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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈2〉
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第82話 友の故郷に背を向けて

「…………人里って、近くにあるのかな」

 

 アイリ村がある高山を、灰色の葉々を茂らせている木々を見上げながら下山。

 下山の際の辛い傾斜は打って変わって、今は平面で歩きやすくなっている 

 そこから『北東』の方へ進んでいくこと、かれこれ半日。

 僕が極限の疲労で気絶したのは昨日の昼過ぎで、体力を回復させて目を覚ましたのは、翌日の明け方であった。つまり、今日は九月の十一日ということになる。

 丸一日、気絶していたという情報。

 それを、美しい朝焼けに染まっていた空を見上げることで得た僕は、昨日の今頃に繰り広げられていた、命懸けの『激戦』の度合を改めて認識。

 どくどくと動き続けている心臓。

 空気を一杯に吸って膨らんだ肺。

 視界は良好で、嗅覚は正常。味覚の方は知らんけど、触覚も聴覚も完全だ。僕は自分の健康、健全ぶりを認めて、今も僕は世界で生きているのだと、あの死闘から生還したのだと、訳も分からないまま、涙を流しそうなほど感動してしまっていた。……のだが、全身が引き攣りそうになるほどの激痛に襲われて我に返り、耐え難い激痛の荒波を歯を食い縛りながら耐え切って、


「はあぁ…………」


 と、息を吐いた。

 超強敵だったとしか言えない、アロンズに、ガエンとかいう鎧武者の魔人。

 それらとの激戦で積み重ねられた消耗と戦傷は、ほんの一日で回復するはずもなく。

 僕は目を覚まして、この移動を始めてから定期的に、泣きたくなるほどの痛みのせいで蹲ったりしていて、思ったように道程を進んではいなかったのである。

 痛みは、ミファーナに着いたらステーキでも食べようかなと。至極どうでもいいことを考えて誤魔化し続けていたのだが、流石にもう無理と音を上げた僕は、道端にあった岩に腰掛けた。


「痛っつぅぅ…………クソ魔人が……」

 

 ここにはいない魔人どもに向かって怨嗟を漏らしつつ、僕は肩を抱くように前のめりになりながら、一回、二回と息を吸っては吐き出し、呻きたくなるレベルの激痛を抑え込んだ。

 一筋の汗を滴らせつつ、なんとか息と激痛を落ち着かせた僕は、ふと左掌に巻いていた、真っ赤な染みがついているワイシャツの切れ端を外す。

 毒器の短刀で貫かれ箇所だ。

 刺されてからたったの一日しか経っていないものの、傷は完璧に塞がっている。

 貫通した箇所に生々しい傷跡は残っているものの、あと一週間もしたら完治する程度に思う。

 バジリスク・ウッドなる謎の毒による痺れも感じなくなっているから、多分問題ない。

 一時は一生涯使えなくなるかもしれないと覚悟していたけど、特に何事もなさそうだ。

 僕は自分の耐性、そして自己治癒能力の高さに苦笑してしまった。


「————よしっ」


 僕はリュックから取り出した水筒の水を一気に飲み干して、小壺を取り出した。

 残り少なくなっている梅干しを頬張る。

 酸っぱいなと思いながら梅干しの種を噛み砕いて飲み込み、激痛を耐えながら、首都『ミファーナ』に向かうため、万全の気合を入れ込むように両頬をパンっと力強く叩いた。


「行くか!」


 僕は一度だけ、見上げるほどに高い灰山を見て、目を瞑る。そして、開かれた瞼から現れた、澄んだ視界を目的地がある北西へ向けて、大切な友人と恩人の故郷から離れ行く。


          * * *


 アイリの地を発ってから、かれこれ二日が経過した。現在時刻は九月十三日の昼。

 休み休みではあるものの、二日間ぶっ通しの移動を続けていた僕は、一向に見つけることができない馬車や人里に対し、まだないかぁ——と首を折った。しかし、特に疲れた様子もなしに、高さ三メートルほどの木々が並んだ、腰ほどの高さがある雑草だらけの獣道を歩いていた。

 足を動かす度に、ガサガサという葉擦れの音が鳴る。

 種子の類で着るのを躊躇ってしまうくらい、無惨な状態になっているコート。

 それをリュックにしまって、袖捲りしている僕の腕を、チクチクと雑草が刺してくる。

 ちょっと痒い。

 纏われている風の膜が雑草軍の攻撃を防いでくれてはいるものの、流石に道を埋め尽くすほどの物量には敵わなかったようで、溜め息を吐いた僕は仕方なく、捲っていた袖を元に戻した。

 

「そろそろ水が欲しいな……」


 この二日間、空になった水筒を補給するための水源。言わば小川を見つけることができておらず、僕は満足に顔も洗えない状況に、少なくない危機感を覚えていた。

 まあ、立ち止まったらこのまま干涸びるなと思い、根性で足を動かし続けている。

 二日間も補水ができないと分かっていれば、出発時に一気飲みしなかったんだけどなぁ。

 そう、過去の僕がやった考えなしの行動に対し、若干の公開を顔一面に滲ませる。

 が、まだ身体は持つから大丈夫だろう  と、乾いた唇を舌舐めずりして潤し、かんかん照りな太陽が目立っている蒼穹から視線を切る。そして、目の前にあった一際大きな樹木に駆け足で向かい、足裏に溜められた強風を、畳まれた膝から放たれる大跳躍に合わせて爆発させる。

 常軌を逸した、人間離れしている『八メートル』の大跳躍。

 風の助力もあって、あっという間に背の高い木の先端を視界に入れた僕は、このまま落下してしまわないように木の先端を掴んで、両の爪先に樹皮を密着させた。 

 ガッと跳躍と落下の勢いを全身を使って停止させた僕は、高さ八メートルのという場所から文字通りの絶景を一望し、どこまでも続いていると思わされる大森林の存在を認めた。

 

「…………マジかぁ」


 近くはないけど遠くもない前方。僕が歩いて向かおうとしていた北西方向で、視界いっぱいに広がっているのは、今いる森よりも深くて暗く、広大そうな『森林』の姿であった。

 こんな、魔獣が跋扈していそうな森林の中に安心安全な人里があるとは到底思えない。

 かと言って別方向に人里があるかと言われると『無い』という直感が働く。

 このまま北西に行こうが南西に行こうが西に行こうが『この光景は変わらないよ』と見せて伝えてくる森林の広大さ。これは諦めて森林の中を進めということなのだろうか? 


「はあ…………」

 

 この大森林を徒歩で通り抜けるとなると、ざっと五日くらいの時間がかかりそうだ。

 こうしている間にも水分は抜けていくし、悩んでいる暇、猶予はあんまりないんだよな。


「…………行くか」 


 億劫になりかけていた僕は、ただ「はぁ」と溜め息をつく。

 そして、気を掴んでいた手と引っ掛けていた爪先を離し、急降下。

 勢いよく、そして危うげなく。

 衝撃を殺すために畳まれた膝をクッションにして、この上なく完璧な着地を果たした。

 僕は視界前方に広がっている広大な森林の中へと駆け足で入り込んでいく。


          * * *

 

 森林の中は、背の高い木々の影響で薄暗くなっていた。

 アイリ村の南にある樹海ほどではないが、やや駆け足気味の足音を鳴らしながら進んでいく森林には、初秋の空気が流れる、薄寒い冷気が満ちる、寂しげで怪しげな雰囲気が漂っていた。

 

『オオオオオオォォォォォォオオオォォン——…………』


 遠すぎない距離から遠吠えが打ち上げられた。しかし、これは原生物のものではない。

 妙な違和。世にあるべきじゃない異物感が、それにはあった。魔獣特有の吠え声。それを静かに聞いた僕は、不快気に眉尻を吊り上げて、腰に差していたは俺の鏡面剣の柄を握り締める。

 僕が持つ唯一の武器である鏡面剣は『アロンズ戦』の時に剣身の上半分を破損させてしまっており、最も重要と言える攻撃力と間合いは元の半分以下になってしまっている。

 しかし魔獣程度であれば、その程度の攻撃力減少は些細なことでしかない。

 魔族軍や魔人共と戦った今の僕の力なら、熊型魔獣が相手でも徒手空拳で制圧できるだろう。

 

「いつでも来いよ。ぶっ殺してやる……」


 眉間に皺を寄せながら、アロンズの殺意にも負けないほどの絶大すぎる戦意を全身から立ち昇らせる僕の意志とは裏腹に、僕という圧倒的強者の存在に気が付いた魔獣共は背を向けて逃げに徹する。その逃走の気配に気が付いていた僕は、一度だけ舌打ちをして足を動かし続けた。

 身体を洗い、水分を補給するための水源を探す。

 僅かな水音と湿気。それを感じ取るために耳を澄ませ、鼻を鳴らす。

 魔獣への警戒を続けながら、意識をそれらに集中させていた僕は、頭上から遠くまで鳴り渡っている葉擦れの音を縫って来る、西の方から発されている『水流の音』を目敏く拾い上げた。

 確かな水音を聞き入れ、微かに目を見開いた僕は、速やかに足先を音のする方に駆け出した。

 僕と同じように、水分補給を必要としていた魔獣や野生動物が通ったのだろう獣道。

 それが水流の音が鳴る方へと一直線に向かうように作られており、僕は道に迷うわけもなく、僅か十数分ほどで僕の胴幅くらいの水量しかない超極細の小川に到着した。


「小さいけど…………ふぅ〜、生き返る」

 

 バシャバシャと、両手で掬った川の清水で顔を洗い、水を絞った布で汚れた身体を拭き洗う。

 空になっていた水筒に水を汲み、汗で水分が抜けた、乾き切った身体を癒すように、喉を鳴らして飲み干した。

 あっという間に全身に行き渡っていく水分を気持ちよく感じつつ。

 僕は濡れている口元を着替えたワイシャツの袖で拭い、二日間の移動で出た汗で汚れてしまっている服とズボンを川の水で洗い始めた。

 僕の数少ない替えの服が魔人のせいで減ってしまった。

 だから、ミファーナに着いたら服一式の買い替えをしなければいけくなってしまった。

 ほとんどが爺ちゃんのお下がりだから凄く古臭いんだけど、これはこれで気に入っていたから捨てるのは惜しく感じちゃうな。まあ、持っている残り二式の服は全部同じ物だから、一着捨ててしまっても、あんまり変わらないんだけどさ。


「よし——行くか」


 僕は残り少なくなっている、白米と梅干し。

 水分の次に重要な『食糧』の懸念から、ここで立ち止まるのは危険だと判断し、水気を絞った服とズボンをリュック側面に吊るし下げるとすぐに立ち上がって、駆け足で小川を後にした。 明日の朝には森林を抜け出られるくらいの場所まで進んできている。

 が、その先に『人里』があるかは今だに分かっていない状況が続いてしまっている。

 僕だけの孤独な状況で美味しい食事が取れなくなってしまうと、精神的によろしくはない。 だから、腹が減ってしまわないくらいのペースで人里まで急ぐ必要があるのだ。

 僕は小川の音が遠退いていくことを認めながら、広大で薄暗い森林の中程を歩みゆいて行く。     


          * * *


 アイリの地を発ってから『五日』が経過した。深く、そして広い大森林を抜けた先にあったのは、何もかもがどうでもよくなってしまいそうになるほどの広大すぎる『原野』であった。

 人の手が一切加えられていないのは森林も同じなのだが、一つだけ違う点を挙げるとすると、この原野には数多くの野生動物たちが生息していたのだ。

 森林の中で常に魔獣を警戒していた僕からすると、ドングリを被っているような帽子を頭に乗せている『帽子鳥』や、特有の匂いを発する花を雄々しい角に咲かせている『花鹿』などが、僕に対して警戒なく擦り寄ってくるのは癒しでしかなかったのだ。

 あげられる食べ物なんかを持っていなかったのが残念ではあるものの。

 野生動物達は無一文な遭難者のような状況に陥っている僕に、自然の恵みを分け隔てなく与えてくれた。

 まあ、ほとんどが渋すぎる果物や、堅すぎる木の実だったから食べるのには苦労したけれど。

 しかし僕は彼等彼女等のおかげで飢えることなく——乗せた商品を売り捌きに行く御者が操っている『商業馬車』を発見することができたのである。


「あのっ! お金は払うので、人里まで乗せていってもらえませんかね?」


 人の手で舗装されている土道を走っていた馬車を大声で呼び止める。

 凄まじい速さで駆け寄ってきた僕に驚いたように目を点にしていた御者は、突然飛び出てきた薄汚れている僕を見て、嘘だろ——というような顔で口を開いた。


「それは全然いいんだけどよ。兄ちゃんはこんな辺鄙なところで何してんだ? もしかして遭難でもしてたのか?」


 人里なんか無い『南西』から出てきた僕に警戒心を滲ませている御者は、言葉では歓迎してくれているものの、僕の正体について探っている様子だった。

 もちろん隠すことなんか何もない僕は正直に——こう答える。

 

「一週間くらい遭難してました」


「…………ま、まあ、よく無事だったな。この時期のこの辺は変に『魔獣が増える』ってのによ。金なら要らねえよ。ほら、さっさと乗りな。冒険者を乗せてるから窮屈だろうけどよ」


「いえ、ありがとうございます!!」


 僕は親切な御者の言う通りに、商品の酒樽と護衛の冒険者一人が乗せられている荷台の空きスペースに座り「はあ」と休息を取るように息を吐いた。そして、僕が乗り込んだことを確認した御者はパシンっと手綱を打ち、繋がれた馬達を走らせる。 

 馬車が北西へと進んでいくことを認めた僕は、自分が通ってきた道——

 遥か南東に聳える『灰色の高山』を見た。

 僕の命を救ってくれた、友人と恩人の『故郷』に思いを馳せる。

 短い間だったのに『色々』なことがあったなと思った僕は、哀愁を感じさせる微笑を浮かべながら、身体が切に訴えてきている睡眠を取るために、少しの間だけ目を瞑る。

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