逢瀬
カイも慈円もなにも動けないまま、時は過ぎていく。
「朔丸という子が生贄になる日について神託を仰ぐことになったそうだ」
そうカイは父から告げられ、再度ショックをうけた。
……着々と朔丸が生贄になる準備が進んでいる。
カイは朔丸に会いたかったが、納屋に謹慎させられ見張りまでいるので
会いに行くことができない。
カイは絶望と焦操感のなか、忸怩たる思いを抱えながら毎日を過ごしていた。
そんな、ある日の晩。
カイは建付けの悪い納屋の戸がガタっと開く音を聞いた。
父ちゃんが来たのか?そう思い入り口の戸をみると
そこには、以前あった弥吉と千代若という稚児が2人立っていた。
カイは驚いて目を見開く。
すると弥吉が「入るぞ」というとずかずかと中に入ってきた。
「……お前ら、どうやってここに入ってきたんだ?
外に見張りがいただろ?
まさか腕づくで押しとおったのか?」
カイが稚児二人の細い腕を見ながらつぶやくようにたずねる。
すると弥吉が「平和的解決方法をとっただけだ」と酒瓶をかかげた。
「ちょっと強い眠り薬で眠ってもらったの。
今回の騒動の寺からお詫びとか言って渡したら、もうぐっすり」
千代若がにこにこと種明かしをした。
「おぉ……、そうか、お前らやるな……」
そうカイはつぶやくと、千代若はえっへんと誇らしげに胸を張った。
「それより、お前に状況を伝えに来たんだ」
弥吉が深刻そうな様子になる。
「朔丸の生贄の日がきまったらしい、新月の晩あたりって話だ」
「……そうらしいな」
カイがうつむいて答えた。それに弥吉が続ける。
「話はそれだけじゃない。俺は深瀬村の生贄の儀式について書かれた書物を読んだ。
歴代住持の記録だった。そこには恐ろしいことが書かれていた」
カイが顔をあげる。千代若は怖いのか弥吉に寄り添うようにピタッとくっついた。
「まず、生贄をささげる神は水神だ。
そして、儀式が行われるのは、寺の近くを流れる川の上流にある淵だ。
生贄は水神の嫁にされる。
水神の嫁になるということは、肉体も魂も水神にとらわれるということだ。
だから、生贄でささげられた肉体は淵に沈んであがってこないし、魂も生まれ変われない
とされている」
「なんだって?」
カイは生贄の儀式の残酷さにおののいた。死してなお、水神に囚われるというのか?
そんなの絶対許容できない。
もちろん、生贄自体も許せないが。
「……なんとかしないと」
「そうだな、それで考えたんだが、とりあえず、儀式を失敗させるために日付を書き換えるといいかと
思うんだ」
弥吉はつづけた。
「神託による儀式の日は、神託書に記され、神殿の祠に保管される。
もちろん鍵はかかっているが、場所は……、多分朔丸が知っていると思う。
……慈円様が朔丸には色々教えていたから」
「なるほど、じゃあ、朔丸にきいて、神託書を書き換えよう」
「それがだな……」
弥吉が苦しそうな顔をした。
「朔丸に伝えて、鍵の場所をきいたんだが、教えてくれないんだ」
「……なんで?」
「もう、大丈夫とかなんとかいって、おそらく生贄になることへの諦めと俺たちが危険な目に合うのを心配しているんだと思う」
「……」
カイが眼を見開く。
「だから、お前なら朔丸から聞き出せるかと思って、頼みに来たんだ」
弥吉はカイの目をじっとみた。その目には真摯さが宿っていた。
「頼む、朔丸を説得してくれ」
「もちろんだ。すぐに行こう、朔のところへ」
カイは一も二もなくうなずいた。
夜の闇の中をカイと弥吉と千代若の三人は気配を殺して進んだ。
弥吉は勝手知ったる住持棟の中を進む。
カイは入る前に注意を促す。
「この棟には、住持様と執事…つまり慈円様の部屋がある。
住持様は耳が遠いしお年を召しているから、
あまり気づかれないが、
慈円様は勘がするどいから気をつけろよ」
そういって、足音を立てないよう棟の中を進んだ。
棟の一番奥、つきあたりのところに着いたとき弥吉が小声で
言った。
「ここが朔丸がいるところだ」
そして格子の鍵をあけると
「誰か来ないように見張っているから、お前だけいけ。
朔丸と話してこい。
くれぐれも小声でな」
そう釘を刺して、カイだけ部屋に通した。
カイが中に入ると、ほの暗い部屋の中に、朔丸がいた。
灯明の明かりでうっすらとその顔は照らされている。
「……カイ」
朔丸はカイの姿をみると、目を丸くし、ぽつりとつぶやいた。
「朔丸」
カイはそういうと朔丸の側にいき、たまらず朔丸のからだを抱きしめた。
朔丸は、前回あった時よりもやせているように感じた。
朔丸もカイの背に手を回す。
しばらく抱き合った後、お互い体を離す。
朔丸は
「また、会えると思わなかった」
切なげな笑顔をみせた。
「朔、ここから逃げよう」
カイはとっさにそう口にしていた。
すると朔丸は、
「……無理だよ。
それに、仮に逃げられたとしても、僕の代わりに
他の稚児が生贄にさせられる。
僕はそれはいやだ」
「じゃあ、どうすんだよ。
俺は、お前を失いたくはない。
絶対に」
「……カイ」
朔丸は悲しそうな瞳でカイを見た。
「生贄の儀式の日が決まった。
逃げられないなら、別の方法を考える。
とりあえず、弥吉が神託書を書き換えようって言ってる。
そのために神殿の祠の鍵の場所を教えてくれ」
「でも……」
「お願いだ、頼む」
「……もし、本当に最悪のことになったとしても、生まれ変わってお前に会えなくなるなんて絶対嫌だ」
朔丸は息をのんだ。
生贄になったら、水神に囚われ、肉体は淵に沈み、魂は生まれ変われないと聞いていた。
しかしカイの言葉を聞き朔丸の心の中に想いが浮かび上がってくる。
もし本当に生まれ変われなくなったら……
もう二度とカイに会えない……。
カイは
「大丈夫だ。俺を信じろ」
と朔丸の目を見つめて言った。
朔丸は目を伏せた。
カイはきっと最後まで諦めない。
それに……もし本当に万が一があっても、生まれ変わってカイに会いたい。
水神に囚われたら、生まれ変わることもできない。
そうしたら……もう二度と、カイに会えない。
朔丸は覚悟を決めた。
「……鍵は、多分慈円様の部屋の文机の右側の引き出しに入っている」
そういうと、カイは
「わかった。じゃあ、すぐ取り出して……」
と体を起こそうとした。
そんなカイの腕をぐいっと引っ張ると、
朔丸は引き寄せられたカイの顔に手を添え
唇に口づけをおとした。
驚くカイの顔をみながら、朔丸は
「くれぐれも気をつけて……。無理しないで」
と忠告する。
それにカイは、にかっと笑い、
「わかった。すぐ迎えにくるからな!」
そう言って、朔丸を一度強く抱きしめると座敷牢を出て行った。
最後に一瞬朔丸を振り返り
「朔、お前もぜったいあきらめるなよ」
と言いながら部屋を後にする。
そんなカイの姿を見ながら朔丸は
――これが最後かもしれない。
そう思っていた。
そして、カイの後ろ姿をじっと目に焼き付ける。
座敷牢の高い位置にある明り取りの窓から、三日月よりも
さらに細くなった月が冷たく浮かんでいた。
イラストの明り取りの窓から覗く月が満月に見えますが、三日月より細い月に脳内補正をおねがいします。(修正する余裕がありませんでした)




