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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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26/30

今際

夕日が沈みかけ、山の稜線を赤く染める。

空は黄色に茜色が混じり、雲は灰色にその色を変えた。


朔丸は湯あみをさせられ、白装束を着せられていた。

顔には薄く化粧を施され、額には赤い蓮の模様を描かれる。


装束を着せられるとき、左手に結んでいた桃色の組み紐を

外されそうになり、朔丸は


「すみません、これはこのままで」


と頼む。


すると、支度をしていた坊主は無言で頷きそのままにしてくれた。


その後の準備も淡々と進められる。

見知った顔の寺の坊主や下男たちも皆一様に無言だった。

おそらくなんと声をかけていいのかわからないのだろう。

皆、目をあわせることなく、視線は下を向いていた。



支度を終え、駕籠にのるため、寺院の外に出る。

丹塗りの浅沓を履かされ外に出ると、ちょうど山の端に陽が沈むところだった。

ヒグラシが鳴いている。

雨が降らないせいで昼間は太陽の光が痛いくらいだったが

山から風が吹いてきて、朔丸は目を閉じて、「気持ちいいな」とぼんやり感じていた。

昨日まで当たり前のように見ていた景色が急に鮮やかに見えてくる。

そして、この景色をみるのもこれが最後なんだろうなと思っていた。



慈円はその様子を離れた場所から見ていた。

今更かける言葉も合わせる顔もない。

事態は動き始めており、どうすることもできない。

自身でも気づかぬうちに歯をくいしばりこぶしを握りしめていた。


ただ、支度を終えた朔丸はこの世の者とは思えないほど美しかった。


朔丸と親しくしていたはずの弥吉と千代若は姿を見せない。

きっと、朔丸が生贄になるのを直視したくないのだろうと慈円は思った。


支度を終えた朔丸は寺の者に促され籠にのせられる。

それを寺の下男が4人で抱え、生贄の祭壇がある淵へと向かっていく。


本来であれば儀式を進行するのは慈円の役目だった。

しかし、慈円はそれを他の者に任せた。

卑怯と思う者もいるかもしれない……、だが、耐えられなかった。

だが、朔丸の最期を見届ける責務はあると思い、

慈円は朔丸が運ばれている籠のあとを他の寺の者たちと

一緒についていく。

その足取りはまるで錘でもついているかのように重かった。


一方その頃、弥吉と千代若は村へと急いでいた。

村に着くと真っ先にカイが閉じ込められている納屋に向かう。

村人は年寄りと子供以外は全員儀式に向かったのだろう。

納屋の前にいつもいたはずの見張りはおらず、ただ

閂だけがかけられていた。

弥吉と千代若は閂をはずすと、中にはカイが待っていた。

まるで、弥吉と千代若が来るのがわかっていたようだった。


「朔は?!」


カイは朔丸の身を案じる。すると、弥吉が


「もう猶予はない。籠で淵へと運ばれていった」


それをきくとカイは飛び出す。


「場所はわかるのか?!」


弥吉の問いにカイは答えた。


「深瀬川の上流だろ。寺の裏手の山道を言った先の」


「そうだ」


「じゃあ、場所はわかる。先に行くぞ」


そうして普段力仕事をしないため、体力がない稚児達をおいて


カイは駆け出した。


日はほぼ沈みかけ、東の空には糸のような月がぼんやり浮かびかけていた。




日が落ち辺りが暗闇に包まれた。


太鼓、鉦、篠笛の演奏が始まり周囲は荘厳な雰囲気になる。


朔丸は設けられた台座の上に座りながら、その時がくるのを待っていた。


そばにいた寺の坊主から「これを」と盃を渡される。

なかには酒がいれられており、朔丸は言われるがまま口をつけた。


飲み込むと胃の腑がカッと熱を灯したようになる。


伏し目がちに周囲の様子をみると、村人たちはひとところに固まっており


皆一様に黙り込み朔丸を凝視しているようだった。


朔丸は、カイを目で探したが見つからなかった。


おそらく、監禁されたままなのだろう。


最期に一目姿を見たかったな……。


朔丸はそうぼんやりとおもった。


儀式は進み、寺の僧侶達の読経がおわり、


今度は祝詞があげられる。


それがおわったら、いよいよだ。


自分は川の淵へ投げ込まれる。


朔丸は静かに目を閉じた。覚悟は決まっていた。


だが、目を閉じたせいか、今までの自分の人生が走馬灯のように思い出される。


5歳の時に母親と離され、寺に預けられた。


そして、稚児としての生活が始まり、勉強に修行にと


日々明け暮れていた中、カイと出会った。


それから、カイと過ごしたあの平凡ながら楽しかった日々。


カイとならどこへでも行ける気がした。


「俺、漁師にでもなって、毎日朔にうまいもの食わせるよ」


そう言って笑ったカイの笑顔が頭に浮かぶ。


そして朔丸はそっと右手で左手首を握った。


そこには、あの日カイにもらった桃色の組み紐が結ばれていた。


挿絵(By みてみん)


朔丸の右の眼尻から一筋の涙が流れていく。


あれから、そんなに経っていないはずなのに、もう随分昔のことのように思えた。


「もう一度、カイの声を聞きたかったな」


朔丸はゆっくりと目を開けた。



その時だった。



村人たちがいたところで騒ぎが起きだした。


「おい、押さえつけろ!」

「どうやって抜け出したんだ!」


そういう声に交じって、一つの声が朔丸の耳に届く。


「朔―っ。逃げろ!」


声の方をみると、数人の村人に押さえつけられたカイが

朔丸の方をみて叫んでいる。


朔丸は思わず目を見開いた。


ちょうどその時祝詞が終わった。


朔丸は側にいた坊主に崖の淵にたたされる。

そして太鼓がドンとならされると同時に

肩を押され、川へと突き落とされた。


「朔――――っ!!!」


カイの絶叫する声が周囲に響く。

落ちる瞬間朔丸はカイの方をみて一瞬ほほ笑んだ。


カイを安心させたかった。

その一念で朔丸は微笑んだ。


そしてその身は川へと投げ出され、水しぶきがあがったかと

思うと暗い水の中へ飲み込まれていった。



朔丸が川に落ちた瞬間、

その光景に気を取られた村人の力が弱まった隙に

カイは自身を押さえつけていた腕をはねのけると、

朔丸をおって川に飛び込んだ。



遠くから一連の様子を見ていた慈円は驚愕していた。

朔丸がその身を淵に落とされる瞬間を、慈円は胸がおしつぶされそうな

思いでただ見守るしかなかった。

そしてそのあと、カイが朔丸をおって川に飛び込み辺りが騒然となるのを

茫然とみていた。


「慈円様、どうしますか?」

寺の坊主が慈円に指示を仰いでくる。

それに慈円はハッとすると、

「儀式は完了した。

 カイは村人たちで捜索するならば続けるがよい。

 ただし、周囲は日が落ち暗いため危険だから

 気を付けるよう村人に伝えよ」


そう伝え、寺に戻ることにした。

辺りから「いたか―?」「いや、いない」「こんなに暗くちゃあ厳しいな」

といった声が聞こえてくる。

朔丸もカイもまるで川に飲み込まれたかのように消えたらしい。


慈円はなんとも言えない気持ちをかかえその場を後にした。

立ち止まっていたら、頭の中に、朔丸の最期の様子が次から次に浮かんできて

消えなかった。

慈円はその想いを断ち切るかのように寺へ戻る足を速めた。


空の月は静かに浮かび、騒ぐ人間たちを静かに見下ろしているかのようだった。





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