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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈2〉
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第88話 もう逃げるわけにはいかないから

「はい、どうぞ。この紅茶を淹れるときに使った茶葉ね、超高級な良いやつだから。ちゃんと味わいなさいよね」


「は、はあ」


 腰掛けた椅子の横にあるサイドテーブルに置かれた、湯気を立ち上らせている飲み物。あまり飲み慣れない『紅茶』が注がれた、高級な茶葉を使っているだけにそれが注がれている容器も高級なのだろう、白を基調に、金色の細工がうねうねしているカップをマジマジを見つめる。

 後、力を入れたら『ポキッ』と折れそうな細い持ち手を掴んで、恐る恐るながら口を付けた。

 もしも『ズズゥー』なんて音を立てたら、目の前で両腕を組んでいる老婆に怒号を浴びせられそうだなと思い、やや冷や汗を掻きつつ、僕は慎重に高級茶葉を使用した紅茶を啜り飲んだ。


「美味しい?」


 緊張しながら淹れたての紅茶を口に含み、その匂いを確かめながら喉を通らせた僕を見て、可愛らしく首を傾げたラーラがそう聞いてきた。

 その問いに対し、僕はどう返事をすればいいか、何を言えば当たり障りがないかを考える。

 正直に言ってしまうと、僕にはこの紅茶の良さ——

 その美味しさが全く分からなかった。

 甘いけどスッキリしていて、コーヒーに似ているけれど百八十度違うと感じられる苦味。

 喉を通っていく紅茶が胃の中に入り、ポカポカと身体を温めてくれている感じがして。

 何というか、今の僕は『安らいでいる』ような気がする。

 多分だけど、これはすごく美味しいものなんだと思う。

 けど別段僕の好みではないし、コーヒーのように美味しいとは思えなかった。

 これは間違いなく舌の好みの問題だから、カカさんだったら感涙するほど『美味しいーーっっっ!!』って言ってくれると思う。うーん。でも、この庶民の感想を正直に言ったら、老婆とラーラに怒られるに決まってるよな。

 ラーラが汗水散らしながら淹れてくれたやつを、


「僕にはちょっと、分かんないですね」

 

 なんて言って良いわけがない。ど、どうしよう?


「それ、あんまり美味しくないでしょ。私は砂糖いっぱいのカフェオレの方が好きだし、ソラもそんな感じでしょ? だから無理して飲まなくて良いからね。私も苦手だから」


「お、美味しいと思うよ? た、多分……」


「ふふ。無理しなくて良いってば。ソラは何は好きなの? 家にあるやつなら今から淹れてきてあげるけど」


「……コーヒーがあれば」


「オッケー。それならあるはずだし、淹れてきてあげる」


 老婆の目を気にしながら、ラーラが出してくれた助け舟、に分かりやすく顔を明るくしながら飛び乗った僕は、特に怒られる気配を感じず、心の中でホッと胸を撫で下ろした。


「ふん。紅茶の良さが分からんガキ共なこった。まあいいさ。ヒュウル! アンタは『風の加護』を授かっているのかい?」


「は、はい。風の加護はありますけど……それが何か?」


「そうか、それは丁度いい。ヒュウル、アンタには——」


 意味深げに表情を引き締めた老婆を正面に見据えた僕は、身を襲う凄まじい緊張感で喉を鳴らしてしまうものの、明らかに『只者』ではない目の前の老婆に対し、アロンズ戦と同程度の警戒を失礼ながら展開して、彼女達が初対面の僕を家に招き入れた『目的』を探るように、自分で言っちゃあなんだが、あまり出来の良くない頭を全回転させた。

 まさかとは思うけど、本当に見合い話なんてことはないよな。

 風の加護を持ってると「メイリエルみたいなのに狙われるよ」なんて、バルザロットさんが冗談っぽく言っていたけど、まさかな。

 いやいや、冗談じゃないんだが。

 結婚とか無理無理。

 いなくなった母さんを探さなきゃいけないのに、恋愛なんてワケワカメなものに現を抜かしている暇も余裕——買い食いは可能——もない。

 まあ、これは最悪の想定に違いないか。

 ラーラは 僕が知らない僕の噂を聞いて、僕に声を掛けてきた様子だった。

 ということは『魔獣狩り』の依頼の可能性もあるってわけだ。そうであれば、今は無一文だし、多少の依頼料を頂きたいと思いながらも快く受ける気持ちだ。さあ、どっちなんだ……?。


「アンタにはね——ラーラを『護って』ほしいんだよ」


「…………ま、護る……?」


 重々しい表情を浮かべていた老婆が寸時の間を置いて発した言葉は、僕が事前に行っていた無駄な思考の斜め上。いや、ポカーンとした阿呆面を晒しながら、空を仰いでいた僕の真上を飛び越えていく、予想外な言葉であった。

 緊張した面持ちで耳を傾けていた僕は『な、何を言ってんの?』と頭を真っ白にさせつつも、老婆の言葉を『おうむ返し』をして、必死で言葉の意味を考えた。

 結局、その結論に至らなかった僕は、目の前で黙り込んでいる老婆に問いかける。


「ラーラを護るって……一体なにからですか……?」


「この国に、この『タイミング』で来たってぇのに、何も知らないのかい。はっ、運命——いや、必然なのかもね」


「は、は? 何なんですか、一体……」


「改めて依頼を——いや、アンタに願おう」


 組まれていた腕を解き、両膝に手を乗せた老婆は、混乱で固まったままでいる僕に深々と頭を下げて、僕をここに連れてきた目的である——彼女の願いを話し出した。


「ヒュウル。アンタには『歌姫』であるラーラを、魔王から護っていただきたい。報酬はいくらでも出す。だから、アタイの娘を護るために、その『命』を賭けてくれ」


 * * *





 四年に一度来る、秋が終わり、冬が来る魔王復活の日。

 オルカストラの地に復活した『絶大な強さを誇る魔王』から、何も知らない無知で馬鹿な僕でも知っているほどの、世界に名声を轟かせている『絶唱の歌姫・ラーラ』を護ってほしい。

 まるで子供のために描かれた、史実なのかどうかも分からない『絵本』の中に居るかのような非現実的な現実の話。それを唐突に聞かされてしまった僕は、力んでいる腕が両腕が震えるほどの緊張感で無意識に表情を引き締めた。僕と同じく、表情を引き締めた状態で頭を上げた老婆——もとい元歌姫であり、孤児のラーラを養子に迎えた養母であるボイラさんから『ラーラを護る』という話の詳細を、耳に神経を集中させながら、一言一句聞き逃さないように聞く。

 曰く——四年に一度くる魔王復活の日。その日に行われる『魔王封印』の祭事『聖歌祭』で、魔王と相対することになる現歌姫のラーラを魔王から護りながら、彼女の聖歌で封印が完了する『十分間魔王と戦う』ことになる守護者。歌姫を護るために命を懸ける『騎士』が必要不可欠らしいのだが、その騎士の件で、オルカストラには無視できない不安な点があるらしいのだ。


「つまり、いつも『聖騎士』を派遣してくれる『聖王国』からの援助が受けられない——ということ、なんですかね?」


「一応、聖騎士『見習い』をここ最近は派遣してはくれているがね。まあ、魔王と戦うにしては見劣りしすぎているって感じだよ。魔王がその気になれば薙いで終わりさね」


 なんでも、西方大陸最大の国家。

 僕たちのような『生命』を創り出した創成の神。俗にいう『聖神』を崇めている、宗教の総本山である『クラウディア聖王国』から、派遣される聖騎士の質が年々低下しているらしい。

 聖王国側が語るその理由としては、聖歌祭が行われるようになってから千年もの長き間、一度たりとも魔王は『本気』を出していないからなのだそうだ。

 そんなわけで、超強い聖騎士をこの国に派遣しても意味は薄いし。聖王国側からしても、国の重要戦力に当たる聖騎士の国外放出を控えたいのだろうと、ボイラさんは語った。

 そして現状の世界情勢も雲行きが怪しいとも。

 この国の北にある九国大陸の『ジオドラム』という国の軍事力強化による周辺諸国への軍事的な圧力や、バルバトス諸国の内紛による、無辜な国民の救助や国外脱出の支援などなど。

 聖騎士側はやることがひっきりなしにあり、あまりコチラを重要視していないらしい。

 しかし、オルカストラ側からしてみたら、歌姫にもしものことがあっては目も当てられないので、どうにか魔王に対抗できる『強者』を国内外から集めているというのが現状なのだそう。


「えっと、僕がその魔王と対抗でき——ますかね?」


「今のアンタじゃ魔王には敵わないと、アタイは思うよ。でもね。今から千年前、封印前の全力全開な魔王を封印する時に戦ったのは、当時の歌姫を『たった一人』で守り切ったのは、風の加護を受けた『風の勇者』だったんだよ」


 エリオラさんが、まるで夢見る少女のような顔で嬉々として言っていた。今から千年前に実在したという、古代と呼ばれる過酷な時代を切り開く際に、最も貢献した最強の勇者。

 死するその時まで魔族を狩り続けた、正真正銘の英雄……。


「…………古代・風の勇者」


「そうだ。愛娘が危ないっつう、こんな猫の手も借りたい時に『偶然』かのように現れて。

 風の加護を受けたアンタを『偶々』歌姫であるラーラが見つけて連れてきた……。

 アタイは、それを運命だと確信してる。柄にもないがね」


 気の強さが滲み出ている、男性である僕以上の漢気に満ちる片方の口角を吊り上げた笑みを浮かべたボイラさんに、僕の左手側で白混じりの茶色の液体、出来立てのカフェオレが注がれたコップに口を付けているラーラが口を挟む。


「私はお婆ちゃんと違って運命とかそういうのは信じてない。だからソラも気にしないでね。誰だって死ぬのは怖い。運命とか必然とか——そういうのを信じて、死んじゃうかもしれない所に勢いだけで『行く』なんて言っちゃダメよ。しっかりと考えてから答えを出してね。ソラと私は初対面だし命懸けで守る義理なんてない。今回の『出会い』は本当に偶然。私は何となく外に出て散歩をしただけだもの」


 耳心地のいい声で淀みなく言葉を紡ぐラーラの目を見た僕は、彼女が持つ『死への恐怖』を垣間見ることができた。それが、彼女が孤児になった際に生まれた『トラウマ』によるものだと何となく察しながら、自分の思いを口にする。


「その依頼、受けます。命を懸けてでも、魔王からラーラを護ります」


「…………受けた理由、一応聞いてもいいかい?」


「魔王ってことは、魔族の王ってことですよね? だったら逃げるわけにはいかない。確かに、僕とラーラは初対面です。でも、彼女が良い人だってもう分かってる。だから逃げることなんてできない。死んでも助ける。そう、僕は自分に誓ったばかりなんです。だから、受けます」


 僕が持っている覚悟と勇気の丈。眼光煌めく僕の瞳から溢れるは——圧倒的な魔族への殺意。

 それを認めたボイラさんは『頼もしいね』と言わんばかりにニッと笑う。

 ラーラは僕の殺意の根底を探るように、黙って見つめていた。


「愛娘のことは頼んだよ、未来の勇者」


「————はい!」


 主軸に当たるラーラを置いてけぼりにする、僕とボイラさんの猛々しい熱意は、彼女等が住む『豪邸』に泊まることになった僕が夕食を作らされるまで続いたのだった……。


「ヒュウルの作る飯は美味いね。ラーラの飯はクソ不味いから助かったよ」


「ソラって味の濃いものが好きなのね」


「きゃ、客人の僕が料理を作るって……マジですか?」


「当たり前だ! ほら、次は湯船を洗ってきな!!」


「え、ええ……?」


「私も手伝うから、一緒に頑張りましょ」


「えー、あー、うん…………」


 まさかまさかの家事全手伝い。まるで居候かのように馬車馬みたいに働かされている僕が借りた空き部屋のベットで眠ったのは、午前一時過ぎごろで。

 ラーラも家事を手伝ってくれていたものの、夕食作りに食器の片付け、廊下の雑巾掛けに湯船の掃除に洗濯物干しまで——家事を慣れている僕が七割方こなしてしまったのだった。

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