覚悟
ふと、嫌な音を聞いた気がした。
カイは、耳を澄ませた。
明らかに知った声が聞こえた気がした。
カイは近くの木に登り、周囲を見渡す。
すると、少し向こうに人の集団が見えた。
まずい――。
カイは急いで木から降りる。
そして、木の下で待っていた朔丸に言った。
「朔丸、追手が来ている。
おそらく4町ほど先だ。
先を急ぐぞ」
「――わかった」
朔丸は一瞬緊張と不安が入り混じった表情をしたが、
覚悟を決めた様子でうなずく。
カイは朔丸を連れ先を急いだ。
しかし、朔丸は元々体力が村の男たちよりない。
夜通し歩いてきた疲れがたまっていたうえに、すぐに息が切れだした。
その一方で、追手の男たちの声は、徐々に迫ってきている。
カイは、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
その時、「あっ」と朔丸が声を上げて木の根に躓き転んだ。
カイは慌てて朔丸を抱き起す。
「大丈夫か?」
朔丸は足をくじいたのか右足首を手で押さえている。
見てみると、骨は折れてなさそうだが、ひねったようで、腫れている。
確認のためにさわると
「…痛っ」
と朔丸がこらえきれずに声を上げた。
「捻挫かな…。これ以上山道を歩くのは無理だな」
カイはそう判断する。
だが朔丸は
「大丈夫だよ……。これくらい。先に進もう」
そう言って、笑顔をつくり立ち上がろうとしたが、すぐに痛みでうずくまる。
カイは一瞬目を閉じた。
脳裏によぎるのは、朔丸と海辺の町で過ごす未来。
共に体をよせあい、助け合って、慎ましくも幸せに過ごす生活。
一緒にいたかった。
何気ない毎日をともに生きたかった。
でも、一緒にいられなくても、朔丸には生きていてほしい。
俺がどうなろうとも。
カイは目を開く。覚悟はもう決まっていた。
朔丸を近くの茂みに連れて行くと、
「いいか……。俺が追手をまくから、お前は何があってもここにいろ。
絶対動くなよ。それと、耳をふさいで目を閉じていろ」
「え……、なんでカイ、そんなこと言うの?
僕大丈夫だよ。転んじゃってごめん。
平気だから先に進もう」
朔丸は不安にかられた。
カイはなにをしようとしているのだろう。嫌な予感しかしない。
そんな、朔丸をカイは一瞬だきしめる。
「俺は大丈夫だ。いいか、絶対出てくるなよ!
約束だからな!!」
そういいおき、カイは追っ手の方にむけて走り出した。
そして朔丸のいるところから距離をとった後、
「俺はここだ!」
と大きな声を上げた。
朔丸は、離れたところからカイが自分の
居場所を追手に知らせる声を聴いた。
そして、次の瞬間、
追手の男たちが
「てめえ!!」
「勝手なことをしやがって!」
などの怒声をあげながら、ひとところに集まっていく音がした。
朔丸は恐怖にふるえつつも
カイが言った「目をとじ耳をふさぐ」はしなかった。
それよりもカイが危険な目にあうのではないかと
心配で、カイのいるところに向かう。
右足首は痛みに悲鳴をあげるが、
足をひきずりながら歩をすすめた。
カイの声が聞こえた場所に少し近づいたときに、
「あの、稚児のガキはどこに行った?
教えねえともっとひどい目にあわすぞ」
という声がきこえた。
朔丸は木の陰に身を潜ませ、様子を伺う。
すると男たちに囲まれて、カイが縛られていた。
「……知らねえ。俺ひとりだ」
カイの顔をみる。
するとその顔はさんざん殴られたようで腫れていた。
唇は切れ、口の端から血が流れている。
朔丸は、思わず、両手で口を覆った。
「そんなわけあるか!」
一人の男がカイを足で蹴った。
すると別の男が
「あんまやりすぎんな。
これでも名主の息子だ」
とたしなめるも
「知るか!
こいつは村をすてて、あの稚児のガキを
連れ去るつもりだったんだ。
俺たちよりもあのガキを選んだ。
制裁されて当然だ」
と怒った男がカイを殴ったり蹴ったりし始める。
それでもカイは何も言わずにただ耐えていた。
しかしその顔はより一層血を流し腫れ始める。
「やめて!!僕はここにいる!!」
朔丸は思わず、男たちの前に飛び出していた。
男たちが朔丸をみた。
するとそれまで黙っていたカイは、腫れあがった瞼をひらき
叫ぶ。
「なにしてんだ!!逃げろ!!」
しかし朔丸が逃げられるはずもなく、男たちに掴まり後ろ手に縛りあげられる。
すると、村の男たちにまじった寺の男衆が
「朔丸には慎重に頼む。
あまり手荒な真似はするな」
と制止した。
それを聞いて村の男の一人はにやりと笑う。
「そうだな……。大事な生贄だもんな。
神にささげるんだ。なるべく綺麗な姿のままでいさせなきゃな」
それをきき、頭に血が上ったカイは
手足を縛りあげられてるにもかかわらず、
それを言った男にとびかかり、顎に頭突きをくらわす。
「何すんだ、てめえ!!」
頭突きをくらった男は、怒りでカイを殴ろうとするも、他の男から
「その辺にしとけ。これ以上は死んじまうぞ」
と体を押さえられ、憎々し気にカイを睨む。
カイはその男の視線を気にも留めず、朔丸を見ていた。
朔丸も、悲し気な、申し訳なさそうな顔でカイをみる。
「……でてくるなって言ったのに」
カイが悲し気につぶやくも朔丸はそれに何も言えなかった。
ただ、その目からは涙が次々にあふれだす。
そして、
「……ごめん」
朔丸は一言つぶやくと、寺の男衆に促されるよう背をおされ、足をひきずりながら去って行った。
カイは茫然とその後ろ姿を見守るしかなかった。




