第九話 さくらの記憶―――。
◇ ◇ ◇
「教室に戻ったら……みんなが、すごかったって。
素敵だったって、迎えてくれて、すごく……うれしかったな」
「ああ。二人は、本当にすごかった。
俺、あんなに鳥肌立ったの、初めてだ」
「ふふっ、ありがとう。深山くん」
彼女―――
天ノ川さくらは、そう言って笑った。
春の陽だまりみたいな、この笑顔。
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
……俺はきっと、この笑顔を見るために、
毎日学校に通ってたんだ。
「それからね―――」
でも。
その笑顔は、少しずつ曇っていった。
夜に溶けてしまうみたいに。
「あの後、公園に向かったの。いつもの、二人の場所に……」
消えそうな声。
「交差点で……車が……陽ちゃんに……」
言葉が途切れて。
肩が震えて。
握った白い手に、
ぽた、ぽた、と涙が落ちた。
―――もう、話さなくていい。
「―――吉野は、助かったよ」
「……」
「お前が、とっさに庇ったから。怪我はしたけど……生きてる」
声が震える。
でも。
ちゃんと、伝えるんだ。
「俺さ……今日、吉野を迎えに来たんだ」
「……」
「もう退院してるのに、ずっと学校来なくてさ。
みんな待ってる。俺も……待ってる」
心が、締めつけられる。
「きっと……あいつ。ずっと、お前を待ってる」
苦しい。
それでも―――。
「―――俺、迎えに行くよ」
「……だから、その髪?」
「ああ、吉野と同じ色」
ふっと。
彼女の唇が、少しだけ緩む。
ああ―――。
「……俺さ。吉野のこと、ずっと羨ましかった。
……ごめん。本当に」
「そっか―――」
やわらかな声。
「それじゃあ陽ちゃん……もう……一人ぼっちじゃないんだね」
お日さまみたいな、優しい声。
「……ちゃんと届いて。よかった」
次の瞬間。
彼女は、いなかった。
風に、桜の花びらだけが舞っていた。
「……っ……!」
俺は、泣いた。
みっともなく。
子供みたいに、泣いた。
きっと彼女は、全部知っていたんだ。
君が最後に残してくれたのは―――
春風みたいに優しい、
一生忘れられない、あの笑顔。
◇ ◇ ◇
エピローグへ続く。




