深瀬村へ
それから数時間後、朔と海翔は居酒屋でご飯を食べていた。
店内は小汚いが、メニューはどれも安くておいしく、学生のたまり場になって
いた。
「フィールドワークの件どうする?深瀬村だっけ?」
朔がビールを飲みながら尋ねる。
「うーん、ちょっと気味が悪い気もするんだよな。なんでか、わからないけど」
「まぁ、河童なら、ちょっと見てみたい気もするんだけど」
無邪気にいう朔に海翔はしょうがないなぁという顔になった。
その時海翔のスマホが鳴る。
「はい、一条です」
「あぁ、一条くん、笠貫だが」
「教授ですか。どうしました?」
海翔が答えながら、朔に目をやった。
朔がスピーカーにしてと合図を送り、
音量に気を付けながらスピーカ―ボタンをおす。
「実は、今日話に上った深瀬村の件だが。
ちょうど村役場の知り合いから連絡があって。
きいたら、今、町おこしのキャンペーンか何かで
村の隣町の宿泊料金がモニターで無料らしいんだ」
「えっ、無料ですか」
「あぁ。しかも朝夕食付らしい。
君たちが良ければ話を通しておくが」
朔が目を輝かせて
「行きたい!海翔行こうよ」
と誘う。
「あ……、じゃあお願いします」
海翔が依頼すると教授が了承して通話が終了した。
「朔、お前大丈夫か?」
「ん……、なにが?」
ビールで顔を赤くした朔が尋ねる。
「いや、酔ってんじゃん。酒弱いのにビール3杯も飲むから……。もう、没収」
そうして、朔が両手で持ってたジョッキを取り上げて一気にあおる。
「えー、ひどっ。ドロボー!」
恨めし気に海翔をにらむ朔のほっぺたを海翔は両手でひっぱった。
「もーだめ。しかし、もち肌だな~、朔は。女の子みたいだ。かわいいな~」
にこにこする海翔に朔は抗議する。
「ちょっと、セクハラはやめてください、親父みたい」
「ん、今、親父って言った?そういう意地悪をいうのはこの口か?」
海翔が、朔の唇をゆびでフニフニと押す。
「なんか、あれだな。これは。マシュマロだ」
「ちょっ、やめて。くすぐったいし」
酔いもあいまって、くすくす笑う朔に海翔はぼそりとつぶやいた。
「……まじでかわいい」
「ん?今海翔なんていったのー?」
目をトロンとさせながら尋ねる朔に、海翔はハッとする。
「いや、なんでもない。さっ、もう帰るぞ。送ってく」
「いいよ~、大人だから一人で帰れますぅー」
ふらふらしながら、立ち上がる朔を制止し、海翔は会計をすませると、朔の腕を首に回し支えた。
朔はふらつきながらクスクス笑う。
「もー、海翔はナイトみたいだね。かっこいいー」
「……言ってろ」
海翔は耳を赤くする。朔は華奢で、支えても軽くまるで本当に女の子のようだった。
「人の気もしらないで……」
つぶやく海翔に
「えー、なに~。きこない」
にこにこしながら、海翔に寄りかかって甘える朔に、顔まで赤くなる海翔。それはアルコールのせいだけではなかった。
「今日は満月だな」
気分を変えるかのように、海翔は月を仰いだ。
二人をてらす月の光が、なぜか水面のように揺れて見えていた。
◇ ◇ ◇
深瀬村に着いたのは8月上旬の晴天のお昼過ぎった。
朔と海翔が無人駅の改札をでると、教授の知り合いが車で迎えにきてくれていた。
「暑い中ごくろうさまー。遠かったでしょう?」
人の好さそうな50代とおぼしき男性が、車からおりてきて話しかけてきた。
「あ、笠貫教授のお知り合いですか?」
海翔が尋ねると
「そうそう。佐々木といいます。さっ、暑いから早く車にどうぞ~」
勧められるまま朔と海翔はリュックを手に持ち、車にのった。
「どうも、すみません、わざわざ迎えに来ていただいて」
海翔がお礼をいうと佐々木という男性はいやいやとかぶりをふった。
「ここ、田舎だから。バスも2~3時間に1本しかこないのよ。
ホテルのある隣町までのアクセスも観光地化の課題なんだよな~」
「迎えにきていただいて本当に助かります。僕、水無瀬といいます。こっちは一条です」
朔が名乗ると佐々木はびっくりした顔をした。
「あれっ、水無瀬くん、男の子?てっきり女の子かと思ったわ~。
あぁ、ごめんなさい。初対面で失礼やったかな」
「いえいえ、こいつ中性的な顔立ちだからよく言われるんですよ」
海翔がフォローする。
「てっきり、お似合いの美男美女のカップルかと思っちゃったんだよね。
あ、ごめんなさい。話すほど墓穴をほってくわ~」
ははは……と朔が乾いた笑いをする。
「まずは、隣町のホテルにいく?それとも早速深瀬村をみてまわる?」
「せっかく村の近くにいるので、見て回りたいです」
朔が言う。
「じゃ、ざっと紹介するよ~」
佐々木は民家のある集落へ向かった。
とある建物の前の駐車場に車をとめる。
「ここ、資料館ね。私は厳密にいうと隣町の出身だから、地元の詳しい人を紹介するよ」
言いながら、建物のなかに入る。
入ってすぐ右手に受付と書かれたガラス窓があり、窓をガラッと横にひいて中によびかける。
「村田さん~。教授の知り合いの学生さんがきたよー」
「はいはい。ちょっと待ってね」
ガラス窓の横のドアからでてきたのは、70代くらいの男性だった。




