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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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逃亡

「朔、起きろ」



誰かが自分を呼んでいる。


でも、眠気にあらがえずにいると、体をゆすられた。


うっすら目をあけると、そこにいたのはカイだった。



朔丸は驚き、目を開く。


「えっ、カイ。なんでいるの?」


尋ねると、



「ここから逃げよう」


カイは必死な顔で訴えてきた。



その緊迫した表情に朔丸は


「え、なんで……?」


と戸惑う。



するとカイは


「村が干ばつで大変だから


 稚児を生贄にしようという動きがでている。


 そして、朔、お前が有力候補だ」


そう短く伝えた。



朔丸は心臓がドクンと跳ねるのを感じた。


「僕が生贄……?」


驚きで頭が回らない。


カイはいきなりきて何をいってるんだろう?


朔丸は茫然とする。



「驚くのはわかる。


 でも、父ちゃんたちが今日寺に生贄の交渉をしに行った。


 そして、帰ってきて、朔が生贄にされる可能性が高いって


 言っていたんだ。


 後ろ盾がないからって……」



「……そう、なんだ」



朔丸はショックを受けつつ思い出していた。


そういえば、今日、慈円様は寺に名主たちがきて


話し合いがあるって寺のお坊さんたちが言っていた。


それはこのことだったのか。


そして、自分が一番生贄に選ばれやすいというのは


わかる。


だって、今、誰も頼りにできる人は僕にはいない。


父も母も、親戚たちも戦で滅亡してしまったのだから。



カイは強いまなざしで朔丸をみる。


「朔、俺はお前を絶対死なせたくない。


 だから、このまま一緒に逃げよう」


「……どこに?」


朔丸が尋ねると、カイは



「クヌギの木の上から見えたあの海に向かっていこう。


 大丈夫。なんとかなる。


 俺がお前を守るから」



そう言ってカイは朔丸にニカっと笑いかけた。


その笑顔を見て朔丸は思った。


あぁ、この笑顔。まるで僕を導く太陽のようだ。


そうだ。僕は、この笑顔についていこう。



しかし、その時一瞬、弥吉や千代若が浮かんだ。


僕がいなくなると心配するかな。


それと、


「……僕がいなくなったら、代わりに誰が生贄になるんだろう」


そうポツリとつぶやく。


するとカイは


「弥吉と千代若だっけ?


 仲間を心配するのはわかる。


 でも、二人とも実家が大きいってきいた。


 無視して生贄になんてできやしない。


 それよりも、一番危険なのは、後ろ盾がないお前だ」


と言って朔丸に手を差し出した。


その時、脳裏に慈円の顔が浮かんだ。


まるで兄のように慕っていた人――。


そして、僕に対して教え、導いてくれた人。


でも、それはあの夜で失われた。



朔丸は断ち切るようにかぶりをふると

 


カイの手を握った。


それが答えだった。


挿絵(By みてみん)




カイと朔丸は夜陰を縫うように山道を進んだ。


「カイ、行く方角、わかるの?」


そう朔丸が尋ねると


「ああ。一度父ちゃんについて海辺の町の近くまで行ったことあるから


 大体わかる」


カイはこともなげに答えた。



「へー、そうなんだ。すごいね」


朔丸が感心する。すると、カイは朔丸をみて


「それより、お前、足大丈夫か?


 なれない山歩きしんどくないか?」


そう心配して声をかけた。


「大丈夫。


 毎日、カイと野山であそんでたから体力ついた」


朔丸がほほ笑むと、


「そっか。そりゃよかった。じゃあ、休憩せずにもう少し先に行くぞ」


カイもそういって微笑み返した。



どのくらい歩いたのか。


夜通し歩き続け、東の空が白み始めた。



その頃になると二人とも足に疲れがでて、山の中腹で休憩をすることにした。



カイは朔丸に竹筒の水と、笹にくるまれた握り飯を差し出した。



「ごめん、時間がなくてこれだけしかないけど」


「ううん、ありがとう」


朔丸はお礼を言い、おにぎりを食べだす。



どこかでホトトギスが鳴いている。



一陣の風が吹き、額の汗に触れていく。



状況は、緊迫しているが、周囲の光景は和かそのものだ。



「朔丸、疲れたろ。すこしもたれていいぞ」


カイが朔丸に言うと、朔丸は、


「ありがとう。じゃ、少しだけ甘えさせて。


 カイも横になったら」


というので、朔丸とカイは横になり、朔丸はその小さな頭を


カイの肩にちょこんとのせた。



頭の周りの草が風でさやさやと動く音がする。



空には雲がうかび、空の色は朝焼けの色になっていた。



すると朔丸がぽつりといった。



「本当にいい天気。


 

逃げるのに雨降らなくてよかったね。



 雨降ったら道がぬかるんで歩きにくかったし」



それにカイが



「……そもそも、雨降ったら、生贄の話消えるから、逃げる必要事態なくなってたけどな」



と返した。



一瞬の沈黙の後



「本当だ。


 カイのいうとおりだね」



と、朔丸がくすくす笑うので



カイは愛しさがこみあげてきて、朔丸をぎゅっと抱きしめた。



朔丸もカイの背に手を回す。



しばらくそうしていた。



この時間が永遠に続けばいいのに――



胸の中では朔丸もカイも同じ想いを抱いていた。




その頃。



寺では姿が見えない朔丸を皆で探していた。



朝、食事に姿を見せない朔丸を弥吉と千代若が様子を見に行き



いないことがわかったのだ。



弥吉は、朔丸の身に何かがおこったのではないかと



心配し、一瞬迷いながらも慈円に報告をした。



そして、朔丸行方不明の報をきき、慈円の脳裏によぎったのは



朔丸はカイという少年と逃げたのではないか――という疑念だった。



カイは、名主の息子だ。



当然、生贄の話は耳に入っていたはず。そして、朔丸が生贄になるのではと



懸念し駆け落ちをしたのではーーと。



慈円が、とりあえず騒ぎが大きくならないよう、寺の者だけで朔丸を探させていると



そこに村の男たちが数人やってきた。



その中には、先日、生贄の話でやってきた名主も含まれていた。



「あの、慈円様。実は私のせがれが今朝から姿を見ないのです。


 

 どこかに出掛けたのかとも思いましたが、昨晩、昨日の件について



 妻との話にのぼったので、もしや、そのせいで姿が見えないのではと


 

 気になりまして」



「カイは、もともと生贄自体に反対しとったからな」



「カイはたまに寺の御稚児さんと一緒にいるところを目撃されていた。


 もしや、友達を救うために寺にいったのではと思いましての」




名主以外の男どもも口にする。



「――で、そちらのお稚児さんたちは3人とも寺に?」



「――いや」



慈円が口ごもる。



ちょうどそこに寺の下男がやってきた。


「慈円様、朔丸はやはりどこにも姿が見えません」




「やはり、姿が見えないのですね」



それをきいた村の男が言った。



「二人で逃げたとしか思えません」



別の男がそう推測する。



そして、それは今や間違いないことのように思われた。



「二人を追いかけましょう。慈円様、決断を」



そう、村の男が慈円に迫る。


慈円は口を一瞬引き結んだあと、口を開いた。



「――捕縛隊を結成する。こちらは寺の者の3分の2をだす。


 村も手の空いているものは向かわせてほしい。


 一旦、寺門のところに集まり、そこから二人を追う」



「わかりました。一旦村に戻るぞ」


村の男たちが引き上げていく。


それを慈円は何とも言えない思いで見送る。


だが、事態はもう動き出してしまった。


こうなれば、一度、朔丸とカイをとらえるしかない。


――だが。


捕まった場合、朔丸はもう、生贄の立場から逃げられないだろう。



そういう思いが去来するも、もう慈円にもどうすることもできなかった。



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