第84話 ミファーナへと向かう道中
修正しようとしたら、なんか削除してしまいました。再投稿です
「アンタはどこから来たんだい?」
荷台の側アオリを背もたれにして、ボケット空を見上げていた僕にそう話しかけてきたのは、気の強そうな軽装備の女戦士だった。
彼女の格好は目を背けなくっちゃと思うくらい露出が激しい。
毛皮の胸巻きで大きめな胸部を隠しつつ、割れた腹筋や引き締まった腰を大胆に晒しており、側面に謎の切り込みが入っているズボンからは、黒紫色の下着が丸見えだった。
僕以外の馬車に揺られている男達は、快活な彼女と、褐色の肌をした妙齢の女性——ギルドで母さんのことを尋ねようとした時、艶かしい仕草で僕のことを手招きしていた人——に、鼻の下を伸ばした状態で、視線を釘付けにしていた。
おそらく仲間同士なのだろう踊り子のような露出の多い格好をしている褐色の女性は何故か、僕の方に笑む切長の瞳を向けてきており、その『獲物に狙いを付けた』かのような視線を肌で感じていたせいで、背中の汗が止まらな苦なっている僕は、突然襲われないようにと警戒しつつ、特に何も気にしていないような素振りで女戦士の質問に答える。
「僕はソルフーレンから来ました。あなたはどこから?」
「オレは——」
「ワタシは遥か南にある『オルダンシア』から来ました!」
僕の質問返しを、女戦士は快活な笑みを浮かべながら答えようとした。
しかし、女戦士の言葉を横から遮ってきた踊り子風の女性は、僕が女戦士に向けていた視線を独り占めにするように、僕の前に腰掛けて身体を若干前倒しにし、チラリと薄い胸巻きから見えている胸の谷間をこれでもかと強調する。
これは爺ちゃん達の猥談で聞く『男を誘う』ような行動を取っているのだろう。
勝ったような微笑をする彼女に対して、僕と面識ないよね? と顔を引き攣らせていた僕は、周りの男達が僕へと向けてきているナイフのような鋭すぎる視線を受け止めながら、彼女が発した『オルダンシア』という、無知な僕の知識にも存在している言葉に返事をする。
「お、オルダンシアって、アリオン諸国をさらに南下したところにある、バルバトスの次に暑い国ですよね?」
「そう——」
「そうなんです! ワタシの故郷を知っていてくれて嬉しい! ところで貴方の『お名前』は何というのですか?」
僕の疑問に快く答えようと、口を開きかけていた女戦士をバンッと押し退けた踊り子風の女性が、怒涛の早口で言葉を捲し立て始める。そんな押しが強すぎる彼女に対して背中を大きく反ってしまっていた僕は、盛大に苦笑いをしながら、聞かれてしまった自分の名前を口にする。
「ぼ、僕はソラって言います……えっとぉ、あなたは?」
「ワタシは、メイリエル! ソラさん、よく覚えておいてくださいね? お願いしますよ!」
「は、はい……」
頬を上気させているメイリエルさんを鬱陶しそうに押し退けた女戦士は、ニっと晴れた笑みを浮かべて口を開いた。
「オレは『バルザロット』だ。コイツとは昔っからの幼馴染でな、今も何だかんだでダチやってる。まあ普段は大人しい奴だから大目に見てやってくれや」
「は、はあ……え、なんで今はテンション高め……?」
「お前、例の『噂』の奴なんだろ?」
「は? 噂……?」
例の噂の奴? って、何の噂だ? 全然分かんないんだけど。
「風の加護を使う超強え茶髪の男が、各地の魔獣を軽々と屠ってるって、ちょいと前から町で話題だったんだぜ? 人外染みた半端じゃない速さで魔獣の首を斬って落として、とんでもねえ怪力の拳で魔獣の頭を砕くっつう『化け物』の噂がな」
「え、ええっ!?」
いやいやいや。その噂って、一体どこから湧いて出たものなんだよ。
人目に付くところで魔獣を狩ってたのって、つい最近、ほんの四日前とかじゃん。
噂が広がるには早すぎると思うんだけど……。
でも、風の加護を持っている『茶髪』が魔獣狩りって、まんま僕のことだよなぁ。
僕以外にそんな人がいるなら、是非会ってみたいし。
「いや、人違いじゃないですよね? 魔獣を狩るところを他人に見せたのって、つい最近のことなんですけど……」
「お前が風の加護を使えるなら、お前しかいないだろうな。風の加護っつう超希少能力を扱えるやつなんざ、その辺にいるわけがねえ。世界中を探し回っても数人、指の数ほどだろう」
風の加護を持っている人って、そんなに少なかったのか。
世界でも加護持ちは極少数だって聞いていたけど、指の数ほどなんてのは知らなかったな。 まあ、バルザットさんが少しばかり『誇張』しているのかもしれないけどさ。
「ま、その反応から見るに、お前で間違いはなさそうだな。あと、コイツ——メイリエル——のことは無視しとけ。どうせ玉の輿を狙ってるだけだからな」
「た、玉の輿って……」
「まあ、バルザロットったら失礼ね! ワタシは『一途』ですよ?」
「は、ははは……そうですか……」
そんな感じで、何もなかった、暇だになるはずだった『ミファーナ』へと向かう道中は、女戦士のバルザロットさんと、舞闘士のメイリエルさんとのあれこれで呆気なく潰れてしまった。
僕は暇が解消されてよかった反面、僕の貞操を狙っているというメイリエルさんに強襲されないか気が気でなく、落ち着く『暇』がなかったのは苦言ものであった。
約三日間の旅路を共にした二人と別れたのは、今だにミファーナから遠い場所にある『ラッパナ』という町の北門。別れの時が来て、目に涙を浮かべているメイリエルさんを懐かしいなと思ったのは、彼女が故郷にいるカカさんに似ていたからなのだろう。
正直言えば『苦手意識』があったのだが、彼女が良い人だというのは、この三日間で十分に知れたので、僕は眉尻を下げた表情で別れの挨拶を済ませつつ「いつか良い人が見つかりますよ」と二十四歳という若さでやたらと婚期を気にしてしまっている彼女をフォローしておいた。
それに対してメイリエルさんは首を折り、バルザロットさんは「振られてやんの!」とゲラゲラと笑い出す。
そんなこんなで僕達は別れを済ませ、いつかの再会を誓い合った。僕は短い日々を共にした彼女達に背を向けて、遥か彼方にある歌の都市『ミファーナ』へと足先を向けて、歩き出した。
+ + +
「はあッッッ!!」
辺りの木々に留まっていた鳥獣が慌てて逃げ出すほどの、莫大な殺気が発露される。
目尻を凄烈に裂いた僕の裂帛の声に合わせて放たれたのは、横一文字の斬撃だった。
それは、目の前で『死』というものを直感し、硬直していた『猪魔獣』に直撃した。
『グガアァァ——……』
魔獣の肉体を通過するように横一閃に走った、半身のない剣の軌跡は、数瞬の余韻を残しながら、戦場から跡形もなく消滅する。
僕が繰り出した斬閃の鋭さを物語るように、血飛沫は最小限。
刃折れの鏡面剣は、陽光で煌めく剣身に血の一滴も付着させることなく、鞘へと仕舞われた。
少しずつ斬断された魔獣の上半身と下半身が転がっている大地に、真っ赤な血の絨毯が広げられていく。それを心底冷え切った目で見ていた僕は、自分の命を両手で捕まえた死の化身に恐れ慄くように、限界まで開かれていた魔獣の目から光を消えたことを確認。ふぅと息吐いた。
そして後方から走ってきている『この戦場まで僕を乗せてきた馬車』に視線を向けて、無事を伝えるように大げさに、それでいて『依頼を達成』したと教えるように大きく手を振った。
「お、おお、おお!! さ、さすが噂の茶髪さん! 一月もオイラ達を苦しめた魔獣をこうもアッサリと! どうぞどうぞ乗ってくださいな! 凱旋を挙げましょうとも!」
「が、凱旋って……ははは、力になれたなら幸いです」
「はははは! さあさあ! 乗った乗った——」
現在時刻、人歴・千○三七年の九月三一日。ラッパナという、とても失礼ながら特に印象の残っていない『管演奏の町』を発ってから五日が経過した今。
僕は目的の首都へと向かう途中にある、田舎村で魔獣討伐依頼を受けていた。周りに何もない、ただただ広大な畑の真ん中で作物を食い荒らしていた猪型魔獣。その討伐は今しがた済む。
して、魔獣討伐を祝った祝賀会。作物が荒らされなくなったからの祭りごと。
もう酔っ払ってる村人達に、僕(英雄)を謳う祭事への参加を強制される。
僕は全く乗り気ではなかったし、お酒は飲めないと何度も言っていたのだが、
「それなら野菜ジュースを飲めばいいじゃないの〜!」
と完璧に退路を塞がれ、易々と村から逃してくれないまま、結局、日が落ちてから昇るまで、大声で僕をイメージして即興で作られた謎の歌詞を歌い続ける、羞恥で耳を千切りたくなるような『どんちゃん騒ぎ』の飲み会に付き合わされてしまったのであった……。
「はあ……昨日は言いたくないけど、最悪だったな……」
何なんだ、あの「茶色の軌跡が風吹かせ、俺らを苦しめた怪物を切り刻む〜〜」って。
あんな『ピン』としか来ない歌を村人全員が大声で一晩中歌い続けるなんてさ、一体全体どんな拷問だってんだ。
あれじゃあ『羞恥刑』としか言えないんだが。
何で褒められるようなことして、とんでもない『罰』を受けさせられてたんだよ僕はさぁ。
今だに身体中がムズムズと痒くなっている状態に陥っている僕は、愚痴を叫びたい衝動に駆られつつ、急いで村から逃げ出した平原で、朝焼けに染まる空を見ながら大きな溜め息を吐く。
「しばらくは徒歩かなぁ……」
さっきの村にいた村人達が酔いつぶれて寝静まった中を飛び出してきちゃったから、ミファーナへ向かう馬車を頼む暇も、馬を操ってくれる人もいなかったし、ここから次の人里に着くまで徒歩になってしまったわけだ。
前の村に戻るという選択肢は僕の中にないので、最悪の場合は二日、三日程度の『遭難』は覚悟しなければいけないな。まあ、あの歌を移動中に永遠と聴き続けるよりかは……マシだな。
「速足で行くかぁ」
僕は大きな大きな溜め息を吐き、見渡す限りの平原の中を駆け足気味で歩き出した。
照り付ける斜陽が細められた目を焼いた時、僕は速足を駆け足に変えて、平原を抜け出たところにあった、何にもない森の中で休息を取ったのだった。
* * *
「あんがとよ、兄ちゃん! これ、報酬ね!」
「ありがとうございます!」
「いやいや! こちらこそだよ! またな、兄ちゃん!」
「はい! またいつか、縁があれば!」
ラッパナを発ってから二週間が経過した。
太陽が中天で煌々とした光を放っている中、僕は休息のために立ち寄った田舎の農村で、重すぎるカボチャ運びの依頼を受け、それの達成報酬である、一〇〇ルーレンを受け取った。
そして、今度こそ村に用が無くなった僕は、歓迎してくれていた村人達に手を振り、近くの町へと、村にいた商人の馬車に乗って向かった。
今だに歌の国の都市である『ミファーナ』は遠い。
流石の僕でも「遠すぎるなぁ」と、何を言ったとてどうしようもないに決まっている苦言を漏らしてしまった。それを収穫した農作物を町に卸に行く商人が聞いており、彼は、
「ガハハ! それが旅ってもんさ〜」
と快活な笑い声を上げた。
「ソラ君は何でミファーナに向かうんだい? お母さんを探しているからかい?」
「えっと、母さんを探しているってのもありますけど、僕の命の恩人達が向かおうとしていた歌の国の都市を『生きている僕の目で見に行きたい』ってのが一番にあります」
「そうかぁ、若いのに色々あったんだねぇ……。十年前くらいだったかな? 私は一度だけ観光をしにミファーナに行ったことがあるんだ。あそこは良いとこだったよ。まあ、チケットが取れなくて『歌姫』の生歌を聞けなかったのは残念だったけれどね」
歌姫。そういえば、ルルド君やロウベリーさん、トウキ君ともそんな話をしたっけ。
たしか、かかさんに教えられた知識的に、歌姫というのは歌の国のトップ歌手だったはずだ。
でも、実際のところはどうなんだろうな。
比喩抜きでオルカストラ一の歌唱力なのだろうか?
歌姫という大層な肩書きを考えると、そうなんだろうなぁ、って納得しちゃうんだけどさ。
「あの『歌姫』って、どんな人なんですか?」
「どんな人かぁ。そうだな、端的に言うと『世界で一番の歌を歌える人物』かな」
「…………世界で一番ですか?」
「そ『世界一』だね。まあ僕は、歌姫の生歌を聞いたことないし、見たこともないから詳しくないんだけどね」
「…………なるほど」
世界一の歌唱力。何億人といる世界人口の頂点か。そうしてみると『凄まじい』な。
「もうそろそろ『聖歌祭』があるから、歌姫の歌が聴けるよ〜」
「聖歌祭って何なんですか? 聞いたことはあるけど知らなくて。何かの祭事ですかね?」
「そう祭事。四年に一度だけくる——魔王を封印する祭りさ」
「ま、魔王……!?」
魔王。その言葉を聞いた僕は驚愕で目を見開いた。そして、その話を詳しく聞こうと身を乗り出す。が、僕に問い詰められようとしていた商人は「僕もよく分かってないんだよねぇ。なんせ出身がアリオン諸国だからさ。僕、婿養子なんだよね」と言って、分からずじまいだった。
聖歌祭。
魔王封印。
初耳だらけの言葉が僕を悪戯に刺激する。
僕は胸につっかえているモヤモヤを抱え持った状態で、その話を探るという目的を新たに、いろんな人達が乗り込む馬車に乗って町を出発した。




