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幾星霜の月の人  作者: 青門 利空


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朔と海翔

29話で完成します。


挿絵(By みてみん)

月は弓のように細かった。


星は見えない。


空は重く、灰色の雲に覆われている。


月は雲の隙間にかろうじてその姿を見せていた。



一人の少年が崖の上にいる。


白装束を着せられ、顔には薄い化粧を施され、額には朱い蓮の紋が描かれていた。


その姿は美しく、この世のものとは思えなかった

 

太鼓、鉦、篠笛が音を奏で、時折、神楽鈴が細く乾いた音を鳴らす。


太鼓がひときわ強くドーンとならされると同時に、少年はその華奢な背中をドンと


押され、川の淵へその身を投げ出された。

 


(さく)―!!!!」



体を押さえつけられていた別の少年が、それをふりほどき、

直後に淵へ飛び込む。


楽の音がやむ。

周囲で悲鳴や怒号が飛ぶも、



淵は二人の少年を呑み込んだとは思えないほど静かだった。


 




その夏の東京は39℃を超え、うだるような暑さだった。


大学の構内で、2人の青年が、暑さから逃げるように建物の中に早足で入っていく。


「暑いー。暑すぎだろ。しかも湿度もあるから余計暑い」



高身長の方の青年が持っていたノートで自身を仰ぎながらぼやく。


その隣の小柄な青年も、もっていたペットボトルから麦茶を飲みながら



「だねー。体温より高い気温とかしんどすぎる」


と同意する。

 


(さく)、平気か。倒れそう」

 


「大丈夫。海翔(かいと)こそやばそうだけど。顔面滝汗だし」

 


「いうな……」



自動ドアが開く。冷気が流れ出す。


その瞬間、朔は一瞬だけ立ち止まった。


——どこかで、水の音がした気がした。




「ゼミ室いくか?開いてるだろ」


海翔の声に朔は引き戻された。


「うん、エアコンきいてるといいね」


「だな」



ゼミ室のドアをあける。するとモワッとした空気が体を包んだ。



「うわ、最悪。エアコンのリモコンどこだ?」



海翔がリモコンを手に取り、急速ボタンを押す。




「涼しくなったら、フィールドワークの予定きめるぞ」



「そうだね。なるべく涼しいところに行きたいな」

 


朔が古びたソファーに身を沈めながら、パラパラと資料をめくった。



「今年のテーマは『日本各地に残る生贄伝承の調査』」だったよね」



「なんか気が進まないテーマだな」



海翔がどんよりした顔になった。



「まぁまぁ、ゾッとするから猛暑にぴったりのテーマかもよ」



朔が明るく返す。



ふと、付箋が貼られている資料の一行に目が止まる。



「――深瀬村。

 生贄は、新月の夜に行われた」



朔の指先が、わずかに震えた。


耳の奥で激流の音がした気がした。



「―おい、大丈夫か?」


肩をつかまれ、朔はハッと我に返った。


「大丈夫」



笑顔で返す朔の手元を海翔がのぞき込む。



「深瀬村?って確か、以前、ゼミ生がフィールドワークで行ってたとかいうとこだっけ?」


「らしいね。確か京都だったか、奈良だったか・・・」



朔が別の資料を取り出す。


地図があり、そこは、滋賀県の山奥に赤で〇囲みしてあった。



「あ、滋賀だった。山奥だね。


付箋に地元の資料館、地元民の人にアポ取りOK。


協力度、取材しやすさ二重丸って書いてある……」



「おー、村の隣町のホテル、安い、料理おいしい、


 しかも避暑地として有名か……。


 なんかこのページだけやたら付箋が多いな。


 当時のゼミ生絶対観光目的でここに行ってるだろ」


二人で顔を見合わせる。



「ここにするか」



「賛成。じゃ、取材のアポ取り、宿の予約しておくね」



盛り上がっていると、部屋を笠貫(かさぬき)教授が訪れた。



「おぉ、盛り上がってるね」



笠貫教授はゼミ担当の教授だ。穏やかで周囲からは仏といわれている。


「教授、今度のフィールドワークについて決めてたんです」


「どこにするんだい?」


「深瀬村にしようかと」



一瞬教授が驚いたような顔をした。



「深瀬村か。懐かしいな」



「何か問題があるんですか?」



海翔が尋ねる。



「いや……、実はうちのゼミ生がそこに


毎年のようにフィールドワークに行ってたんだ。6年前までは」


「なんで行かなくなったんですか」


「実は、6年前、曾祖父がそこの村の出身という学生が


友人たちと数人で調査に行ったんだ。


その子が、調査中、川でおぼれたらしいんだが……。


奇妙なのが、溺れるほど流れが激しいわけでも、


深いわけでもない川だったらしいんだよ」



教授が、あごに手をあて、いぶかし気な表情になる。



「本人曰く、川にひきずりこまれたと言っていたらしい」


「河童伝説でもある川だったんですか?」



無邪気に朔が尋ねる。



「いや、そういうわけでもないんだが。


まぁ、日本各地で河童の伝説はあるから、


そこがそうだったとしても不思議ではないがね」


教授がパイプ椅子に座りながら答えた。



「ただし、学生たちがなんだか気味が悪いと言い出して。


 結果的に、それ以来、そこからは縁遠くなったんだ」


「そうなんですか」


海翔が朔をみた。


「やめとくか?」


「うーん、どうしよ。なんか惹かれる気はするんだけど」

資料にのっている、村の写真を見ながら朔は迷う。


「まぁ、不思議なことはあったらしいが、村自体はいいところだよ。


 私も何度か行ったことがあるが、夏は涼しいし食事もおいしい。


 もし、行くんだったら、村の資料館や役場につてがあるから、


 私から連絡はしておくが」


「どうする?」


「えーと、ちょっと考えます」


朔と海翔は返事を保留した。




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