組み紐
「あの…さ……」
朔丸が気まずそうに話し出す。
「あぁ」
カイは遠くに見える海の方をみながら相槌をうった。
一陣の風に、枝がゆれ、さやさやと葉擦れの音がした。
朔丸はごくりと唾を呑み込む。
そして、続きを口にしだした。
「3日前、慈円様からカイと別れるように言われたんだ」
「うん……、そうか」
カイはこともなげに返事をした。
朔丸は、没落したとは言っても元貴族の子であり、しかも寺の稚児だ。
しかも、慈円という高僧に目をかけられている。
自分と別れろと言われるのはカイにとって当然のことのように思えた。
「でも、いやだって言ったんだ。カイとは別れないって」
「……うん」
「そしたら……」
朔丸が一瞬黙り込む。そして、意を決したかのように続きを口にした。
「無理やり抱かれたんだ」
「……!!」
海の方を向いていたカイが思わず朔丸の方をみた。
その目は驚きで見開かれている。
朔丸はカイとあった目をそらす。
とてもこの続きをカイの目をみながら話す勇気はなかった。
「僕は嫌だって言ったんだ。抵抗もした。でも……」
朔丸の目に涙がこみあげてきて、あふれた。
「どうすることもできなくて。そのまま、時間が過ぎるのを待つしかなかった」
頬に涙がいくつも筋を作っていくのがわかる。
「……もう帰りたくない」
カイがぐっと息をのむのが分かった。
ちらりとカイの方をみると拳を握りしめている。
もしかして……、カイ怒っているのかな……。
僕が慈円様に抱かれたから。
カイのことを裏切ったって、僕のこと、
もう好きじゃないって思っているのかも。
朔丸は、手が震えるのをとめようと、両手を握りしめた。
するとそれまで黙っていたカイが口を開いた。
「……朔、俺は腹が立っている」
カイの声は低かった。
朔丸はその言葉にビクンと体を震わせた。
カイは声を荒げなかったが、声に怒りがこもっているのがわかる。
「慈円ってやつに。そして、なにもできなかった自分自身にも」
朔丸は驚いて、カイを見た。
カイはなんだか泣き出しそうな、それをこらえているような顔をしていた。
カイのこんな顔は初めて見た……。
だって、カイはいつも笑っていたから。
「本当、許せねーよ。
俺の大事な朔をここまで傷つけやがって。
朔、お前はどうしたい?
慈円って奴に復讐したいなら、これからそいつを殴りにいってやる」
「え……」
カイは本気で怒っていた。
でも、それが逆に朔丸を冷静にさせた。
「いや、大丈夫。
ありがとう、僕のために怒ってくれて。
でも、今回のことは……、
どうしようもない面もあったのかもしれない。
もちろん、すごく嫌だったし怖かった。
何より、慈円様のこと兄のように慕っていたから
正直裏切られたと思ったし……。
でも、僕も慈円様の気持ちに気がつかなかったのも悪いんだ。
そもそも稚児って、そういう役割も期待されているものらしいし。
僕は全然、気が付かなかったけど……」
ここまで話して、カイの顔をみると
カイは唇を引き結んで黙っていた。
そして、その目は、朔丸の話を最後まできこうと
する気持ちが見えていた。
そのため、朔丸は続きを話しだす。
「だから、慈円様のことを恨むとか仕返しをしたいとか
そういう気持ちはないんだ。
でも……、帰りたくない。
あそこにはもう自分の居場所がなくなったから」
もちろん、稚児仲間の弥吉や千代若は自分を引き留めてくれる気がする。
それでも、慈円とこういう関係に一度でもなってしまった以上は
もう戻りたいとは思えなかった。
「まぁ、だからと言って、行く当てもないんだけどね」
朔丸があきらめたような笑みをうかべ話すのをみて、
カイはもう止まらなかった。
「なんで、そんなこと言うんだよ……。
俺がいるだろ」
「ありがとう、そう言ってくれて。
僕もカイと一緒にいたい。
でも、寺とカイの村は強いつながりがあるだろ?
僕が村でカイと暮らすと言っても
多分村が受け入れてくれないと思う。
寺から圧力がかかるから……」
「わかった、じゃあ」
カイは言った。
「一緒に、別のところに行こう」
「えっ」
朔丸は驚いた。
「それって駆け落ちってこと?
でも、カイは村の名主の息子だろ?
だから、いなくなるとみんな困るんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。
俺一人っ子じゃないから。
下に弟妹が3人いるし。
俺がいなくなったら誰か名主になるだろ」
「…………」
話はそう簡単に行くだろうか。
カイは名主の子として、色々跡継ぎとしての教育も
受けていると聞いている。
そんなに簡単に、カイがいなくなったから、じゃあ次につがせようってなるかな?
朔丸が思案していると
「大丈夫だって。
そんなに深刻に考えるなよ。
それに今は都は戦乱で混乱している。
明日の命がどうなるかなんて誰にもわからない。
俺、きっと朔一人くらい養っていけるよ。
色々器用だし」
そういって、カイは朔丸に何かをみせた。
桃色の組み紐だ。
とは言え、それは、町で売っているほど整っているわけではなく
いかにも自力で編んだような、編み目も単純なものだった。
「これ、母ちゃんが色々紐もっていて
きれいだったからちょっともらったんだ。
朔丸みたいだろ?
なんか儚げでかわいい色だし。
だから、家で自分で編んでみたんだ」
カイはそれを朔丸に差し出す。
朔丸はその淡い桃色の組み紐、というにはすこし拙いそれを
両手で受け取った。
心が温かかった。
「これ、お守りな。
大丈夫だよ。朔。
俺、朔がいたらなんでも乗り越えられる自信あるし。
ここから見えるあの海の近くの村なんかいいんじゃないか?
俺、漁師にでもなって、毎日朔にうまいもの食わせるよ」
朔丸の頭に楽しい想像が広がった。
毎日、海辺の村で小さい小屋をかりて
二人で暮らす。
カイは漁師になり、
自分は特技の計算や笛の演奏などで
どこかに働き口を見つけられるかもしれない。
そして、二人で笑いあって暮らすのだ。
もちろん贅沢な暮らしは期待できない。
でも、それでも――カイとなら毎日がきっと楽しい。
そんな未来が、本当に来るような気がした。




