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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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27/30

悔恨

朔丸が生贄となった翌日。


村には雨が降った。

それまで降らなかったのがまるで嘘のように

激しい雨が降り、大きな雷の音が轟いていた。


村人は儀式が成功した、水神に祈りが届いたと

喜んでいたが、慈円はそれが朔丸の嘆きの現われのように

感じていた。


カイの遺体は上がったらしい。

そして、それは丁重に葬られたとのことだった。


伝承の通り朔丸は水神の嫁となったのか

遺体は上がらなかった。


それらの報告を受けつつ、慈円は日々の仕事に没頭していた。

そうでないと、自分がおかしくなりそうだった。


ふと自室で仕事をしているときに

つい、

「朔丸、あの書類だが――」

などと呼びかけてしまう。

そして、一拍ののちに

「あぁ、もう、朔丸はいないのか――」

そう気が付く。

そういったことが数度あり、慈円は自身が正気を保てるのだろうかと

一瞬不安に陥る。

今まで、ここまで平静を失ったことはない。

朔丸を失って初めて慈円はその喪失感の大きさに気づき始めていた。


そして、生贄の日から一週間。

新たな問題が起き上がった。

雨が、止まない。



慈円のところに新たに名主になった者と他数名の村人たちが相談に来た。

大雨が続き、川が氾濫しそうになっている。

儀式は成功したのか?

これは朔丸の祟りではないか?


皆不安からそう口々にきいてくる。

慈円は村人たちの話をききながら、心当たりがあった。

儀式は神託の日から一日ずれており、新月の日ではなかった。

だから儀式が完成していないのではないか、と。


村人たちには再度神託を仰ぐことを約束し

翌日早速神託を仰ぐ儀式を執り行った。


すると、結果は、予想通りだった。

神の言葉をその身に降ろして告げる信託者が告げたのは以下の言葉だった。


「神託の日にあらず」

「人の手が神事を乱した」

「ゆでに婚儀は成らず」

「されど、その身はすでに神へ渡れり」

「命の気は捧げられ、魂の一部もまた神のもとへ」

「ゆえに、ご神体となる」

「祈りを捧げれば、天は鎮まらん」



「人の手が人事を乱した」はおそらく

朔丸が捧げられるとほぼ同時に

カイが助けようと川に飛び込んだことを指している。

そして、「ご神体になる」とは一体――。

慈円が頭を悩ませていると、

村人から連絡が入った。


川に朔丸の遺体があがったがどうすればいいかとの相談であり、

慈円はすぐに現場に向かった。


朔丸の遺体は藁の上に寝かされていた。

驚いたことに、それはまるで生きているかのようだった。


「……朔丸」


慈円は思わず朔丸の頬に触れた。

が、それは体温を失っており冷たい感触が慈円の手に伝わる。

明らかに生きている人間の体ではない。

だが、不思議なことに、朔丸はただ眠っているだけのように見えた。


「イキガミ様じゃ……」

いつかの生贄について語っていた老婆がそこに現れ

膝をついて拝み始めた。周囲にいた村人たちもそれに倣う。


周囲は朔丸を畏れ多い神として崇めだした。

その光景を目にしながら、慈円の頭には信託者が伝えた最後の言葉が浮かんだ。


「――朔丸は神に捧げられご神体となった。

 ご神体を奉納し祈りを捧げよ。

 さすれば、天候は落ち着くだろう」


慈円がそれを告げると村人たちはもはや地面に額をついて

祈り始めた。


その村人たちを放っておき慈円は朔丸の遺体を用意させた担架にのせ

寺院の敷地内にあるお堂に安置することにした。


あっという間にお堂の中は整えられ、棺に新たな白装束に着替えされられ身を清められた

朔丸が安置される。

あとで名主にそれを伝えねばと慈円は思いながらも

一人になり、棺の中の朔丸に近寄った。


挿絵(By みてみん)


周囲は菊の花が供えられ、ろうそくが灯されており、伽羅の香がたかれている。

その中で朔丸は本当に眠っているかのようだった。


「――朔丸」

慈円はぽつりとこぼすように話しかける。

だが、朔丸はその瞳を開くことも口を開くこともない。

ただ、静かに横たわっているだけだ。


「朔丸、もう苦しくないか。また、お前の姿を目にすることができるとは

 思わなんだ――」


そう語りかけながら慈円は朔丸を見つめる。


「朔丸、私は間違っていたのだろうか。

お前がカイと逃げ、捕まり、私と生きることを拒んだと時

私はお前を助けるのをあきらめてしまった。

あの時、諦めずに何かしていれば、私は今頃、

このようになったお前を見ずにすんだのかもしれぬと思うと――」


慈円は言葉を切った。

代わりに目からは一筋の涙がこぼれる。

周囲には誰もいない。

ただ、朔丸の遺体と自分だけだ。

慈円は、ただ静かに涙を流し続けた。

それをぬぐうことなく、ただじっと朔丸の遺体を見続けていた。

いつまでも見続けていた。



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