諦念
――朔丸が捕まった。
その一報が寺で待機していた慈円に届いたのは夕方前だった。
慈円は胸がつまるような思いでその報告を受けた。
周囲は「こちらです」と朔丸のいる方へ慈円を案内しようとする。
今の朔丸を見るのが辛いという思いと、無事を確認したい思いの狭間で
慈円は揺れていた。
が、しかし、この後の采配をしなければならない。
慈円は重い歩を進めた。
朔丸は稚児棟とは別の座敷牢にとらわれているらしい。
そこへ行く前に、村の男たちと手を後ろ手に縛られたカイの前を通りかかった。
慈円はカイを一瞥する。
そしてカイに
「守れもせぬのに、なぜ連れ去った?」
と問うた。
カイの顔は何度も殴られた後で腫れていたが、その表情に一瞬怒りと悔しさが混じったような感情が浮かぶ。
だがその後、カイは手を縛られたまま土下座する。
そして
「お願いします!俺がそそのかしたんです。
朔を助けてください!!」
と慈円に向かって懇願した。
慈円は胸に苛立ちが走るのを感じた。
そして、
「お前が連れ去りさえしなければ助ける道もあった。
お前が朔丸を窮地に追い詰めたのだ」
そう吐き捨てるとその場を後にした。
だがそう言いながらも、その言葉がどこまで本当なのか慈円自身にも分からなかった。
すると慈円の背中をおいかけるように
「お願いします!朔だけは助けてください!」
と再度、カイの声が追いかけてきたが慈円は後ろを振り返らなかった。
朔丸がいる座敷牢へと着く。
入り口には格子がはめられその入り口には錠がかけられている。
慈円は格子の前に立った。
部屋の中には、朔丸がぼんやりと座っていた。
慈円が来てもこちらを見ようともしない。
「――朔丸」
慈円が声をかけると、力なくその瞳をこちらにむけた。
その目は、泣きはらした後があった。
「――慈円様」
朔丸は目が合うとポツリとつぶやくよう慈円の名を口にしたが
その後もしゃべらない。
慈円も何と声をかければいいのかわからず、格子越しに向かい合ったまま沈黙がその場に満ちる。
「足、ひねったのか。腫れている」
やがて慈円が朔丸の右足首の腫れに気づいた。
そして、側にいた下男に濡れた布巾をもってこさせると
格子の出入り口のカギをあけ中に入り
朔丸の右足首を冷やした。
そして、もってこさせたヨモギの葉をすりつぶし
足首にぬり、布をあてたあと、添え木をした。
慈円が手ばやく手当をするのを
朔丸は、抵抗することも何か話すこともなく
ぼぅっとみていた。
手当が終わり、慈円は朔丸に
「折れてはなさそうだが、しばらく動かすな。
無理に動かすと治りがおそくなる」
というと、朔丸が
「――どうせ、生贄になるのですから」
とつぶやいた。
慈円は胸がつぶれそうな思いで朔丸をみる。
朔丸は慈円とは目を合わせないままだ。
しかし、その瞳は怒りも悲しみもなくただ前を向いていた。
それがより朔丸の絶望を表しているかのように慈円は感じた。
「まだ、お前が生贄になると決まったわけではない」
そう声をかけたが朔丸は無言のままだ。
「朔丸、目を覚ませ。
お前が、正しい方向に向かって生きるというのなら
私は手を貸す。
生贄にならないよう全力を尽くす」
朔丸の両肩に手を置き無理やり視線を合わせる。
すると朔丸は慈円を無表情で見つめ
「……正しい方向?」
とぽつりときいた。
「ああ、お前が私と共に生きるというのなら、私はお前を導き共に歩む。
もちろんお前だけは生贄にはさせない」
「……お前だけはとは?私の代わりに誰が生贄になるのです?
弥吉は身分的に無理ですよね?
千代若ですか?」
朔丸が淡々とでも確実に非難をにじませ問うてくる。
慈円は言葉に詰まった。
朔丸の言ったことが図星だったからだ。
朔丸はふっと笑うと
「……もう、いいんです。
駆け落ちは失敗しました。
カイと生きることが僕の幸せだったから
その道が絶たれた今、僕はもう他の誰かを犠牲にしてまで
生きようと思いません。
せめて、この命が村を、ひいてはカイを救うなら
もう、それでいい……」
そう言って、朔丸はやんわりと慈円の手を自身の肩からおろした。
それは柔らかな拒絶だった。
慈円はなす術もなくその場を後にした。
朔丸の静かな拒絶と「カイと生きることが僕の幸せだった」という言葉が頭から
離れなかった。
気づけばいつの間にか自室に戻り座り込んでいた。
一体どうすればよかったのだ。
私は何を間違えたのだ?
頭の中で自問自答する。
ただ、一つだけわかったのは、朔丸が私を完全に拒絶したということだ。
そして本人が生贄にならないことを望んでない以上どうすることもできない。
慈円は自身がなにか大きな渦に飲み込まれていくように感じていた。
そこから逃げるように、慈円は、ふと、部屋の窓から外を見る。
空には、まるで朔丸のような、白い三日月が浮かんでいた。
それは、流れてきた雲に隠れすぐ見えなくなる。
慈円にはそれがまるで朔丸の生末を暗示しているかのように思われた。
不安と悲しさとやりきれなさで慈円はただ空をみあげていた。




