逆さごと
「慈円様、なんとかなりませんか」
「もう、こんなに田の土もひび割れて。
やっぱり水神様がお怒りなんでしょうかねぇ」
慈円が深瀬村の要望で村に視察にきた。
慈円以外も側近の僧侶と共に3人できたものの、
慈円以外の僧侶も思った以上の惨状にショックを受けているらしく
黙っている。
川の近くの田んぼには、村人が竹で水が流れ込むよう仕掛けをしており
なんとか水が溜まっているが、それ以外の田んぼは、最早
カラカラに乾燥していた。
「……すまない。
祈祷も村からの依頼で何度も行っているのだが
今のところ変化がない」
慈円が頭を下げるのに、村の人間はあせる。
「そんな……、慈円様、そんなに頭をさげたりしないでください。
慈円様が、私たちのことを心配してくださって
色々してくださっているのはわかってますんで」
「そうですとも。
むしろ、我らではなく、水神様は人間社会全体に対して
お怒りなのかもしれませんし。
ほら、都で戦が起こっているらしいですしね」
その言葉に慈円はため息をついた。
確かに、神の怒りというならば、都の争いの方が原因なのかもしれない。
早く、戦乱が終わればいいのだが……。
すると、そこに通りかかった村の老婆が慈円をみると近寄ってきた。
「あらま、慈円さま。珍しいのお。こんなところまでお越しくださるとは」
「婆ちゃん、今、日照りで田んぼが枯れているから、わざわざ来てくださったんだよ」
村の男の一人が説明した。
すると老婆は、にこにこと話し始めた。
「そうか、ありがたいねえ。
でも、慈円様、こんだけの日照り。
ちょっとやそっとじゃ、うまくいかんかもしれません。
儂が娘っ子だったときに、一度あったんですわ。
その時は、祈祷しようが、カエル行列やら藁蛇焼きで雨ごいをしようが
全く効果がなかった。
ただ、ひとつだけ効果があった方法があったんですわ」
老婆はニヒヒと、黄色いすきっぱをみせて笑う。
「人身御供……、生贄ですわ」
「なんだよ、婆ちゃん、気味わるいぞ」
村の男がツッコむ。しかし老婆は気にする様子なく続けた。
「あの時は、村の若い娘じゃったが。
それだけでは効果がなくてのう。
神託をあおいだら、お稚児さんがいいとあって
寺のお稚児さんが捧げられたんじゃ。
すると、みるみるうちに雨が降り、村は救われた」
村の男たちはどよめき顔を見合わせる。
慈円は背に冷や汗がにじむのを感じた。
この話の流れを変えねばと慈円は
「……とりあえず、寺の住持ともよくよく話してみるが
まずは、寺の僧侶全員での滝行をやろうと思っている。
また、詳細は伝えますので」
そういうと、男たちもわかりましたとその場を解散することになった。
「慈円様、すみませんね。
婆ちゃん、ちょっとボケつつあって。
気味わるい話になりましたね」
村の名主が慈円に謝ってきた。
この名主の息子があのカイという奴か。
名主の顔をまじまじとみると、確かに面影がある。
「あぁ、いえ……。
それよりも、名主殿のご子息は今日は?」
そう尋ねると、
「あぁ、一番上の息子のカイですか?
あいつは、おそらく池で魚をとってるんじゃないですかね。
少しでも家族の食事の足しになればとか言って
よく釣りに行くんですわ」
名主はにこにこと答える。
「……そうですか。
立派な息子さんですね。
池というとあそこの山のですか?」
「ええ、あそこが穴場らしく、この間も大きなフナをとってきましてね」
人の好さがにじむ顔で名主が答える。
それに、慈円は
「そうですか……。あぁ、もうこんな時間ですね。
今日は案内ありがとうございました。
我々も早く水神様にいのりが届くよう尽くしますので」
お願いしますという名主に、会釈をしその場をあとにした。
それから、慈円は、伴の僧侶2人を先に寺に帰し、
自身は名主に言われた池へと向かっていた。
なんとなく、カイという少年は朔丸といるのではないか……。
そんな気がしたからだ。
初夏の山を分け入り進むと、少し下ったところに
池があった。
慈円は、木や草の影に身を隠しそっと様子を伺う。
すると、そこにカイがいた。
――そしてその傍らには朔丸もいた。
朔丸はいつもの水干姿でなく、粗末な麻の小袖を着ている。
そしてカイと朔丸は、釣った魚を食べたのだろう。
即席の焚火台の跡がある。
カイは草の上にごろんと横になると、
「空広いなー。雲一つねえ。雨いい加減ふらないかな」
そうひとりごちる。
すると朔丸が
「ホント、早く降ればいいのに。
雷様とか気づいて雨降らせてくれないかな?
そうだ、この間、雷様の機嫌を取るには『逆さごと』が
いいって書いてあったんだ」
そういうや否や、朔丸はすくっと立ち上がると
いきなり逆立ちをした。
しかし、運動神経がいいとはいえない朔丸は
一瞬倒立ができたと思いきや、体制をくずし倒れる。
「あぶない!」
カイが叫び、朔丸を支えようと上半身を急いでおこす。
慈円も一瞬、目を見開いた。
次の瞬間、朔丸を両腕で受け止めたあと、カイはそのまま草の上に仰向けに転んだ。
「カイ!大丈夫?」
朔丸は寝ころんだままの体制できく。
「うん、大丈夫だ……」
カイも大事はなかったようで、脱力しながら答える。
そして、
「朔……。なんで急に逆立ちすんだよ。
しかもできてないし
びっくりしたじゃん」
とこぼす。
すると、朔丸は
「ごめん……。なんかできそうな気がしたんだよね」
と申し訳なさそうに謝る。
二人は一瞬沈黙し、そしてその後、笑い出した。
慈円は、屈託なく笑う朔丸の笑顔を初めてみて虚を突かれた。
見たことのない笑顔だった。
私は、朔丸にふさわしいのは自分だと思っていたがもしかして……。
嫌な疑念が頭をよぎり、胸がずきんと痛む。
慈円はいつの間にか胸を押さえていた。
そして、次に二人が、寝ころんだまま目を合わせ、そして
どちらからともなく、唇を合わせるのをみた。
慈円は逃げるようにその場をあとにした。
そして、そんな慈円に気づかず、朔丸とカイはくすくすと幸せそうに笑いあうのだった。
老婆は実は結構認知症が進んでいます。




