第81話 バッドエンドのその先へ
加筆修正終わり。次からオルカストラの第二部
暗い暗い闇の中。どこまでも広がっている。夜より暗い帷が下りた世界で。
僕はたった一人、孤独に身を置いていた。
漂うように。流されていくように。
それでも留まっているかのような、よく分からない感覚を覚えつつ。
朧げな思考を働かせて、僕は『眠り』に落ちているのだと認識した。
僕は、心身に蓄積された疲労が爆発を起こして、この世界に誘われたのだろうと思考する。
今しばらくは、このまま闇海の中を漂っていなければならないのだろう。
と、薄らと開かれていた瞼を閉じようとして、近くに誰かがいることに気が付いた。
その友人と、友の恋人の気配は、今にも消えてしまいそうなくらいの儚げだった。
かなりの無茶をして僕が居るこの場に来たのだと、なんとなくだが察することができた。
「…………ロン……?」
『ああ。そうだよ、ソラ』
「…………どうしたの……? 無事なんだよね……?」
『俺も、アイネも無事さ。君のおかげで、あの恐ろしい魔人達から逃げ果せることができたんだよ』
「俺って……そっか……。それは、よかった…………」
『君のおかげだ、何もかも……。俺達の『魂』を呪縛から解き放って——救ってくれて、本当にありがとう……』
「魂を救うとか……アエルさんにも言われたよ……何を言ってるのか、分からなくて……どういうことなの……?」
『それは難しい話だから、説明には時間が掛かってしまう。巻き込んでしまった君には申し訳ないけど、そこまで説明できるほど、俺達に時間の猶予はないんだ……ごめん』
「そっか…………いいよ。皆んなが無事なら、救われたなら、僕に説明なんかいらないし……謝らなくてもいいよ」
強すぎた魔人共が忽然といなくなった理由も、ロン達が僕と睡眠世界で話をできている理由も全く分からないけど、無事ならどうでもいいよな——そんな小さいことなんてさ。
『俺はさ『友人』として、君に最後の話をしに来たんだ』
「最後か…………」
『ああ、最後だ。今日この日をもって、俺とソラは二度と会えなくなってしまう。だから、話をしたかったんだよ』
「…………話って?」
『そんな畏まったものじゃないさ。友人への結婚報告みたいな感じかな。アエルさんに直接認められたわけじゃないから悔しいと思ってしまうけれど——もう、足踏みをする気はないから、彼が認めなくても、俺はアイネと共にいる。そう決めた。君のおかげで、決心できたんだよ』
「そっか……おめでとう、ロン、アイネさん」
『祝福をありがとう、ソラ』
僕はロンとアイネさん『新婚姿』が見えないことを惜しいなと思いつつ、二人の気配がする虚空へと視線を向けて心からの祝福を言葉にする。
その言葉を受け取った二人は、小恥ずかしそうに『はにかんだ』ような気がした。
僕も硬くなっている口角を上げて、ぎこちなく微笑む。
それから一、二分後、二人が僕の側から一歩後ろへ——少しだけ離れてしまった。
それに対し、僕は寂しげな表情を浮かべる。
「…………もう行くの?」
『ああ。そろそろ、お別れみたいだ』
「そっか……」
『新婚旅行は天国になってしまうけれど、最後に君と話せて、親友と話せて良かった。…………さようなら、ソラ』
ロンの哀愁の籠った声音を聞いた僕は、少しだけ悲しげに眉尻を下げた。
少しずつ少しずつ、手を繋いだ二人の気配が遠ざかっていく。
僕に背を向けて、僕が行くことのできない世界へと足先を向けて、そんな二人に、僕は——
「ロン……アイネさん……」
『『……?』』
「——またね」
『……っ! …………ああ、ああっ……またね、ソラ』
『また、いつか会いましょう、ソラさん。また、美味しい栄養ジュースを作って差し上げますね』
「は、ははは、それは遠慮しとこうかな……? 今度、二人に会いに行くときは……倒れて迷惑かけないようにするからさ。安心してよ」
『ふはっ……そうしてくれると助かるよ。それじゃあね、ソラ。また、いつか、どこかで——皆んなで会って、食卓を囲おう』
「うん……またいつか……どこかで必ず」
別れの言葉を交わし合い、二人の気配が遠ざかっていく。
どんどん手の届かない蒼穹を超えた天高くまで、二人一緒になって、寂しさや悲しみ、苦しい思いを半分にした状態のまま、今いる世界から、旅立っていってしまった。
* * *
僕は二人の後を追うように、行動が可能になった睡眠世界に広がっている闇海を泳ぐ。
上へ上へ。慣れない泳ぎを披露しながら、彼方から顔を出した太陽の光が差す方へ。
足をバタつかせ、重たい油のような水を手で押し上げて、友人と彼の奥さんが残してくれていた『天の川』のような美しい光粒を泳ぎ登り、僕はとうとう闇海から顔を出した。
「ぅ…………ぁ…………ぐぅっ」
意識を取り戻して最初に感じたのは、言葉にし難いほどの激痛だった。
アロンズの邪槍を食らってできた裂傷から火で直接炙られているような焼けた痛みが生じて、槍の柄での打撲痕から呻きたくなるくらいの鈍痛を感じてしまう。
全身に掻いてしまっていた脂汗は少しだけ乾いているものの、衣服は少し湿っており、着替えたい衝動に駆られる。
頬や首筋、肩に太腿の傷は瘡蓋ができており、少々痒く。
コートやワイシャツにズボンなど、身に着けている衣服の至る所が裂かれており、これは買い替えになりそうだなと首を折った。
そうして息を整えた僕は、ゆっくりと顔を上げて、文字通り『戦場』だった場所を見回した。
「…………夢じゃ、なかったんだよな……」
アイリの花が咲き誇っている平原には、複数の強者が暴れ回った形跡が確固として残されており、鎧魔人の踏み込みで陥没してしまった地面や、魔人との戦闘で踏み荒らされた草花、それに僕の風撃を直撃させて吹き飛んだ雑木林。
それらが、震える足で立ち上がって、痛みを堪える表情で辺りを見回していた僕の視界に映されており、今までの、彼等と出会ってから過ごした日常と、アイリ村を襲撃してきた魔人共との死闘が『白昼夢』ではなかったことを如実に表していて——僕は一時の間だけ唖然とした。
嘘みたいな本当の現実。多分、恐らく、何となく。
僕は大昔の『過去』の光景を現代で見ていたのだと思う。
どんな奇跡が起きていたのか、どれだけの偶然が重なっていたのか無知でできている僕なんかには全く分からないけれど、僕はこの地に縛られていた人々を救えたのだと思えるから、少しだけ誇らしく感じてしまっている。
あの緊迫した戦場で助けられなかった人々がいたことは忘れられないけれど。
それでも、少しだけ、ほんの少しだけでも。
親友と恩人を幸せにできたことだけは誇ってもいいのだと思っていたい。
「…………」
風が吹いている。僕を包み込むように旋回する微風はほんのりと冷気を孕んでおり、照り付ける暑い夏の終わりを感じさせ、木の葉を散らす、涼しい秋の訪れを思わせる。
少しだけ空腹感を感じてしまっていた僕は、食欲の秋かなと至極どうでもいいことを思い浮かべながら、荒らされてしまっている平原から視線を切り、南方へと目を向けた。
「——ん?」
アイリ村がある方へ足先を向けて歩き出そうとした僕は、左腕に『何か』が付いているような違和感を感じて、その違和感が何かを探るために視線を向けた。
すると、僕の左手首には見慣れないアクセサリーがあった。
金一色の腕輪。それが僕の腕に嵌められていて『何だこれ?』と。
そう首を傾げた僕は、アイリの花の装飾が彫られている『金の腕輪』を見て、稲光のように瞬く間もない一瞬の内に、覚醒したばかりの脳内で『アロンズ』の言葉を幾度も反芻させた。
……アイツの間延びする声を思い出したらちょっとムカついてきた。
と、そんなどうでもいいことは置いといて。
アイリの一族が守っているという『歌の国の宝具』に、僕の腕に嵌められているコレはソックリ——というか、絶対にコレが宝具ってことに違いないと思える。
普段なら「こんな大層なものは頂けません」と声を大にして言うのだが、そもそも当の持ち主が旅立ってしまったから、どうこうすることなどできるわけもなく。
僕は『まあいいか』と微笑を浮かべながら、新婚夫婦であるロンとアイネさんからの『引き出物』なのかなと納得し、ありがたく受け取った。
「…………アイリ村は、もう無くなってしまったのかな」
ふと、僕の口から溢れたその言葉を肯定するかのように、一際強い風が吹き、地に生い茂っている草花が音を鳴らす。
自然からの肯定に対し、哀愁漂う表情で微笑を浮かべた僕は頭を振り、足先を南方から『北西』へと向ける。
「歌の国の首都『ミファーナ』か……」
足先を次に目指す場所に向けて、僕は進む。
青白く発光しているアイリの花を踏まないように細心の注意を払いながら。
一歩、二歩、三歩。
僕はアイリの村から遠ざかる。
大切な友と命の恩人。人の良いメイドと、どこまでも気高い村長。野蛮そうで意外と繊細な戦士に、優しい村人達。確かに『生きていた』過去の人々を救った僕は前へ歩んだ。
その背中に恐怖や後悔はなく、確かな自信が満ち溢れていた。
ずっとずっと逃げ続けていた恐怖に一矢を報えた少年は、少しだけ逞しくなった背中を過去に向けて、どこまでも続いている『未来』へと進んでいく——
死せど二人は手を繋ぐ——【完】




