表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/28

生贄

季節は8月に移っていた。



雨が降らない。



村はだんだん緊迫した状況になってきていた。



余裕をなくした村人たちの小競り合いが増え



名主であるカイの父も疲れた顔をするようになってきた。



カイは村人たちが笑顔を失い追い詰められていく



状況を目の当たりにしていた。



そして、それは起こった。



何度目かの寄り合いの際、村の男の一人がぽつりと言った。



「……そういえば、竹林ところのばあちゃんが昔、生贄で雨降ったって言ってたな」



その場が一瞬で緊張につつまれる。



それに、別の男が反対する。



「何言ってんだ。縁起でもない。大体どこの家も名乗り出る奴はいねえ」



「そうだそうだ。仮にくじ引きとかでやったって、後々しこりが残る」



他の男たちも生贄を否定した。



がしかし、そこで別の男がまたぼそりと言った。



「でもよう。前の時は村の娘で効果なかったから、寺のお稚児さんを生贄にしたって言ってたな」



場が一瞬沈黙につつまれた。



「いや、何言ってんだよ……。みんな」



カイが信じられないような面持ちで言う。



なんか話が嫌な方に流れている気がする。



脇に汗が流れるのを感じた。



稚児って朔丸が選ばれたらどうすんだよ。



朔丸じゃなくたって、あの時あった、弥吉や千代若って奴が選ばれたりしたら



胸糞が悪すぎる。



「わしら、寺に常々寄進してるから、話は聞いてくれるかもしれねぇな」



また別の男が話し出した。



「なんたって、あの寺は、稚児を3人も抱えている。



 1人くらい差し出せる余裕はあるんじゃないか?」



「そうだな。むしろ口減らしになると前向きになってくれるかも」




「いや待て。


寺の子供だって人間だぞ」



一人が反対した。しかしそれに対し



「じゃあお前の息子を出せるのか」



と別の男が反論する。



「うちの村だけじゃない。みんな助かる」


「そうだな。みんなのためだな」



口々に皆、生贄を肯定するようなことを言い出す。



カイは場が狂気に吞まれているような気がした。



「……、いや、残酷だろ。


 自分たちのために、誰かを犠牲にするのか?」



カイが反対するが、



「じゃあ、一体どうしろっていうんだ。


 ほかに手はあるのか?


 このままだと、皆、飢えるのは目に見えている」



「今のところ、寺に話をしてみるだけだ。


 それに、生贄は昔から美しく価値があるものであるほど


 神が喜ぶ。


 昔も、村の若い娘じゃ効果なかったんだろ。


 無駄な犠牲を払うより、最初から効果がある者を


 差し出した方がいい」



話が生贄を肯定する方向に流れ出す。


カイは止めようとするが、その場の勢いは


収まる様子をみせなかった。



その日の寄り合いは狂気につつまれた中で終わり


名主であるカイの父親が寺に相談しに行くことになった。



寄り合いからの帰り道、カイは父に尋ねた。



「なぁ、父ちゃん。本当に寺に生贄の相談しに行くのか」



父は苦い顔になった。



「わしも気が進まん。


 だが、話しだけでもしに行かないと周りがおさまらんからな。


 しかも一人で行こうと思ったら、


 数人がついてくることになった。


 みんな追い詰められて疑心暗鬼になっているんだろう」



「……そんな」



「まぁ、まだ生贄を出してもらえると決まったわけでもない。


 その前に雨がふるかもしれんからな。


 とりあえず、今日はもう寝なさい」



家についた。弟妹はもう、寝息をたてて寝ている。


母ちゃんは


「おかえり。遅くまでお疲れ様。


 握り飯があるからこれでも食べなさい」


との好物の焼きおにぎりをさしだしてくる。



その温かさにカイはなんだか切なくなり涙がこみ上げてきそうになった。



自分たちは贅沢な暮らしを望んでいるわけじゃない。



大好きな人たちとただ穏やかな毎日をおくりたいだけなのに。



そういう思いが胸に去来してやりきれなくなった。



そんな人間の辛さをまるで無視するかのように、夜の闇は穏やかに


でも確実に深まっていった。





「……なんといいましたか」



慈円はそう聞き返した。



寺を訪れた名主とその付き添いの村の男2人がとんでもないことを言い出したからだ。




「いやぁ、そう、びっくりされますよね?」



名主が言う。



「わかります……。生贄とか言われても、



 人一人の命の話だ。そりゃ、引きますよね。



 個人的には私もこんなことはお伝えしたくない。


 

 辛い立場なのです……」



名主がつらそうな顔をして黙り込むと



付き添いで来ていた別の男が口を開いた。



「とはいえ。



 今までいろいろ対策をしてもらった。



 祈祷に、雨ごい、滝行。



 すべて効かなかった。



 このまま、日照りがつづけば、米はできない。



 そうなると、たくさんの者が飢えはじめる。



 そして最終的には死者も出てくる可能性がある」



「……」



慈円は眉間にしわを寄せ黙り込む。



村人たちが焦りからこんなことを言ってくるのは分かっている。



だが、生贄なんぞ……、到底了承できるものではない。



「今まで、わしらは、お互い助け合ってきました。



 儂らは寺に寄進をする、寺は我々の祈りを神仏に届ける。


 

 それをお願いしたいだけなのです」



別の村の男が穏やかな口調で話す。



だが、その瞳には意思を曲げない様子が見て取れた。



この場をどう終息すればいい……、慈円は頭を巡らせる。



しかし、なかなか答えはでない。



「寺には今、稚児が3人いるはずです。



 もしも、その1人を水神にささげるのならば


 

 その子は、寺を救い、村を救う。


 

 そして、ある意味水神の御心をなぐさめるという



 大事なお役目を果たすことになる。


 

それはとても光栄なことではありませんか?」



慈円は内心うなった。



村人たちも馬鹿じゃない。こちらを納得させようと



理論武装をしてきている。



が、しかし――。



朔丸をはじめとして3人の稚児たちの顔が脳裏に浮かぶ。



3人とも昔から長年寺に務めてきた者たちだ。



情はある、当然。



生贄にと言われすぐ差し出せるものなどおらぬ。



特に朔丸だけは――。



慈円は知らないうちに唇を引き結んでいた。



手を握りしめており、手のひらには薄く血がにじんでいた。



しかし同時に慈円の頭で計算が始まる。




もしも、仮に生贄が避けられないとしたら


一体だれを選ぶのか。



弥吉は難しい。


地元豪族の次男だからだ。


ある意味、寺に預かっているという状態であり


寄進額も相当だ。


難しいというより不可能である。




千代若は裕福な商人の息子だ。


寺に預けられた後も、たまに実家に帰省しており


実家と関係が近い。


そのため、生贄に選ばれたとなると


かなりの苦情が考えられる。


神託がありこうなったといっても納得させられるかどうか――。



――朔丸。


朔丸は無理だ。


あんな優秀な子を神への供物にするなど


もったいない。


ただ、身寄りがないため、状況的には


誰も反対するものはおらず、選ばれやすい。


そうなった時にかばいきれるか――。



瞬時にそこまで考えた後、慈円はとりあえず



先送りにしようと村人たちに



「私の一存で決められるものではありません。


 また寺でも話し合ってみますので、一度お引き取りください」



そう言って村人たちを追い返すことにした。


村人たちは


「また返事ききに来ますんで。近いうちに」


そう念押しして帰って行った。




それから、慈円は眠れない夜をすごした。


自身は執事であるので、一応、住持に情報を共有したものの


住持は「よく考えて返事をしないといけないのう。



生贄とは物騒なこと。稚児たちにも残酷ではある。



が、しかし断り切れるのか?



慈円、お前に任せる。交渉事が得意なお前が適任じゃ」



と頼りにならない。



慈円はまんじりともせず夜を過ごした。




一方その頃、深瀬村では、カイが父親が夜遅く


辛そうな顔をして帰ってくるのをみていた。



母が、「今日は父ちゃんは帰りが遅いから先に寝なさい。


カイも弟や妹を寝かしつけて」


と別間に行かせていたが、カイは父が生贄の相談で寺に行ったのを知っていたので


寝ずに、別間の戸の隙間から父と母の様子を伺っていた。



母が



「おかえりなさい。どうしたの?


 なんかきつそうだけど」


と父を案じる。


すると、父が


「あぁ。仕事とは言え、なかなか嫌な役目だ。


 寺に稚児を水神の生贄に差し出せと頼みに行くのは」



「えぇっ、お稚児さんを生贄に?むごいこと」



優しい母は眉をひそめる。



「儂も気が進まない。


 同じ年頃の子供がいるから余計にな。


 だが、飢えが迫っているから


 他の村のやつらも、それしかないと思い詰めててなあ。


 儂も反対したんじゃが、総意を変えられぬ」



父は苦り切った顔をした。



母は


「辛く怖いことね。生贄なんて。


 でもお稚児さんは確か寺に3人いるのよね?


 誰が選ばれるの?」


ときく。


すると父が


「それは寺が決めると思うが……。



 まあ、選ばれるとしたら一番後ろ盾が弱い子だろうな」



と言った。



それを聞いてカイはさぁっと血の気が引くのを感じた。



朔丸は親だけでなく親族も、戦でなくしたって言ってなかったか?



そうなると選ばれるのは――。



カイの様子に気づくことなく、父は続ける。



「帰り道、寺の事情に詳しい兵吉が、そういえば言っておった。


 今寺の3人のうち、一番選ばれそうなのは両親や親せきをこの度の


 戦で失った、朔丸とかいう稚児だろう……と」



カイは全身の血が沸騰したような感じがした。


そして気づいたら、そっと家から抜け出して、寺に向けて走り出していた。



朔丸が危ない――。なんとかしなければ。



カイの頭にはその一念のみがあった。



夜の暗闇がその姿を呑み込んでいった。



挿絵(By みてみん)
































 











 









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ