、
ジュージューと音がしだした。
それから、しばらくして焼き加減を確かめた
朔が
「小ぶりだけどおいしそうだね」
と言いながら、焼きあがったフナの串をつかむ。
そして、一本をカイに渡した。
「朔、一言多いぞ。
小さい方が、味が濃いんだ」
カイは言いながら、フナにかぶりつく。
「あちっ」
カイが声を上げる。
「もー、大丈夫?」
心配する朔に
「大丈夫大丈夫」
と言いながら、カイは持ってきた竹筒から水を飲んだ。
「あ、これ朔の分」
もらった竹筒を受け取りながら
朔は
「ありがとう。ごめんね。
いつも重くない?」
とカイを気遣う。
「いや、これくらいなんともないよ」
笑うカイを見ながら、朔は、
カイの笑顔は素敵だな~。まるで晴れ渡る空のようだ
とぼんやり考えていた。
そして夕刻になり帰る時間になった。
もう、帰る時間か……。
朔は名残おしさを感じながら、小袖をぬいで、
近くの木の枝にかけていた水干に着替えた。
「これ、貸してくれてありがと」
朔は小袖を折りたたんでカイに渡す。
「あぁ、また、明日な。寺までおくるよ」
「いや、大丈夫。もし、カイと遊んでいるの見られたら
うるさくいわれるし」
「そっか。めんどくさいな。
寺の連中は。
朔に変な虫がつかないよう見張ってるんだな」
カイがぼやく。
「うーん、そこはよくわかんないけど。
とりあえず帰るよ。
また明日ね」
朔はカイと笑顔で別れた。
西日が山の端に沈みかけていた。
村の家々からは夕餉の支度をする煙が立ち上っている。
寺の山門の近くまで来て、そっと誰もいないのを確かめると
朔はそっと中に忍び込んだ。
そして、稚児棟まで小走りでいくと、自室に入った。
すると、となりの部屋から稚児仲間の弥吉と千代若がやってきた。
弥吉は朔より年上の13歳で千代若は年下の10歳の少年だ。
「おい、朔丸。お前、また出かけてただろ。
あの、カイとかいう村のガキと一緒に遊んでたんじゃないのか?」
「いや、ちょっと散歩しただけだよ」
朔はちらりと弥吉をみて、返した。
あと、俺は朔丸と呼ばれているらしい。
その名を聞くたび、
これは夢ではなく、
誰かの記憶なのだと思い知らされる。
「ふーん、気楽でいいな。
俺たちは、さっきまで書庫の整理を手伝わされたってのに」
嫌味をいう弥吉に横にいた千代若が
「しょうがないじゃん。朔丸は家柄が違うし。頭もいいし。
俺たちとは違うって」
と言った。
「なんだよ、千代若、お前、朔丸の味方のようでいて、当てこすりか?」
弥吉がしらけると、千代若は慌てたように
「いや、違うよ。正直な気持ちで……。
朔丸、違うからね」
と弁明してくる。
それに、朔丸はふっと笑ってしまった。
稚児の3人は基本的には仲がいい。
朔丸より年上の弥吉は地元豪族高梨家の次男だ。
長男が家を継ぐため、寺に11歳で預けられた。
朔丸は5歳の時に預けられているため、
寺暮らしは朔丸の方がずっと長いが
弥吉は年上のせいか兄貴風をふかしてくる。
しかし、朔丸はそれが嫌ではなかった。
対して、千代若は10歳の少年だ。
千代若は商人の息子で小さいころ病弱で
高熱を出して死にかけた。
その時父母がこの子が助かったら寺に預けますと
願掛けをし、助かったので寺に預けられた
という経緯がある。
商売がうまくいっているらしく
千代若はちょくちょく実家に帰っては
両親に甘えて戻ってくる。
そのせいか、いつまでたっても
甘えん坊のところが抜けない。
朔丸に対してもまるで兄のように接してくる。
そんな千代若を朔丸はかわいく
思っていた。
「そういえば、朔丸。
慈円様から伝言。
夕餉が終わったら、用があるから部屋に来いって」
弥吉がちょっとムッとした表情で伝えてくる。
「あ、そうなんだ。わかった。
なんかの清書の手伝いかな?」
朔丸が答えると、弥吉は
「あー、また、朔丸だけ特別扱いか。
どうせ、お菓子とかもらってんだろ」
と嫉妬心を明らかにする。
「えー、朔丸、お菓子もらってるの?
僕の分ももらってきてよ」
千代若まで不満そうにいうので、
朔丸は面倒くさくなる。
「そんなの言えるわけないだろ。
なんていうんだよ。
『千代若の分ももらえますか?』って?」
「言えばいいじゃん。
朔丸なら大丈夫だよ」
「いや、ずうずうしいでしょ。
しかも、そんな毎回もらっている
わけじゃないし……。
たまにだよ、たまに」
「えー、でもずるい」
「……もう、行ってくる」
朔丸はそう告げると立ち上がった。
「え、夕餉は?」
そういう千代若に
「うん、俺いいや。
お腹すいてないし」
と朔丸が返すと、やり取りをきいていた
弥吉が
「おい、お前、貧弱なんだから
夕飯ぬかすとか馬鹿な真似はやめろ」
と冷たい視線を向けてきた。
ちょっとたじろぐ朔丸だったが
「あ、お腹の調子が悪いから本当に大丈夫。
千代若か弥吉が食べといて」
と言い残し逃げるようにその場を後にする。
後ろで千代若が
「やった~」
と喜ぶ声が聞こえてきた。
稚児棟から庫裏の前を通り、
住持棟へ向かう。
庫裏の前を通る時、炊事場で
煮炊きしたあとの香りが漂っている。
思わず朔丸のお腹がぐ~と音を鳴らした。
夕餉食べてから来ればよかったかも。
朔丸は少し後悔をしつつ、住持棟の
慈円の部屋の前に立った。
「慈円様、参りました」
障子の外から声をかけると、
中から
「入りなさい」
と低い落ち着いた声が返ってきた。
朔丸は障子をあけ中に入る。
そこには40代始めくらいの男性が座って
こちらを見ていた。
慈円だ。
慈円は、この寺の執事であり、
住持の次に偉い人物だった。
実質的に寺を切り盛りしているのも
慈円だ。
そのため寺の者たちは皆、
慈円を頼りにしていた。
一方で180cmの長身で、すっきりした切れ長の目元に
鼻筋のとおった顔立ちで、凛とした雰囲気をまとっていた。
慈円が現れると、
寺に用事で来ていた若い女性たちが
妙にそわそわしているのを
朔丸は何度も見たことがあった。
朔丸は、寺に預けられた時から、
慈円に目をかけられており、
ちょくちょくこうやって部屋に呼ばれていた。
「朔丸、思ったより早かったな。
夕餉は食べたのか?」
慈円の言葉に朔丸は答えようとして
代わりにお腹がぐーとなった。
「……食べてないのか?」
慈円の言葉に朔丸は
「はい……」
と気まずそうに答える。
その頬は赤い。
その朔丸の様子を見て、慈円はふっとわらった。
「仕方ないな。
本当は、飯を食べずに菓子を食うのは
よくないんだろうが菓子を食べるか?」
そう言って、傍らの唐櫃のふたを開けると、
中から小さな饅頭を取り出した。
白い皮の下に甘い小豆餡が詰まっている。
朔丸は、
「うわぁ……」
と歓声をあげた。
口の中に唾が湧き、思わずごくりと喉を鳴らした。
「いいんですか?
こんな高級なものいただいても」
朔丸の出身は貴族だが、
寺にいる今は甘味は滅多に食べられない。
慈円は、そんな朔丸をみて
優しそうな笑みを浮かべ
「遠慮せずに食べなさい」
と促してくる。
「いただきます!」
朔丸は饅頭を口にいれた。
すると口のなかに広がる甘い味に思わず笑みがこぼれる。
そんな朔丸を慈円は優し気な瞳で見守っていた。
「お前は、幼いころから
本当に甘いものがすきだな」
慈円の言葉に、朔丸は「そうですね」と頷く。
「慈円様がこうやってちょくちょく
ごちそうしてくださるから
餌付けされちゃいました」
朔の言葉に、慈円は温かい茶を、朔丸の前へ差し出しながら頷いた。
「本当に。
お前が本当に嬉しそうだから
私もひな鳥に餌をやっている気分だよ」
「?そうなんですね。
何の鳥ですか?」
「……ものの例えだ」
慈円は呆れた顔をした。
「ところで、今日よんだのは
この書類を清書してほしかったのだが、
頼めるか」
慈円が、書類を文机の上に置いた。
「了解しました」
饅頭を食べ終えた朔丸が
文机の前に向かう。
外はすでに暮れていたが、燭台に立てられた太い和ろうそくが部屋を明るく照らしていた。
そのため書類を難なく見ることができる。
朔丸は流麗な文字を紙の上に走らせた。
慈円は、別の書類に目を通しており、
しばらく静かな時間が流れていく。
少し開けられた格子窓から
5月の柔らかな風が入り、
虫の声がきこえていた。
「終わりました」
半刻ほど過ぎた時、朔丸が慈円に呼びかけた。
「そうか」
慈円は朔丸の清書したものに目を通し
「相変わらずお前は美しい字を書くな」
と感想をのべる。
それに朔丸は
「そうですか?
ありがとうございます」
そう言って喜ぶので、慈円は目を細めて
「本当に将来有望な子だな」
と朔の頭を優しい手つきでなでた。
そして、つぶやくように
「……本当に惜しい」
と零す。
朔丸は聞き取れず
「なんとおっしゃいました?」
と聞くも慈円はただ
「なんでもない。今日は助かった。
また、手伝ってくれ」
とほほ笑むのだった。




