第83話 ソプラソプラ
運よく出会うことができた、商馬車。
それに乗り、ガタガタと揺られながら北東へ進むこと、半日。
馬車に乗ったのは昼前だったが、今は日が落ちきり、夜になってしまっている。
実のところ、夕方には人里に着くはずだった。しかし、道中で馬車を追いかけてきた魔獣を、護衛の冒険者を差し置いて僕が即討伐すると、御者のおじさんが、
「兄ちゃん、鬼強えな! これならまだ先に行けるぜ!」
と、謎のハイテンションで直進を続行。到着予定地だった場所を越え、もう一個先にある宿村へと直行してしまったのである。
完全なる善意で乗せてもらった分際だし、口が裂けても言えないのだけど、僕的には早めに宿を取って休息したかった。
商人である御者からすると、馬車で輸送している商品を卸すところに早く着いたほうが、宿泊費など諸々の出費が抑えられるから、急ぐのも分かるんだけどさ。
「宿村に着いたぜ。どうだ、一緒に酒でも飲まねえか?」
中規模の宿村に到着。宿泊する宿屋の横に構えられている馬小屋に馬達を繋ぎ、休ませた御者は、早々に護衛料をもらって去ってしまった冒険者に代わり、未成年の僕を酒の席へと誘う。
「いやぁ……僕は未成年なので、お酒は遠慮しときます」
「兄ちゃん超強えのに、そんな若かったんだな。悪い悪い。じゃあ飯はどうだ? 奢ってやるよ!」
「いやいや! 馬車に乗せてもらったのに食事までなんて、さすがに悪いですよ」
「いやいやいや! こっから先は『魔獣の中量生息域』に入ってくるから、どうにか護衛の冒険者を雇わなきゃいけねえんだよ。さっきの奴はもうどっかに行っちまったし、俺はその空いた防衛役の席に兄ちゃんを雇てえんだ。気さくだし、鼻につかねえし。煽てるみたいになるんだが、なーんにも悪いところがねえ。だからどうだい? いっちょ雇われてくれねえかな?」
自分の命と、命の次に大事な商品を運んでいる御者は、真剣な眼差しで『なるほど。だから僕を酒の席に誘ったのか』と納得している僕に、護衛の依頼を出す。
それを彼と目を合わせながら思考する僕は、自分の目的地を言う。
「えっと、僕は『ミファーナ』に行きたいんですけど……あなたはどちらへ?」
「じゃあ途中まで連れてってやれる。俺が向かうのは、ソプラソプラっていう、この宿村の北にある楽器の町だ」
ここから『北』にある町ということは、僕的には遠回りにならないということになるな。
それなら断る理由はない。
「分かりました。それなら『ソプラソプラ』っていう町まで同行させてもらいます」
「よっしゃ! それじゃあ護衛報酬の前払いということで、美味い飯を食いに行こうぜ! いい店があるんだよ」
「はい! ご馳走になります!」
僕と御者——護衛と商人は、契約を締結して握手を交わし合う。そして丸太に吊るされたランタンが照らす夜の村へと足を向け、彼の行き付けである鍋料理屋で舌鼓を打った。
腹を満たしてから一時間半。宿の部屋のベッドに寝転がり、僕は疲れを癒すように目を瞑る。
+ + +
翌日。眩い日の出と共に目を覚ました僕は、早々に着替えを済ませて部屋を出る。
フロントの所にある扉を開けて洗面所へと入った僕は、僕よりも先に起きていたのだろう、今日の旅路を共にする御者と鉢合わせた。
軽い挨拶を済ませてから髭を剃っている彼の横で顔を洗い、タオルで顔を拭いていると、御者の『ボル』さんが剃刀を手渡してきた。
彼は髭を剃れよと手渡したのだろうが、生憎、僕に髭は生えておらず。
彼はそれを見て「若いねえ〜」と笑った。
そんなこんなで、一緒に食卓に出されていた湯気を立ち上らせている出来立ての食事、モチモチの板パンとハムエッグを平らげ、出発の支度を済ませて宿村を出る。
宿の横に建てられている馬小屋の中にいる馬達の鼻先を撫でた僕は、ボルさんに急かされたので荷台に飛び乗り、数日ぶりの人里から出発。ボルさんの目的地『ソプラソプラ』へと進む。
「…………」
気持ちの良い音を鳴らしながら、丁寧に舗装されている煉瓦ブロックの道を進んでいく馬車の荷台の上で寛いでいた僕は、晴れ渡る蒼穹の下で暇潰しと警戒も兼ねて辺りを見回した。
オルカストラの隣国であるハザマの国では稲作をしている人達を多く見受けられていものの、進んでいる道の左右に大きく広がっている農地は、美しい黄金色で埋め尽くされている。
今朝に用意されていた宿屋の食事、モチモチで至極美味だった板パンから推測するに、この国の食文化は『麦』が主流なのだろうと思った。
この辺は僕が住んでいたソルフーレンと類似している。
だから食事という点では故郷を感じれるかもしれない。
それにしても『米食文化』の国が隣にあるのに、風の国も歌の国も『麦食文化』なんだな。
こういう食文化って『どっちか、が、どっちか』に影響されるもの——陸続きの隣国同士だし——なんじゃないのかな?
僕の想像力。いや、知識力の不足なのだろうけど、とても不思議に思ってしまう。
国は隣同士ではあるけれど、僕が思っているより、描かれている世界地図なんかよりも、隣国同士の『距離』っていうのは、遠いのかもしれない。
「兄ちゃんはどこ出身なんだ? 見た感じ、この国が地元じゃねえんだろ?」
「僕は隣の隣にあるソルフーレンが出身です。オルカストラに来たのはつい最近なんですよ」
「へー! 来たばっかであんな何にも無えところで遭難しちまってたのかい。そりゃ災難だ。よく生きてたなあ!」
「あはは。遭難したのは初めてだったんですけど、案外平気でしたよ」
「ギャハハハハハハハ! 兄ちゃんの不幸は『幸薄そうな顔』してる通りなんだなあ」
「さ、幸薄そうですかね……?」
人生で言われたことない言葉、それを吐かれて顔を引き攣らせた僕は『幸薄いのか?』と思いながら顔を捏ねくり回した。
「まあ、遭難しても生きてたってことは『幸運』だったんだろうなあ。見掛けによらずってやつだな」
そんな話を続けること半日。僕達はソプラソプラへの中継として宿村に寄り、そこの小さな宿屋で休息を取り、翌日の早朝に目的地に向かって出発する。
道中で襲い掛かってきた魔獣を狩り尽くし、魔獣による作物被害に遭っているという宿村からの依頼を受けて討伐するという日々を四日ほど繰り返し——
僕達は楽器の町『ソプラソプラ』に到着した。
+ + +
楽器の町『ソプラソプラ』の人口は約六千人と多く、小一時間ほど長蛇の列を並んで、ようやく検問所を通り抜けて大きな南門をくぐった先に広がっていたのは、管楽器や弦楽器、打楽器や鍵盤楽器など、様々な楽器を取り扱っている三階建てはあるだろう店舗群だった。
それら店舗を横に通り過ぎて行った先にある『南大通り』では、ピエロのような奇抜な格好をしている楽師や、旅人感を感じさせてくる格好をしら吟遊詩人の演奏が見られ、それらを道の端々に並んでいる出店で買った『ジュース』を飲みながら楽しんでいる観光客が歩道を埋め尽くしており、若干だが人が車道にはみ出ていて、馬車で道を進むのに苦労した。
「おぉーー…………」
見える街並みは、赤や白色などの『煉瓦』を基調にした建物がほとんどで、並の強風ではビクともしなさそうな堅牢さを感じさせてくるが、それと同時に柔らかな印象を思わせてくれる。
四階建ての横長アパートを見上げると、開かれた三階の白縁の窓辺から、滑らかなピアノの演奏が聞こえてきて、長旅で疲れた心身に今まで感じたことのない栄養が注ぎ込まれているかのような充足感を感じられた。
「ソプラソプラは歌の国に流通している『楽器』の九割を作っている一大産業都市なんだぜ。楽器購入を考えている金持ちなんかがここに来るから、俺達じゃ到底手を出せないような一級酒とか豪奢な服飾なんかがよく売れるんだ」
「なるほどー。じゃあ、この運んでいる酒樽に入ってるのって超高級品だったんですね」
「いや、それは粗酒だぞ」
「え?」
「これは——ほら、その辺に並んでる『露店』なんかで取り扱うやつだから、酒の味が分かんねえ観光客用だな」
「…………な、なるほど」
少し狡いなと思わせてくる商売の『やりくり』を包み隠さずに教えられた僕は、顔を引き攣らせながら露天に掲げられている値札。
酒一杯で百ルーレンという粗酒にしては超高価な値段を見て、観光客商売の闇を垣間見た。
そんなこんなで僕は運んでいた酒を卸す業者のもとへとついて行き、酒樽を荷台から下ろすのを手伝った。線の細い僕からは想像もつかなかったのだろう、数十キロは余裕であった酒樽を軽々と担いで運んでいく怪力を目の当たりにしたボルさんと業者が、
「「ウチで働かねえか?」」
と口を揃えて言ってきた。しかし僕は、
「母さんを探さなきゃいけないから、ここで働くのは難しいです」
と丁重に断らせてもらった。
「じゃあな、ソラ! 今度は酒を奢らせろよな!」
「はい! ありがとうございました、ボルさん!」
遥か遠方から運んできていた、重多い積荷を全て卸して、目に金貨が浮かんできていそうなホクホク顔をしているボルさんに手を振って別れを済ませた僕は、この町、ソプラソプラには特に用がないので、田舎の村から旅立った目的である『母さん探し』を開始する。
この町で母を見た人がいないかをギルドなんかで聞いてから、ここからさらに北西にあるという『ミファーナ』に向かうことにした。
そうして歩き出した僕は、一通り町を観光した後に、ギルド・ソプラソプラ支部の建物の中に入った。
ギルドの中は『サクラビ』ほどではないが武装した冒険者は多く、真昼間っから泡立ったエールを飲み交わしている偉丈夫達が目立っていた。
そんな彼等を脇目にし、壁際で舌舐めずりをしながら蠱惑的な手招きをしている褐色の女性を避けて、ギルドの受付の前に立った。
「ようこそ、ギルド・ソプラソプラ支部へ。ご用件をお伺いします」
「あの、人探しなんですけど」
「行方不明者の捜索依頼ですか?」
「あ、捜索依頼はもう出してて、今は情報提供をしてほしくてですね。フーシャっていう薄緑の長髪の女性を探してて、この町で見たことがあるとか、なんかないですかね……?」
「なるほど。捜索届けは出されたのですね。では少々お待ちください。情報が共有されているか調べます。あ、お名前などをお教えいただけますか?」
「えっと——」
僕の『捜索届けは出した』との話を聞いたギルド職員のお姉さんは、共有されている情報がないか調べると言う。
一縷の希望。僕は事務所の書類棚を探り始めた職員の姿をカウンターで見守り、戻ってきた職員の『何も得られなかったという顔』を認めて、ダメかと肩を落とした。
「申し訳ございません。フーシャ・ヒュウル様の発見報告は何もありませんでした」
「いえ、こちらこそすみません。ありがとうございました」
「行方不明者様が無事保護されるよう、お祈り申し上げます」
何も得られなかった。そうなるだろうことは薄々にだが思っていたが。
やっぱり一筋縄じゃいかないな。僕は思考を切り替えて街を歩く。
もうここに用はない。宿に泊まったら、翌朝には出発しよう。




