第5話 見事に捕まっちゃいました
「グフフ、いい眺めだな。ガハハハ!!」
赤ワインの入った銀の酒瓶を飲みながら、優越感に浸る一人の男。
オオゲサ王国は女性が王を勤め、世界中でも紅一点の国と一目置かれていた。
その女王による平和だった王国が、今まさに危機に襲われようとしている。
頑丈な甲冑を身に宿し、剣や槍などの逞しき武器を持つ者は一人もいない。
魔王の手先、キル・ユーの侵略によって、武器を放棄せざるを得なくなり、勇敢だった兵士たちによるズレた行く末……。
性別は関係なく、モップとバケツを持って掃除をやらされる運命。
それらは、ヒラヒラエプロンを着けたメイド服による萌えな姿だった……。
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「やあ、ようこそ勇者御一行~!」
「それで何で、お前までもが捕まってるんだよ……」
その王国の地下にある冷ややかで暗い洞窟の牢獄に『ここに例の人質がいる』と、配下となったメイド姿の門番に案内される。
鉄格子の側にあるロウソクの近くで、山積みになった薄い本を読みふけっている女性……サクラが牢屋の中に囚われていた。
「何さ、天地万能の神様に向かって、その言い方は失礼だよ」
「サクラ、そんな最強の女説を語っていたお前に、何があった?」
鉄格子の扉の周囲には鋭い有刺鉄線が絡まれてあり、近くにある小石をぶつけると、激しい火花と共に小石が砂のように砕け散る。
そうか。
逃げたくても脱出が出来ないのか。
僕は置かれた状況を知るために、さらに次へと話を持ちかけた。
「うん。実はさあ、私がいつものように下界に降りて、好きなBL漫画を買い漁っていたら『先着早いもの勝ち』と言う感じで、アニメショップのお店の外の地面に、BL漫画が置いてあって……」
BL漫画とは『ボーイズラブ』の略語で、男が男を好きになる作風のこと。
主に女性が好むシリーズでもある。
「おい、道端で拾い読みはするなと、学校の教育で教わらなかったか?」
雨風に触れて傷んだ書物には、どんな伝染病や悪い菌が潜んでいるか分からない。
タダであろうと、迂闊に拾うべからず。
「まあ、最後まで話の腰を折らずに聞いてよ」
「ああ」
サクラが腰を上げて軽く伸びをしながら、指先を頬に当てて『にゃはは』と、力無く苦笑いをする。
「それでさ、足元に点々と続いている漫画が実は続きものでさ、気になる内容だったから拾い読みをしていたわけ。そしたらさあ、背後から来て……」
「こんな風に、無様にヤツに捕まったと?」
「そっ、そんなとこ。しかもこの牢屋、私の攻撃や能力を無効化するらしくて。えへへ、見事にやられちゃいました」
「はあ、お前、本当に神じゃなくて、紙切れだよな……」
僕は深々とため息をつく。
あなたの神は、トイレットペーパーのように薄っぺらい存在。
あなたはそれでも、紙を信じますか?
「何か、私に向かって、どさくさでとんでもないこと想像してない?」
「何の、想像するだけなら自由と、日本国拳法では記されている。あちょー!」
「兄ちゃん、それじゃあ、ただの酔狂だぜ」
僕が両手を内側に曲げ、鶴の威嚇のポーズをして構えると、ケイタが顔を曇らせる。
「いや、違うな。僕は至って真面目に、ケンと拳でアイツと語り合おうとしている」
「だからって、サクラちゃんに対して怒ったら駄目ですよ」
「むむ、ミヨがそう言うなら、やむを得ないな」
「ほっ、良かったです……」
ミヨが胸に片手を当てて、息を凝らす。
どうやら後からの詳しいサクラの話によると、この頑丈な牢屋を開けるためには、キル・ユーが所持している鍵が必要不可欠らしい。
僕たちは自称神(……に違いない)のいる牢獄から離れ、無言で王間へと続く石の階段を昇った。
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「──ゼイゼイ、一体、いつまでこの階段は続くんだよ」
「もうすっかり、オジサン越えたジイサンだな」
「おい、ケイタ。今、何か失礼なことを言ったか?」
「イエイエ、天皇陛下殿。何もございませぬ」
その階段を1000段ほど駆け上がった先に、ようやく王座がある部屋が見え、見慣れたマントの後ろ姿が目に入る。
「見つけたぞ、キル・ユー!」
「グフフフ。若人の勇者よ。ようやく来たか」
そのわりには嫌みのある口振りで横っ腹が出ていて、背丈が低いのが気になるが……。
「お前、キル・ユーじゃないな?」
「グフフ、そうだ。キル様から、この王国周辺の管轄を任された『コブトリン』という者だ!」
マントを脱ぎ去り、こちらを振り向いた先はキル・ユーではなく、茶色い肌に上半身は裸で黄色のこしみのを着け、人間の体をした豚顔の魔物だった。
鋭い牙を生やし、ボヨヨンとした下っ腹をさすりながら、名乗った男は右手の重そうな大きな棍棒で地面を軽く、トンと叩く。
「確かに名前の通り、太ってるな」
「しょうがねえだろ。家の朝飯は、いつも卵かけマヨネーズ飯の大盛りだったんだから」
「まあ、いいか。それよりも地下にいる人質と、メイドにした兵士たちを解放しろ!」
僕は床に落ちていたアイスキャンディーの棒を拾い、ヤツを牽制する。
棒の先には『ハズレ。もう一本』と、黒い文字が印刷してあった。
「嫌だと言ったらどうする?」
「力づくでお前を倒すまでさ!」
「ガハハハ。そんなちんけな棒切れで武具もろくに持たない若造が。出来るものならやってみな!」
「ああ、行くぞ!」
僕はすぐにケイタにバトンタッチし、その場から離れる。
不意の隙をつき、ケイタが何やら攻撃呪文を口に出していたからだ。
『オムレツ愛情、あちちのちー!!』
その言葉を枷にして、前に掲げた手のひらから放たれる炎の洪水。
炎系の呪文、あちちのち。
あち、あちちと並ぶ最高位の呪文だ。
「なぬ、この魔法使い、炎系の最強呪文が使えるのかあ!?
ギャピィー、ギャオース!?」
炎の渦に飲み込まれ、叫び狂うコブトリン。
白く整った歯を輝かせながらも、ピースサインをするケイタが頼もしく見えた。
「きゃあああー、ケイタ君、素敵ー!!」
ミヨも、そんな彼の勇ましさに目を奪われている。
まさに胸を焦がし、恋する乙女か。
「む、無念……」
炎が消えた先の世界は、想像していた通りに明らかな結末だった。
コブトリンは丸焦げの状態から、その場に身を伏せて、微動だもしない。
「ざまあないな。僕たちの作戦勝ちだな」
「ウソつきなさい。あなたは何もやってないでしょうが!」
「そう言うミヨもじゃんか」
「いいえ。自分は精一杯、ケイタ君を応援していました」
「なぬ、そんなセコい逃げ手があったか!?」
「おいおい、二人とも痴話喧嘩より、こちらが優先だろ」
ケイタがこんがり炭火焼きと化した、コブトリンのこしみのに付いていた銀の鍵をそろりと奪い、僕の手元に渡す。
そうだったな。
今は同人誌に夢中な『眠らずの檻の姫』を救出しなければ……。




