水神の淵
「おまたせしました。これが村の神主をしている村田和則といいます。実の弟でしてね」
「村田和則です。よろしく」
村田館長の弟の神主さんは、70代前半くらいの風貌だった。
中肉中背で白髪の短髪である。
にこやかだが、どこか神主というよりビジネスマンのような雰囲気である。
神主は、一瞬ちらりと朔にするどい目線を投げた。
朔はそれにきづかなかったが、海翔は見逃さなかった。
不穏な気持ちが胸に湧く。
「僕は、一条海翔といいます。こっちは……」
「水無瀬朔です。よろしくお願いします」
自己紹介が終わると館長は佐々木に向き直った。
「じゃ、ここからは、うちの弟が案内しますんで。佐々木さんはもう帰っても大丈夫ですよ」
館長の言葉に、佐々木はのんびりという。
「あ、そう?じゃあ、今日は町にもどりますわ。ホテルの場所とか、何か困ったことがあったら連絡してくださいね」
佐々木は、自分の名刺を、朔に渡すと、じゃあまた!と車にのって去っていった。
「じゃ、ぼちぼち行きましょうかね」
神主が、自身の乗ってきた車のロックを開ける。
朔と海翔は二人とも後部座席に乗った。
「よろしくお願いします」
「はい、じゃ、まずは村を一周ぐるりと案内しますね。じゃ、兄さん行ってくるよ」
神主が、運転席側の窓をあけて、館長にあいさつをする。
それに館長が目配せのようにうなずくのを海翔はみた。
車は田園沿いの道を走っていく。
稲は黄色く色づき始めており、収穫の時期が近いことを知らせているようだった。
「素敵な景色ですね」
朔が感想をのべると、村田神主は
「そうですかね、普段ここで生活をしているとこの景色も日常でね。
何もないとこですよ。
ただし、都会の生活に慣れた人にとっては新鮮なんでしょうね。
ゆっくりしていってください」
「村の人を、見かけないですね。村の人口は何人くらいですか?」
「そうですね、60人くらいでしょうか。
ここも例にもれず、若者は都会に働きに行ってしまうので、年寄りが多くてね。
私なんかもここではまだまだ現役世代ですよ。
年寄りが多いことと、最近の温暖化もあいまって、真昼間はあまりみんな外にでませんね。
おそらく、家の中で、午睡でもとっているのでしょう」
「そうですか。ロハスな生活ってちょっと憧れます」
朔が笑顔で言うと、神主はにっこりして、
「都会の人には新鮮でしょう。ぜひゆっくりしていってください。
もしかすると、田舎の方が性に合うかもしれませんしね」
と勧めてきた。
そうこうするうちに、車はとある吊り橋の前で止まった。
「じゃ、まずはここが言い伝えのあるところなので、案内しますね」
と神主が車を降りると同時に朔と海翔も車を降りた。
吊り橋の下は川が流れている。
透明で鮎でも泳いでいそうな清流だ。
「まずは、ここが言い伝えのある場所の一つです」
吊り橋のたもとに、解説看板があった。
朔も海翔も看板の説明を読み始める。
「深瀬村 水神伝承の地
このつり橋の先、川の上流域は、かつて本村に伝わる水神信仰の中心地でした。
古来よりこの地では、豊穣と水の恵みを願い、特別な儀が執り行われていたと伝えられています。
記録によれば、その儀は新月の夜に行われ、村の存続を願う重要な役割を担っていました。
しかし、ある時代を境に、儀式は途絶え、その後、村は次第に衰退の道を辿ることとなります。
現在でも、当時の言い伝えや習俗の一部は、地域の記憶として静かに受け継がれています。
自然豊かなこの地で、歴史の一端に触れてみてください。
※足元には十分ご注意ください。
(以下、古くから伝わるてまり歌)
つきのないよる みずがよぶ
しろいこ ひとり えらばれる
おして おとして ふちのそこ
ついて おいでと てをのばす
ひとりは しずみ かえらない
ひとりは うかぶ かえってく
みずのかみさま どうなさる
しっているのは だれだ」
「すごい、興味深いね」
朔は瞳を輝かせる。
「なんか、最後のてまり歌、不気味だな。とりあえず撮っておくか」
海翔はスマホで解説看板の写真を撮った。
「あとで、とった写真おくって」
「りょーかい」
「それにしても……このてまりうた変じゃない?」
朔が小首をかしげる。
「なにが?」
「『しろいこひとりえらばれる』って書いてあるのに
『ひとりは しずみ かえらない
ひとりは うかぶ かえってく』って、結局生贄は一人なの?二人なの?」
「確かに。神主さんなにかご存じですか?」
海翔が神主に尋ねると、神主は「あぁ~」と張り付けたような笑顔になった。
「よくわかりませんが、まぁ、その年によって、遺体があがったり、あがらなかったりしたんじゃないですかね」
「あぁ、そうかもしれませんね。しかも、小さい村で、人間を二人も人身御供にするとなると、その分働き手が減りますしね」
海翔がうなずく。
「でも、もしかして、この『しろいこ』って働き手じゃなかったんじゃない?
体が弱くて、働き手にならなかった。だから室内にいて日が当たらないから
色白だった。その結果、選ばれたとか」
朔が川をみながらつぶやいた。
「……かもしれませんね」
神主が笑顔のまま同意した。
その笑顔は、目は笑っておらず、冷ややかさを感じさせた。
まるで狐のようだ。
海翔はその笑顔をみて、少しゾッとするのを感じた。
「じゃあ、橋を渡って先に行ってみましょう」
神主が先を促した。
吊り橋は、ワイヤー製の頑丈なものだったが、幅は一人しか通れない。
神主、海翔、朔の順番で、わたっていく。
海翔はなんとなく、神主に朔を近づけたくなかった。
「みそなえさま、逃がすな」
さっきの会話が頭にこびりついていて離れない。
しかも、館長、神主の態度がどうもうさん臭さを感じる。
疑心暗鬼になっているかもしれないが、用心しておくにこしたことはない。
日が上っているうちに、絶対この村を離れよう。
警戒しつつ、橋を渡り終えた。
橋を渡り終えた先は、山道になっている。
木の根がところどころ張り巡らされた細道を神主のあとをついていく。
樹木のおかげで日陰になっているところが多く、橋を渡る前より涼しさを感じた。
かしましいセミの声もどこか遠くにきこえるようだ。
「なんかさっきと違って異空間みたいだね」
朔が感想を述べた。
「ああ、そうだな。体調は大丈夫か?」
心配する海翔に朔はにっこりとした。
「うん、大丈夫。木陰になっていて涼しいせいかな。体も軽く感じるんだ」
「そうか、無理と思ったらすぐ言えよ」
二人の会話を聞いていたのか、神主が振り返って「あと、5分程度で次の場所につきますから」と言った。
しばらく歩くと滝の音がした。
しばらく坂道をのぼると、崖になっているところがあり、手前の方に、進入禁止のロープが張られている。
崖からは勢いよく流れる滝がみえた。
崖にはちいさな祠があり、そこに案内看板もたてられている。
「なんか雰囲気あるね、ここ」
朔の感想に、神主が答えた。
「そうですね。ここが生贄がささげられていたところと言われています。」
案内看板をみると以下の説明書きが書かれていた。
水神の淵について
この場所は、かつて深瀬村において水神へ祈りを捧げる重要な祭祀の場であったと伝えられています。
崖上より流れ落ちる滝の下には深い淵があり、古くより神の依り代とされてきました。
記録によれば、この地では新月の夜に特別な儀が執り行われていました。
その詳細は明らかではありませんが、水の恵みと引き換えに、何かを捧げる必要があったとされています。
しかし、ある時期を境に儀は途絶え、その後、村は長く衰退の時代を迎えました。
現在もこの場所には小さな祠が祀られており、往時の信仰の名残を見ることができます。
なお、足場が不安定な箇所が多いため、ロープの内側への立ち入りはご遠慮ください。
「なんか不気味だな。何かをささげる必要って。明らかに生贄だろ」
「だよね。濁してあるけど……。ある時期を境に儀は途絶え衰退の時代を迎えたって……、何があったんだろ。やっぱり、生贄は残酷だってことになったのかな」
「さぁ、そうだったらいいけどな」
言いながら、海翔と朔は、ロープの手前から淵を見た。
崖が急なため、意外とロープの手前から淵が見える。
そこだけ、色が一段と暗くなっており、まるで何かを呑み込みそうな不気味な雰囲気を醸し出していた。
なんか吸い込まれそうな気がしてくるぜ。
淵をみた海翔はぞっとした。
そして、ふと、朔の方をみた。
朔は、ぼぅっとした表情を浮かべ、淵を見つめている。
すると、いきなり、ロープの先へと片足を踏み出そうとした。
「おいっ、どこ行くんだ?!」
海翔が大きい声をだすと、朔ははっとした表情になり、海翔をみた。
額に汗がにじんでいる。
「立ち入り禁止だぞ。ロープの先は」
海翔の言葉に朔は
「あぁ……、そうだよね。何してんだろ。なんか呼ばれた気がしたんだ。
白昼夢でもみてたのかな……?」
とどこかうつろな目をしてつぶやく。
「おい、もう帰るぞ。村田さん、朔が具合わるそうなんで、今日はもう……」
「そうですね。暑さがたたったかな。帰りましょうか」
神主も心配そうな顔をして、元来た道を戻り始めた。
「この村は割と涼しいことが多いんですが、ここ数年の温暖化で
やっぱり暑い日も多くなってですねぇ。
たまにこうやって体調崩す方もおられるんですわ。
無理させちゃったかな。すみませんね」
神主は一人でしゃべっている。
なんとなく、朔を最後にしたくなくて、今度は、朔を先にいかせ、海翔は後ろをついていく。
後ろから誰かがじっとみているかのような薄気味悪さを感じつつ、朔が山道を滑り落ちないよう、海翔は朔の手を取った。
朔は、それに抵抗することなく、そっと握り返す。
朔の手はひんやりしており、どこか生気を感じさせない。海翔は絶対放すまいと、手の力を少し強めていた。
朔の具合が本格的に悪くなってきたのは、山道をおりて車のところにたどり着いたときだった。
朔は「なんだろ……、息が、苦しい……」と息をはぁはぁと荒くしてうつむき座り込んだ。
顔色はまるで紙のように白く、冷や汗が顔中に浮かんでいる。
「朔!大丈夫か?救急車!村田さん、救急車よんでください!」
朔の肩をだきながら、海翔が叫ぶ。
「大丈夫ですか?あぁ、これは軽い熱中症になっているようだ。これはスポーツドリンクだから、これをとりあえず飲ませて。
救急車が来るのをまつより、こっちから行った方が早い。車に乗せて」
神主がやけに落ち着いた様子で後部座席のドアを開け車に乗るよう促す。
確かに、こんな田舎だから、救急車が来るのに時間がかかるかもしれないと海翔も神主の意見に同意した。
海翔は朔を抱きかかえると後部座席に乗り込み、神主から受け取ったスポーツドリンクをぐったりした朔の口元に運ぶ。
朔はそれを2,3口飲み込むとそのまま目を閉じ、海翔にもたれかかった。
海翔は、苦しくないよう、朔を座席に寝せ、自分の膝に朔の肩から上だけ乗せた。
神主が
「近くの病院に運びます。一条さんも、熱中症になりかけているかもしれませんから飲んでください」
とスポーツドリンクを渡した。
「ありがとうございます」と海翔ももらったドリンクのふたをあけ、一気に飲む。
熱いからだに一気に染み渡るような冷たさが心地よかった。
車は発車し、田舎の道を少しスピードをあげて進んでいく。
海翔は朔の様子を心配そうにじっと見つめる。
さっきまで苦しそうだったのがウソのように朔はおだやかな寝息を立て始めていた。
それに海翔はほっとしながら、もっていたハンカチで朔の額の汗をぬぐう。
そうしているうちに、海翔はなにやら強い眠気を感じ、そしてついには意識を手放してしまった。
その様子をバックミラーで確認した神主は、笑みを浮かべていた。
どこか鼻歌でも歌いだしそうな様子で、車は病院ではないどこかへ向かうのだった。
次やっと室町時代に移ります。




